追いつめられて
今回は、奈々美の独り言です。
奈々美は、学校近くの公園のベンチに落ち着かない様子で座っていた。まだ待ち人は来ていないようだ。電話で呼び出されてからもう15分も経つ。いつもならもうとっくに来ているはずなのに、今日は様子がおかしい。いや、ここのところ、こと“スイートドロップ”に関しては予想外の事ばかりおこっている。それまでは想定したとおりに事が動いていたのに。おかげで”T”はずっと苛立っている。こっちまでとばっちりを食らって身の危険を感じる事がある。
さっき受けた電話の内容を思い出して顔をしかめた。もう、失敗はできない。次の失敗の後はないのだ。
どうしてこんなことになったのか。
奈々美は唇を噛みしめた。上辺だけの友だちづき合いに嫌気がさして、お金だけ渡して自分には全く関心を示さない家族にあてつけたくて、ちょっと気まぐれにコンビニで万引きをした。たまたまそれを見られて証拠をカメラに収められてしまった。
それが運のつき。
気がついたら、“スイートドロップ”なんてものを売り捌くことになっていた。
ドラッグなんかに関わっている事を知られたら自分は終わりだ。学校にも友だち(たとえ上辺だけでも)にも家族にさえ見放されるだろう。そんなの嫌だ。どんなことをしてもドラッグ容疑の矛先を別に向けなければいけない。
はじめのターゲットは、翔平だった。でも、仕掛けたトラップに翔平はかからなかった。それどころか自分が翔平に渡すはずだった“スイートドロップ”入りの手紙のせいで“T”の手下が3人も捕まったという。3人が捕まったのは私のせいではないのに、”T”は電話で私を責めた。電話を通して“T”の殺気がビンビン伝わってきて怖かった。次のトラップが成功するまでもう”T”とは顔を合わせたくない。いや、早くトラップを成功させて、そして“T”から写真もデータも取り返して、もうこんなヤバイこと終わりにしたい。
奈々美はため息をついて空を見上げた。空はすっかり暗くなっていて淡く光を放つ星がいくつも見えた。奈々美の頬を一筋の涙が伝う。
一人ぼっちなのは嫌。でも、引き返せない闇に囚われている自分はもっと嫌。誰かに自分をこの闇から救い出してほしかった。でも、その方法がわからない。わからないまま、さらに深い闇に落ちていく。
このまま自分は落ち続けるのだろうか。
探しても答えは見つからない。だから、今、自分にできる事をするしかない。たとえそれが間違っている事だったとしても、自分にはそうするしか暗闇の中にいる自分を忘れる事はできないのだから。
がさっとすべり台の方で音がした。どうやら待ち人が来たようだ。しかし、奈々美は音がしてからしばらくの間は動かなかった。それが待ち人との約束だったから。
公園に静寂が戻っても奈々美はまだ動かなかった。遠くで車が走り去る音を聞いて、やっと立ち上がった。そしてすべり台の階段まで移動して身をかがめて階段の下に手を伸ばした。レモン色の包み紙のアメを見つけると、キュロットのスカートに押し込んで公園を後にした。
次のターゲットは、沙南。どうしてターゲットが変わったのかは、わからない。でもそれを聞こうとは思わない。それが最後の抵抗。色んな事を深く知ると心がぶれる。闇が深くなる。何も感じないくらいの距離を保っていたいんだ。そうしないと闇に囚われたままもう動けなくなる気がするから。
明日の朝、沙南にこのアメを渡せば私の仕事は終わり。その褒美として写真とデータをくれると“T”は約束してくれた。
沙南には悪いけど、私のために役立ってもらう。そうしないと私の身は破滅する。もう他にどうしようもなんだ。だから、沙南、ごめんね。
奈々美の目にもう涙はなかった。