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近づく距離

やっと、ふたりの距離がゼロになる・・・一歩手前です。いい加減ふたりとも気づいてもよさそうなんですけどね。

 沙南の家についた。沙南は玄関のカギを開けて翔平といっしょに中に入った。史輝と浩二とは玄関先で別れた。ふたりは一度署に戻ってさっき確保した3人の男について報告するらしい。


「じゃ、またあとで。」


 手をあげて門から出ていくふたりに、沙南と翔平は手を振った。ふたりが見えなくなると、それまでの緊張が解けたかのように翔平は玄関に腰を下してしばらく立ち上がらなかった。沙南は翔平を気にかけつつ玄関の鍵をしっかりかけた。まだ、さっきの男たちが襲ってきそうで怖かった。

家には誰もいない。


「翔平、立てる?」


 私が手を貸そうとすると、翔平は顔を歪めてその手を振り払った。翔平の目が怒りでくすぶっている。


「・・・大丈夫だよ、ひとりで歩けるから。」


 絞り出すように低い声でそう言うと、翔平はまた黙ってしまった。

翔平はここへ来る間、ひと言も口を聞かなかった。厳しい顔で口をきゅっと結んだまま、史輝や浩二が話しかけても終始無言のままだった。史輝たちが話しかけても反応しない翔平に沙南は話しかけることすらできなかった。沙南には、なぜ翔平が無言でいるのかその理由が分からなかった。


 しばらくふたりとも玄関にいたまま沈黙が続いた。沙南は、次第に黙っているのが辛くなってきた。意味もわからずこのままここにいる事に段々腹が立ってきた。それでも腹立ちを抑えてもう一度翔平に声をかけた。


「翔平、ずっと玄関にいてもしかたないよ。とにかくリビングに行って傷の手当てをしようよ。」


 沙南が翔平の腕を掴もうと手を伸ばすと、逆に翔平に手首を掴まえられた。思ったよりも強い力で手首を掴まれたので沙南は顔をしかめた。


「い、痛いよ、翔平、放して。」


 沙南が翔平の手を振りほどこうとすると、翔平はさらに強い力で沙南の手首を掴んだ。


「翔平っ」


 沙南は堪らず声を荒げて翔平睨んだ。沙南の視線が翔平の視線とぶつかった。翔平の目が怒りに燻っている。


「沙南・・・どうして逃げなかったんだ。」


「えっ?」


「あのまま公園から逃げてくれればよかったんだ。それなのに、どうして戻ってきたりするんだ。戻ってくるどころか、箒で応戦するなんて。たまたま技が決まったからよかったようなものの、もし、うまくいなされて捕まっていたらどうするんだ。沙南のやった事は無謀な事なんだぞ。」


「だって、だって、翔平が危ない目に合うのがわかっているのに自分だけ逃げられるわけ、ない。少しでも役に立てたらって思ったから咄嗟に箒を借りてきたのに。そしたら翔平、傷だらけで足まで引きずっていて・・・そんな翔平を見たら頭がかあっとなって、気が付いたら箒を構えてた。だって、だってだって、翔平が大ケガして試合にも出られないかもしれないって思ったから。私のせいでそんなケガさせたんだって思ったら、自分が情けなくって・・・っ。それなのに、それなのにっ、私の気持ちも知らないでそんなにぽんぽんぽんぽん怒って、翔平なんかっ、翔平なんかっ・・・」


 うっ、ぐすっ、うぅっ・・・・拭っても、拭っても、後から、後から涙が溢れてきた。


 翔平には私が翔平の事が一番大事なんだってこと、まったくわかってない。


 沙南は、自分の気持ちが翔平に伝わらない事がもどかしかった。翔平が自分を心配して言ってくれているのはわかったが、あの時、沙南が公園に戻ったのは、理屈じゃない。翔平を助けたいという感情だけが沙南を突き動かしていたのだ。伝わらない自分の一方通行の思いが辛かった。切なかった。そんな感情に支配されていた沙南の涙が止まる事はなかった。


「沙南・・・」


 ふわっと、翔平の腕が沙南を包んだ。さっきまでの語気の荒いことばは何だったんだと思うほど、ほんとうに優しく沙南の体を包み込んだ。


 はあっ、沙南には俺の気持ちはわかってもらえないんだろうな。沙南があの男に掴まれそうになるのを見て心臓をえぐられるくらい苦しかったんだって、絶対にわかってもらえない。それに、俺は沙南を守るってちゃんと伝えたのに、なんで、俺が沙南に守られなきゃならないんだ。俺は、そんなに頼りないのか?


 沙南が揺るがない思いで自分を信じて頼ってくれない事に翔平はもどかしさを感じていた。自分にとって沙南はテニスよりもずっとずっと大事なんだって、どうしてわかってくれないんだろうか。

 それでも、こうして沙南に泣かれると、それ以上沙南を責めることはできない。自分の中で沙南の涙を止める事が最優先されてしまうんだ。


「沙南、泣くなよ。俺は、沙南が無事なら、それでいいんだ。」


「だって・・・」


 沙南が口を開こうとすると、翔平が人さし指を私の口にあてた。その手で翔平は沙南の髪を優しくなでた。もう一方の手は沙南の背中にまわされていた。沙南は、髪をなでられる心地よさと体に伝わる翔平のぬくもりに守られて次第に落ち着きを取り戻していた。


「沙南、これだけはわかって欲しい。俺には、自分のことなんかより沙南を守ることの方がずっと、ずっと、大事なんだ。もし、今後また同じような事があっても、俺は沙南に逃げて欲しい。俺の事なんか気にしないで安全な所にいっていて欲しいんだ・・・っつ。」


 喋りすぎたせいか、切れた口の痛みがひどくなった。翔平は、沙南から手を放すと、頬をさすり顔をしかめた。


「翔平っ、もういいよ、しゃべらないで。」


 沙南は、翔平のほほに自分の手を重ねてそう言った。すると重ねたはずの翔平の手がいつの間にか沙南の手を掴んでいた。


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