断れない約束
沙南への奈々美のトラップ、スタートです。
翔平は、明日になれば全部話してくれると約束したが、やはり一緒に行った方がよかったのだろうかと沙南は思った。
しかし、亨の反対を押して言った後の事を考えると、我慢するしかなかった打倒という事もわかっていた。
自分の我を通して翔平と出かけてしまえば亨はへそを曲げてしまい、しばらくはひとりでの外出は禁止となるだろう。それは嫌だ。何が悲しくてこの年で保護者同伴で出かけなければいけないのだ。だが、こと沙南に関しての亨はそれをやりかねない。
今日は、おとなしく翔平の言うとおりにしとこう。
沙南は、自分の家の部屋にいても落ち着けなかった。いろんな事がありすぎて、今日1日で1年分くらいの経験をした気分だった。
ふうっ
お気に入りのテディベアを抱いてベッドに寝っ転がって目を閉じた。ベッドに横になっていると、今日1日のことが走馬灯のように浮かんでは消えた。
今日は、1日中ドリームアイランドのアトラクションに乗っていたみたいだったな。
ジェットコースターが動き出した時のように、ドキドキと心臓の音が聞こえるくらいテンパってテンションあがったり、バンジージャンプで急降下しているみたいに落ち込んだりして、さんざん自分の感情にふり回されたかと思うと、自分の気持ちに余裕のないまま嵐の海に小船で放り出されて沈没しそうになったり、ゴーストハウスを歩いて死ぬほど怖い思いもした。でも、最後は・・・好きな人とふたりで観覧車に乗って、夢見心地な時間を過ごしたみたいに、ふわふわと足が地につかないくらいに嬉しい事があった・・・
そっと、手で唇に触れてみる・・・
さっきのことが目に浮かんだ。
ゆっくりと近づいてくる翔平の顔。翔平のまつ毛、長かったな。それに、目を閉じていてもやっぱりかっこよかった。それから・・・それから・・・
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私・・・翔平とキスしたんだ・・・私のファーストキス、翔平でよかった。今日のこと、一生忘れない。
沙南は高鳴る胸の鼓動を抑えたくて、テディベアをぎゅっと抱きしめた。
その時、電話が鳴った。
どくんっ
ひとりでに鼓動が速くなる。
もしかしたら、翔平からかもしれない。沙南はテディベアを放り投げて、急いで机の上に置いてあった携帯を取ると相手も確かめずに出た。
「はいっ、沙南だよ。・・・・・・・・もしもし?・・・・・・・えっ、奈々美?」
電話は、奈々美からだった。
『沙南、さっきは、ごめん・・・私、ちょっとイラついていて、沙南に八つ当たりしちゃった。』
奈々美から謝って来るなんて思ってもみなかった。電話から聞こえる奈々美の声は明るくて、アメを頬張って笑っているいつもの奈々美のようだった。
「ううん・・・私も言いすぎた。ごめん。」
『沙南が謝るなんて、おかしいよ。沙南の言っていること、私、ちゃんとわかっていたよ。謝るのは私の方だよ。沙南の気持ち知っていたのに、翔平に手紙渡してって頼んだんだから。私・・・沙南に嫉妬していたんだよね。』
沙南は、奈々美から和解の電話をもらったことが嬉しくて、電話から聞こえる奈々美の声が震えていたことに、気づいていなかった。
「奈々美・・・」
『沙南・・・、今さらこんなことを頼むのは筋違いだってわかってるけど、さっき、公園で言ったこと、もう一度お願いするよ。私、明日の朝、もう一度翔平に手紙を渡したい。だから、沙南、その時一緒にいて。私が翔平のロッカーに手紙を入れるのを見届けるだけでいいから。お願い。それに、テニス部の部室に入るのに沙南の助けが必要なんだ。沙南もその事わかっているよね。』
沙南は、翔平と両想いになった自分が奈々美の告白についていくのは奈々美に対して悪いと思った。そんな無神経な事はできない。
だが、奈々美の声は真剣だった。奈々美が自分に電話するのにはかなり勇気を振り絞ったはずだ。こんなに一生懸命頼んでいる奈々美に嫌だとは言えなかった。それに沙南にはまだ奈々美に対しての負い目があった。奈々美の手紙は翔平には渡っていない。そして、奈々美の言うとおり、テニス部の部室に入るのには沙南の手助けが必要なのだ。沙南は、奈々美になじられる覚悟で行くことを決めた。
「奈々美、わかった。一緒に行くよ。明日、何時に行けばいい?」
沙南がOKの返事をすると、奈々美の声が明るくなった。
『ありがとう、沙南。明日の朝、6時半にテニス部の部室前で待ち合わせしたい。いい?』
「うん、いいよ、6時半だね。じゃ、明日ね。ばいばい。」
奈々美からの電話を切って、目覚ましを5時にセットした。朝、シャワーを浴びたあと朝ごはん食べて登校するから、その時間でないと6時半には学校に着けない。
明日は少し早起きをするから、今日は、宿題をさっさと終わらせて早目に寝よう。ま、どうせ、剣道部も朝練があるから7時にはみんな来る。それに、確かテニス部も明日は朝練があったよね。翔平は何時に行くのかな?朝練に行く途中で一緒になったら、嬉しいな。
沙南がひとりで妄想してにたにたしているのを亨は呆れて見ていた。
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「お兄ちゃんっ!レディーの部屋を勝手にのぞかないでよねっ」
「レディー・・・ねぇ・・・レディーって、そんなしまりのない顔してへらへら笑ったり、あぐらかいて座ったりしないと思うけど?」
亨はニヤニヤしながらそう言った。
「どっ、どんな顔しようと私の勝手でしょっ。もうっ、何にも用がないなら出ていってよ。」
沙南は、顔をゆでダコみたいに赤くして亨を部屋から追い出そうとした。
「はいはい、言われなくっても出ていくよ。でも、俺は、お前が風呂に入っている時、優衣ちゃんから電話あったことを伝えに来ただけなんだけどな。」
「もう、お兄ちゃんったら、それを先に言ってよね。ほらっ、優衣に電話するから、お兄ちゃんはもう出ていって。」
亨を部屋から追い出した後、沙南は優衣に電話した。優衣の用事はなんだろう?でもちょうどよかった。自分も優衣に話しておきたい事がある。
翔平とのことは、明日みんなが揃った時に報告するとして、今日は、明日の朝のことだけ言うつもりだった。
優衣たちにはいろいろ心配かけたけど、手紙の橋渡しをするのも明日で終わりだ。きちんと話したら、優衣も納得してくれるよね。
沙南は、携帯の短縮を押した。剣道部の4人の携帯は短縮登録してある。それから翔平のも。沙南が携帯を耳にあてるとすぐにコール音がした。コールが2回鳴り終わると優衣が出た。
「あっ、もしもし、優衣?あのね・・・・・」
『もっ、もしもし、沙南?じっ実は今・・・、えっ!なんていったの?もう一回言って?』
優衣はどこにいるんだろうか?なんだか、まわりに遠慮しながら話しているみたいだった。塾だったのだろうか。塾なら、優衣に悪いから手短に話そう。
「優衣、明日の朝、奈々美と一緒に手紙を翔平のロッカーに入れてくる。」
「えっ、あ、明日っ?行くの、沙南?やめなよっ!」
つっ!
優衣の声が大きすぎて沙南の耳はジンジンと痛かった。思わず携帯を耳から遠ざけた。
優衣ってば、こんな大きな声出して、塾の先生に叱られても知らないぞ。
「優衣、優衣におせっかいって言われるのは覚悟しているけど、前の手紙は翔平に渡してないし、やっぱり、責任感じちゃうから、明日は奈々美といっしょに行ってくるよ。もうこれを最後にするから。郁美にもそう言ったし。それは、約束する。」
「・・・・・・・わかった。でも、考え直してみて、沙南。私はやっぱり反対だから。沙南に少し考える時間をあげるよ。・・・・・うん、それじゃあね、30分後にかけるから。それまでに考えといてよ。じゃね。」
30分後にかけなおすと優衣は言ったが、何分後でも私の気持ちはかわらない。明日の朝、私は、奈々美につきあう。
優衣は、きっかり30分後に電話をくれたが、沙南の決心が変わらないと観念したのか、沙南が拍子抜けするくらい、反対しなかった。
もうちょっと、反対するのを期待していたのに、優衣、最近、物わかりがいいなぁ。