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ふたりの距離

よっ、ようやく翔平が告白します。ここまで来るの…長かった。

 翔平に手首を掴まれたまま、ふたりはお互いを見ていた。相手の息遣いが間近に感じられる距離で見つめあう事に慣れていなくて、先に視線をそらしたのは沙南のほう。


「/////////////」


 翔平のぬくもりと視線を感じて体が熱くなる。自分の鼓動の早さに驚き、その音の大きさに戸惑う。


「し、翔平、と、とにかく、リビングに行こうっ。ケガの手当てしないと。」


 自分の手首を掴んでいる翔平の腕を引っ張って自分の肩に回すと、リビングに向かった。こうすれば翔平の顔を見ないですむ。翔平の顔見たら平気でいられない。今は、このほうがいい。

 翔平は、もう手を振りほどいたりしなかった。おとなしく私の肩に体を預けて一緒にリビングまで歩いていった。リビングで翔平をソファに座らせると、救急セットと濡れタオルを取ってきた。はじめに濡れタオルで顔を拭いてそれから消毒液をガーゼいつけて顔の傷にあてた翔平は、ぴくっと、少しだけ動いて顔を歪めたが、声は出さなかった。翔平の額にはうっすらと汗が滲んでいる。その汗が翔平の痛さを代弁していた。


「翔平、痛い?」


「だ、大丈夫だよ・・・痛くない・・・っ。」


 それきり翔平は黙って手当てを受けていた。時折額の汗をぬぐいながら、沙南も黙って手当てを続けた。


 まったく、やせ我慢なんかしないで、痛いなら痛いって言えばいいのに。でも、ま、しょうがないか。私も翔平のやせ我慢につきあって、ゆっくり治療してあげよう。痛くないように、痛くないように・・・と。


 消毒液を浸したガーゼが優しく傷を覆う。なるべく痛さを感じないようにと沙南が気遣ってくれているのが嬉しかった。でも、どんなにそっと触れられても消毒液が滲みる痛さには変わりなかった。自然に顔が歪むが声は出さなかった。好きな女の子の前で自分の弱さなんか簡単には見せられない。たとえやせ我慢だと思われても。


 顔の治療が終わると、沙南は腕の手当てに取り掛かった。腕にもいくつかあさがあった。ゆっくり濡れタオルで拭いた後、そのひとつひとつに湿布を塗りこんでいった。それから翔平の左足のジーンズの裾をあげた。左の足首が少し腫れている。沙南の顔が曇り、唇が震えた。


 ねんざしていたなんて。来週は大事な大会があるのに。もし、骨にも異常があったら・・・


「翔平・・・この足で大会でられるの?試合前の調整に影響が出るんじゃ・・・」


 小刻みに震える手で骨に異常がないか確かめた後、足に湿布を貼りながら沙南が聞いた。


「平気。これくらいのねんざで試合に出ることなんか、これまでもあったし。明日、いつもの整形外科に行って治療してもらうから。」


「でも、もし、骨がどうにかなっていたら・・・」


「それはないよ。さっき、浩二さんに調べてもらった。浩二さん、整骨の心得あるから、まっさきに俺の足、見てくれた。それに、俺の足を触ってみて沙南もわかっただろう?沙南も骨に異常があるかくらいは触って分かるだろ。」


「う、うん・・・だけど、私の見立てなんか素人判断だし。明日ちゃんと病院行ってよ。」


「わかっているって。そんなに心配なら沙南も一緒に行くか?」


「えっ」


「そうだな。俺のケガは自分のせいだって思っているみたいだし、責任とって一緒に来てよ。」


「わ、わかったわよ。一緒に行ってあげる。ほんとに大丈夫か気になるし。」


「そ、じゃあ、よろしく。」


 沙南は湿布を貼った後、足首に負担がかからないように丁寧にテーピングをした。アンダーテープを巻くたび足に触れる沙南の手に翔平は言いようのない胸の高まりを覚えた。自分のためにケガの手当てをしてくれる沙南を見ていると、沙南が自分だけのものになったような気がして嬉しかった。


「はい、おわり。たぶんいいと思うけど、翔平、足を動かしてみて。」


 沙南のことばに翔平はゆっくり立ち上がって歩いてみた。テーピングのおかげで足への負担が軽くなっていた。少し左足に痛みを感じるが先ほどのようではない。これなら十分歩ける。


「沙南、テーピングうまいな。沙南のテーピングのおかげで足が楽になった気がする。ありがと。」


 翔平からありがとうって言われてちょっと照れた。それにテーピング、うまいって言ってくれた。剣道部のみんなのために本を見て巻き方練習したけど、それが役に立ってよかった。


「これで、治療おわり。でも応急処置しただけだから、明日、ちゃんと病院行って診てもらうよ。」


 沙南は使い残しの湿布や消毒液を整理して救急セットを片づけていた。


「沙南・・・」


 不意に翔平に呼ばれて、上を向いた。翔平が自分を見ている。その目の真剣さに沙南も顔を引き締めて見つめ返した。

 

「俺、沙南に言わなきゃいけないことがある。」


「言わなきゃいけないことって・・・?」


 翔平は何を言うつもりなんだろう?沙南の胸の鼓動が速くなる。


「俺の沙南への気持ち。」


 えっ・・・


沙南は、びくっと肩を震わせた。


今、翔平、私への気持ちって言った・・・?翔平の私への気持ちって・・・・・・。


 沙南の頭に、ふっと、部室で一平が言ったことが浮かんだ。


『翔平がお膳立てしてくれた』


 沙南は先を聞くのが怖くなった。聞きたくなくて、救急セットを片付けるフリをして翔平から離れようとしたが、翔平は、その場を離れようとする沙南の手を掴んで止めた。


 胸が苦しい。私、なんて言われるの?聞きたくない。 


でも・・・


聞いたほうが・・・いいの?自分の気持ちに踏ん切りをつけるために・・・


心が二つに分かれて苦しかった。


「沙南・・・」


 また翔平が呼んだ。

 翔平の声に、また、びくっとした。平静でいようと思うのに体は素直に反応する。怖くて翔平の顔が見られない。沙南は手を掴まれたまま顔を逸らし続けていた。


 すると、翔平の両手が沙南の頬をはさんで自分に向けさせた。翔平の顔が目の前にある。顔を逸らそうとしたが翔平の手はそれをさせない。沙南は仕方なく視線だけ逸らそうとした。


「沙南、こっちをむいて。俺から目を逸らさないで。」


 自分の心を見透かすような翔平の声に顔が熱くなる。きっとこの熱は自分の頬を挟む翔平の手から伝わっているだろう。そう思うと、ますます目を合わせられなくなる。


「沙南、お願いだから、俺を見て。」


 翔平の声が震えている。頬を挟んだ両手も震えている。翔平の声の真剣さに沙南は覚悟を決めて翔平を見た。ぶつかり合うふたりの視線。息がかかるほど近くにある翔平の顔に沙南の鼓動は耳を塞ぎたくなるほどうるさくなった。


 ゆっくりと翔平の口が動き出す。こくりと唾を飲み込む。沙南はその口元から目を逸らせなくなっていた。


「沙南、俺、沙南のことが好きだ。」


次でふたりの距離がゼロになります。

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