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渡した手紙

 一体全体、どんな冗談なの?


 沙南は、ちょっと怒りモードで裏門への道を歩いていた。


 稽古が終わった後、沙南は、猛ダッシュで浦先の待つ職員室へと直行した。おかげでシャワー浴びた後なのに、それが跡形もなく汗びっしょりになってしまった。


 もう、この後、翔平に会うのに、汗臭くなるのヤダ!!って心の中で毒づきながら、沙南は、精一杯走ったのである。


 ところが!!


 職員室では、浦先が、のんびりせんべいを食べながら、わが校のマドンナ教師である化学の田中先生とおしゃべりしていた。


 汗だくで、息も絶え絶えに自分の前でぺこりと頭を下げる沙南を、浦先は、せんべいを咥えたまま、ぽか~んと見ていたのだ。


香村かむら?どうしたんだ?」


「へっ?いえ、あの、私、先生に呼び出されて・・・」


「はあ?」


 咥えたせんべいを膝の上に落として、浦先が小さく叫んだ。


 浦先は私を呼び出していないと言う。


 一緒に呼ばれたはずの海斗の姿も見えない。


「香村、寝ぼけるのは授業中だけにしとけよ。」


 って、それが教師のセリフかっ!!ってツッコミ入れたくなるような浦先のセリフを聞きながら、ぺこりと頭を下げて職員室から出た。


 納得できないっ!いったい、どういうこと?


「人が急いでいるって時に。それに、海斗はどうしたのよっ、海斗はっ!」


「おっかねえ。沙南。どうしたんだよ?」


 職員室からの帰り道で同じ剣道部の洋汰ようたに会った。洋太は、沙南の剣幕にろうかの壁に張り付くようにして、沙南を見ていた。


 沙南が、海斗は?ってたずねると、もう帰ったと洋太は答えた。


 これはもう、どう考えても4人にだまされた!? 


 でもどうして?


 考えても答えは出ない。


 にしたって、たちが悪い。これから好きな人に会う乙女心がまるでわかってない。きちんと身なりを整えて、少しでもいい印象持ってもらいたいって思って、念入りにシャワー浴びたのに。台無しになっちゃった。


 私の乙女心を踏みにじったわけ、聞いてやろうじゃないの。


 明日、4人を尋問してやるっ!!




 沙南の怒りモードは、裏門が近づくにつれてトーンダウンしていった。


 かわりに、そわそわと、髪の乱れを気にしたり、制服の着くずれを直したりした。


 裏門では、すでに翔平が待っていた。


 テニス部のほうが早く終わったんだ。


 カバンとラケットを地面に置いて腕を組んで門にもたれかかっている翔平は、そこらへんの雑誌モデルより、よっぽどさまになっていた。


 やっぱりコイツ、かっこいいよな。


 沙南は、少し離れたところで立ち止まって、翔平を見ながらそう思った。


 部活を終えて帰ろうとしているほかの女子もきっと同じ気持ちだと思う。みんなチラッチラッと翔平を見ては、ほほを染めて目をそらしている。


 でも、でも、私はあんなリアクションできない。


 翔平の前だと、幼なじみって仮面をかぶってしまう。自分の心臓がフル稼働して暴れているのを無理やり押し込めてしまうのだ。


 沙南は、すうっと、大きく息をすうと、ことさら何気ないというような笑顔をはりつけて翔平に近寄っていった。


「ごめん。待った?」


 沙南が両手を合わせて謝りのポーズをすると翔平は、


「いいって。お前、浦先に呼び出しくらってたろ?短い足をフル回転してダッシュで坂道登んの見てたから。」


と、私の胸を鷲掴みしそうな笑顔でそう言った。


「あっ、えっと・・・ウン。じつはそうなんだ。」


 私は、翔平の笑顔に気おされて、思わず相槌をうってしまった。


 あの4人にだまされたってと言うと、きっとバカにされるに決まってる。


「で、話って?」


翔平が直球で聞いてきた。


 沙南は、心の準備もできていないまま、いきなり本題?ってびっくりした。


 手紙を渡しやすくなるよう、いろいろ考えてきた話題を思い出せそうもないと、沙南は、ため息をついた。


 仕方ない。私も直で要件を言おう。


「あ、あのさ、手紙、受け取ってほしいんだけど。」


 カバンからほんのりピンクの封筒を取り出して翔平に見せた。


 翔平の顔は見れなかった。手が震える。まるで、自分のラブレターを渡しているみたいだった。


 翔平、どうするかな?


 また、前みたいに受け取れないって返すかな?


「これ、お前からかよ?」


 え?


 思いがけない翔平のことばに、沙南は手紙を落としそうになった。


 沙南は、驚いて翔平を見上げた。翔平は、憮然として怒っているようにみえた。


 翔平・・・私からの手紙だと、受け取りたくないんだ。


 ううん。私からのだって、誰からのだって、翔平は、今まで一度も受け取ったことない。


 だから、怒るのは、わかる。


 でも・・・


 私だけは、別だって思っていた。自分のだけは、喜んで受け取ってくれるって、どこかで期待していた。


 今、あげようとしているのは、自分の手紙じゃないのに、沙南は、自分の想いが拒絶されたような苦い思いを味わった。


「ち、ちがう・・・」


 沙南は、そう言うのがやっとだった。


「またかよ?うぜぇ!!」


 頭の上から不機嫌な翔平の声がふりそそぐ。


 翔平の不機嫌な声を頭の上で聞いていると、自分が拒否されているような錯覚がずっとまとわりついていて、沙南は、平静ではいられなくなっていた。


「あのっ!迷惑に思っているのはわかっているケド、今回だけは受け取ってほしいんだ。おねがい!!」


 沙南は、翔平を見ることもできずに頭をさげたままで頼んだ。


「今回だけはって、お前、これで何回目?お前は俺へのラブレター配達人なわけ?」


 翔平の不機嫌な声が、沙南の心に響く。


 こんなことで翔平とケンカなんかしたくない。


 でも、奈々美との約束があるし・・・なにより、自分が拒絶されているってこの感覚、堪えられない。


 もう、沙南は必死だった。


 とにかく受け取ってもらいたくって、いつもよりも必死に頼んでいた。


「おねがいっ!!もう、絶対こんなことしないから!今回だけっ。今回だけは、受け取って!!!」


 沙南は、頭の上で両手をあわせて翔平に懇願した。


「はぁっ。さなぎ・・・お前なぁ・・・」


 翔平があきれている。


 私だっていやだよ、こんな役回り。


 あぁ、自己嫌悪!頼まれたら断れない自分が嫌い。断れないから、こんな思いしてるんだ。


 そう思うと、沙南は、いたたまれなくなていた。


 それでも、奈々美との約束は、ちゃんと守らないと、って、そんなふうに思う自分も嫌!でも、しょうがない。これが私なんだから。


 頭の中でぐちゃぐちゃ言い訳していると、目が熱くなってきた。


 うっ・・・泣いちゃだめっ!


 翔平に手紙を差し出したまま動かない沙南に、はあっって大きなため息をついてから、翔平は、ぱっと、ひったくるように手紙を受け取った。


「わかったよ。お前がそんなに言うんなら、幼なじみのよしみで、今回だけは受け取ってやるよ。」


「ほ、ほんと?ありがとうっ!感謝、サンキュー!」


 沙南は、出そうになっていた涙を無理やりひっこめると、おどけて見せるように明るく笑った。


 手紙を受け取った時は相変わらず憮然としていた翔平が、沙南が、顔を上げてほっとしたように笑顔になると、ふわっと、柔らかい表情になった。


「とぼしいボキャブラリで、こんなに感謝されたら、仕方ねぇな。」


 そう言って笑うと、翔平は手紙をカバンにしまった。

 

 薄暗くなった空に星が輝きはじめ、三日月のあかりに二人のシルエットが浮かび上がっていた。


 この時、沙南は、なぜ翔平が手紙を受け取ってくれたのかも、これからふたりがあんな変な事件に巻き込まれることになることも想像できなかった。



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