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沙南のとまどい

両想いになったことで翔平の硬派度がくずれていきます。さなはそんな翔平に翻弄されます。

 沙南が救急箱を片づけるのを翔平は黙って見ていた。手際よく消毒液やテープを箱の中に入れる沙南の細い手。かがんだ時に耳から落ちてきた髪をその手でまた耳にかける仕草に翔平は体が熱くなった。

 沙南はいつもの癖で何気なくやっているのだろうが、翔平にはその仕草が自分を誘っているように思えて困った。さっきまで抱きしめていた沙南のぬくもりがよみがえってくる。鼻をくすぐるような沙南の甘い香りを思い出して胸が高鳴った。


 まずい。このままふたりきりだと沙南を押し倒してしまいそうだ。これは早めに帰った方がいいな。せっかく両想いになったのに、焦って迫って沙南に嫌われたくは、ない。沙南とのことは大切にしたい。沙南が俺と同じ気持ちになるまで絶対焦ったりしたくない。


「沙南、そろそろ帰るよ。」


「うん、わかった。」


 翔平が立ち上がって玄関に向かうと沙南も一緒に来た。そして翔平に遅れないようにと急いでサンダルを履いた。


「沙南、沙南はこのまま家にいてくれ。」


「えっ、だって、浩二さんは私も翔平と一緒に来いって言っていたでしょ。だから私も行く。」


「いや、いい。さっきも話したけど、俺は今、厄介なことになっている。明日になればそれが解決すると思うけど、今は自分の自由がきかない状況なんだ。俺の家に来てその帰りに、もし沙南にさっきみたいな事がおこっても俺は動けないかもしれない。だから今夜は家にいてくれ。その方が俺は安心できる。な、沙南、頼む。」


「でも、翔平・・・」


 いきなり翔平が沙南を自分の胸に引き寄せた。沙南の不満の声は翔平の胸に抑えられてしまった。


 翔平が沙南の首筋に唇を寄せてきた。ぞくっと背筋が震えた。首筋から熱が広がっていく。翔平の唇は次第に上にあがってきた。沙南を自分に向かせると頬にそして唇にそっと口づけてきた。沙南にははじめてのことばかりで体が硬直して、翔平を止める事が出来なかった。


「沙南、何度も言うけど、俺は沙南が大事なんだ。沙南は何にも変えられない。沙南が危ない目に会うかもしれない事には絶対近づけたくない。だから、今日は俺の言うとおりにして。」


「うん・・・」


 翔平は沙南に言い聞かせる間も沙南に触れつづけた。翔平によって引き起こされる甘いうずきのせいで沙南の思考は停止していた。


「ありがとう、沙南、わかってくれて。」


 翔平のことばに我に返った沙南は、自分がうまく言いくるめられたのにムッとした。


 だめ、やっぱり納得なんかできない。


「いやいやいや、違うっ。今の『うん』は、なし。私、やっぱり翔平の家に行く。」


「沙南っ」


 翔平は少し怒ったようだった。翔平が怒ろうとも関係ない。自分も翔平の家に行く。それを翔平に告げようとした時、玄関のドアが開いた。


「ただいま。」


 すこしくたびれた様子で、沙南の兄の亨が帰ってきた。亨は玄関にいる翔平と沙南に疲れた目を向けた。


「ん?なんだ翔平、来てたのか。」


 翔平は亨が帰ってきた事を心の中で喜んだ。亨は普段から目の中に入れても痛くないほど沙南を可愛がっている。沙南に関する記念日には彼女との約束もいれないほどのシスコンぶりに沙南の両親も、もちろん彼女も憂えていた。翔平もいい加減彼女一筋になって欲しいと思うが、今回は別だ。かわいい妹が暗くなってから外出することを亨が許すはずがない。


「こんばんは、亨さん。お邪魔してました。俺がテニスでケガをしたのを沙南に応急処置してもらっていました。で、沙南がお礼は俺ん家にあるDVDを見せてくれればいいって言うから、今からふたりで行こうとしていたんです。な、沙南。」


「なっ・・・」


「俺ん家に行こうとしていたんだよな?」


「うっ、うん・・・」


 翔平の家に行くのはほんとうの事なので、沙南は頷くしかなかった。ふたりの会話を聞いて、亨の目がつり上がる。


「だめだめ、こんなに暗くなってから外出するなんて、なし。たとえ翔平の家にだって、NOだ。今から行ってDVD見たら帰るのがかなり遅くなるだろ。どうしても見たいなら、明日にすればいい。今日はもう、外出禁止。」


「お兄ちゃんっ。」


「沙南がどんなにお願いしても、これだけは譲れない。沙南は年頃なんだから夜で歩くのには細心の注意が必要なんだ。たとえば俺と一緒とか。」


 亨の話を聞いて翔平は口の端を少しあげて笑った。


「そんな、今日は亨さん、疲れているみたいだし、沙南につきあって俺の家に来ることないですよ。沙南、DVDは、明日持ってきてやるよ。ね、亨さん、それがいいですよね。」


 翔平の問いかけに亨は深く頷いた。そして沙南の手を引くと半ば強引にろう下にあげた。沙南は、大きくため息をつくと、翔平と一緒に行くのを諦めた。


「お兄ちゃん、わかったから。今日はもうでかけない。翔平を見送ったら部屋に戻るから、先に入っていて。」


「わかった。」


 亨は沙南のことばに頷くとリビングの方へ向かった。亨がリビングに入ると沙南は、翔平のほうを向いて睨みつけた。


「さっ、じゃあ、俺は帰るな。」


 しれっと言う翔平にムカついたが、亨がいる以上沙南にはどうする事も出来なかった。


「翔平、ほんとうに明日になったら、何があったのか教えてくれるんだよね。」


 沙南が確認するように聞いた。


「ああ、約束する。明日になったら、ぜんぶ話すよ。」


「・・・わかった。じゃあ、今日は、我慢する。」


 沙南が渋々そう言うのを翔平は目を細めて聞いていた。滅多に沙南を言いくるめられる事なんかないのだが、今日はうまくいった。沙南は、まだ納得していない様子で口をとがらせていた。その顔が可愛くて、翔平はすっとかがむと沙南の唇にキスをした。


っ!


 不意を突かれて沙南は固まった。そんな沙南の耳元で翔平が囁くように、


「じゃ、また明日な。」


と言った。耳元をくすぐる翔平の息とささやきに沙南の頬はみるみる赤くなる。お互いの気持ちを確かめあってからの翔平の行動に沙南の心はまだついていけなかった。


 翔平が手をあげて去っていくのに沙南も手を振り返した。沙南は、翔平が見えなくなってもしばらく手を振っていた。夜風にあたって顔のほてりをさまさないと亨の前に顔を出せない。沙南は頬に手をあてながら早くこのほてりがさめますようにと祈った。


次からはいよいよ事件の本筋に入っていきます。

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