ふたりの距離・・・ゼロ
やっと・・・です。
「えっ」
沙南は驚いて翔平を見つめ返した。沈黙が流れる。ぶつかり合う目と目。
「沙南?」
やさしく呼ばれてびくっとした。自分に都合のいい聞き間違いをしたのだと沙南は思った。
だって、あり得ない。翔平が私を好きだなんて。
「うそっ」
沙南は激しく首を振って翔平のことばを否定した。
「うそじゃない。ほんとに俺は沙南が・・・」
「信じないっ。だって、一平が私に告白するのをお膳立てしたのは翔平でしょ?一平のためにそんなことするってことは、翔平は、私のこと何とも思っていないってことじゃない。」
言いながら涙が溢れた。まるで残酷な現実を自分に納得させているようだと沙南は思った。
「そんなことない。俺はほんとうに沙南が好きなんだ。あの時は、まだ自分の気持ちがわからなかったんだ。でも、ずっと心の中がモヤモヤしていた。今日の朝なんか気分は最悪だったよ。一平が告白できるようにした自分に嫌気がして落ち込んでいたんだ。おかげで激励会に行く気すらおきなかった。」
翔平は自分の掌で沙南の涙を拭きとると沙南を胸の中に引き寄せた。それを拒むように沙南は胸の間に手を入れて翔平を押し返そうとしたが翔平はそれを許さなかった。沙南が抵抗できないようにいっそう強く沙南を抱きしめた。
「・・・・・今朝、ちょっと困ったことが起きて部屋から出られなくなったんだ。部屋にいる間、ずっと一平と沙南のことが気になっていた。その時に沙南の手紙を読んで、沙南の気持ちを知ったら、俺がずっとモヤモヤしていたのが何だったのか、やっとわかった。親友の一平にも渡したくないほど沙南のことが好きだったんだって。だから、自分でお膳立てしたけど、一平が沙南に告るのを阻止しなきゃって思って、見張りの目を盗んで部屋を抜け出して部室に行ったら・・・お前と一平が抱き合っていたのを見たんだ。嫉妬で気が変になりそうだったよ。自分で仕向けたことなのに、死ぬほど後悔した。」
頭の上から聞こえてくる翔平の告白を沙南は信じられない思いで聞いていた。
「沙南・・・俺、沙南が信じてくれるまで何度でも言うよ。俺は沙南が好きだ。嘘なんかじゃない。本当に沙南のことが好きなんだ。お前を誰にも渡したくない。たとえ、親友の一平でも。」
「ほんとうに・・・?」
もう一回、翔平の口から好きって言って欲しかった。そしたら、翔平のこと、信じられる。
「ああ、ほんとうだよ。俺は、沙南が好きだ。」
目頭が熱くなって涙があふれてきた。翔平の背中に手をまわして抱きしめた。そしてゆっくりと翔平を見上げた。翔平の目に沙南への思いが本当に映っているのか確かめたくて。沙南の視線に気づいて翔平が顔を下ろした。お互いの瞳に映る愛しい人の姿。
「私も、私も翔平が好き。」
どうしてだろう?嬉しいはずなの、涙が止まらない。
「知っている。俺、沙南が書いた手紙、読んだよ。沙南の気持ちがわかって嬉しかった。読んだ時は、今まで生きてきた中で今日は最高の日だと思った。」
翔平は優しく涙をふきながらそう言った。それから沙南の耳元で囁いた。
「沙南・・・もう一回言って?俺、沙南からもう一回、聞きたい。沙南の気持ち。」
「////////////」
さっきは勢いに乗って言えたけど、改めて言うとなると・・・やっぱり恥ずかしい。沙南は、素直に好きって言えなくて、翔平の胸に顔を隠して黙っていた。
「沙南・・・」
翔平は、私のことばを待っている。翔平は私が信じてくれるまで何度も言えるって言ってくれた。私もそうじゃなきゃいけないよね。
沙南は恥ずかしさを心の奥に押しやって、勇気を出して口を開いた。
「すき・・・」
消え入りそうな小さな声で、そう言うのがやっとだった。
「俺も」
抱きしめる翔平の手に力がこもる。ぎゅっと息が詰まるくらい沙南を抱きしめた。それから沙南の髪にそっと唇をあてると、翔平は抱きしめた手を緩めて沙南を見つめた。沙南の潤んだ瞳に誘われるように、翔平は両手を沙南の頬にあてると、静かに顔を近づけた。
まるでスローモーションのように、翔平の顔が近づいてくる。沙南は自然に目を閉じた。
ふわっ
唇にあたたかいものが触れた。それは、ほんの一瞬のこと。触れたものはすぐに離れたが、また沙南の唇に触れる。はじめはそんな啄ばむようキスを繰り返していた。それが次第に深くなっていく。ついにお互いの唇が開いてさらにキスが深くなろうとした時、
翔平が口を押さえて顔を歪めた。
「いっつっ。」
翔平の呻き声に、沙南はぱっと目を開けた。翔平は口元をさすりながら苦笑いをした。
「翔平、切れた口の中、またひどくなったの?」
「いや、大丈夫だよ。格好悪ぃよな、俺。沙南の前だと、どうしてもきまらない。」
翔平のことばに私も笑った。
ううん、翔平は格好いいよ。私には、世界中の誰より格好よくみえるよ。
「翔平・・・私・・・翔平のことが好き。たとえ片思いだとしても、この気持ちは変わらないよ。」
「片思いなんかじゃないって。それどころかきっと、沙南の好きより俺の好きの方がずっと大きい。」
翔平は自分の想いを沙南にわからせようとするように、沙南が息ができないくらい強い力で抱きしめた。沙南も翔平の背中に手をまわして抱きしめた。
あたたかい・・・
体中に翔平のぬくもりを感じる。こんな日がくるなんて、思わなかった。
翔平、大好きだよ。