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手紙のゆくえ

 ドアの外に史輝の声を聞いて翔平は急いでドアを開けた。翔平がドアを開けるのを待っていたかのように史輝と浩二が静かに立っていた。


「兄・・・」


 翔平は史輝と一緒にいる浩二を見て言いかけたことばを呑み込んだ。


 何で浩二さんがここに?


 翔平が驚いたように自分をみているのを見て、浩二はにやっと笑った。


「よぅ、翔平、久しぶり。元気にしていたか?」


 他愛もない浩二の問いかけに翔平は面食らった。浩二の言い方は普通に遊びに来た時のそれと変わらなかったからだ。


 浩二さん・・・あの事で兄貴と一緒に来てるんだよな?それとも別の用事?浩二さんの意図がわかるまでは迂闊なこと口にできない。

 

「あぁ・・、はい。いつもと変わらないっす。でも、浩二さん、どうしてここに・・・?ま・さ・か、浩二さんも俺が容疑者だって思ってんじゃないっすよね?」


 翔平は、わざと茶化したように聞いた。でも本音は別だった。翔平の内心は決して穏やかではなかった。もしかしたら浩二さんにまで身に覚えのないことで自分とドラッグの事をいろいろと聞かれるかもしれない。浩二さんは険呑としているけど結構勘が鋭い。自分の不用意なひと言で今の状況が悪くなる可能性がある。翔平は慎重に浩二の出方を伺う事にした。

 

「まぁまぁ、とにかく部屋に入らせてよ。話はそれからでもいいだろ?」


 浩二はいつもと同じように飄々とした口調でそう言った。しかし笑った顔には不釣り合いな冷たい視線で翔平を見ながら有無も言わさず史輝と一緒に部屋の中に入ってきた。

 

 部屋の中にいた一平たちは、入ってきた史輝たちを緊張した表情で見上げた。


「なんだ、今日は賑やかだな。」


 浩二は軽い口調でそう言って部屋にいる3人に笑いかけた。だが翔平は見逃さなかった。浩二は、鋭く、しかも一瞬で部屋の中を見渡したのだ。まるで部屋の中から秘密を嗅ぎ取ろうとするかのように。


 やっぱり浩二さんには気を許しちゃだめな気がする。浩二さんは兄貴のように単純に俺のことを信用してはくれないと思う。落ち着いてよく浩二さんの様子を見て、慎重に話すことを選ばないと。


 翔平が体を固くして浩二を見ていることで、翔平が考えている事が一平たちにも伝わったようだった。一平たちは緊張した表情をして居ずまいを正して史輝と浩二に頭を下げた。史輝たちは軽く右手をあげて3人にこたえた。翔平は努めて平静に3人を史輝たちに紹介した。


「翔平、ちょっと話があるんだ。この3人には帰ってもらってもいいか?」


 翔平が3人を紹介するのを黙って聞いていた史輝が事務的な口調でそう言った。史輝のことばに翔平はぐっと拳に力を入れた。


 それはできない。今の俺にとって本当に味方と言えるのはこの3人だけだ。だからこの3人にはここにいてもらう。


「3人は帰らないよ。兄貴、3人とも俺が今どんな状況かわかってる。それに、海斗と優衣が兄貴にも知らせたい情報を持ってきたんだ。2人の話を聞けば、俺が濡れ衣を着せられたんだってきっとわかるよ。それよりも兄貴、鑑識の結果はもう出たのかよ?俺・・・聞かなくても結果わかるぜ。鑑識の結果・・・俺は、白だっただろ?あのアメは、ただのアメだったはずだ。」


 史輝たちは、少し眉を上げて驚きを表したがすぐに表情を戻した。そしてふたりだけで目配せをし、頷き合った。


「何でただのアメだって言えるんだ?」


 史輝が聞いた。浩二も目を細めて翔平が話すのを待っていた。ふたりが翔平のことばに敏感に反応したのが翔平たちにもわかった。


 やっぱり俺への容疑は完全に晴れたとは言えない様子だよな。ここから先・・・慎重に話さないと俺の無実は証明されない。優衣、頼む。うまく説明してくれよ。


 翔平が優衣を見ると、優衣はこくんと軽く頷いた。優衣の顔は少し青ざめていてスカートの上の手が小刻みに震えているのが翔平からも見て取れた。そんな優衣に寄り添うように海斗がすっと距離を縮めて、そっと背中に手をまわした。軽くあてられた手のぬくもりが優衣に勇気を与えた。


「それは、私から説明します。」


 優衣がふたりを見上げてきっぱりと言った。


「君が?」


 史輝が驚いたように聞き返した。


「まあ、史輝、面白そうじゃないか。まずはその子の話とやらを聞いてみよう。」


 浩二はドアの近くの床にどかっと座ると、史輝の手を引っ張って同じように座らせた。

史輝は渋々浩二に従った。


「え~っと、優衣ちゃん、だったよね?それじゃ話を聞かせてもらおうか。」


 浩二は優しい声で優衣にそう言った。でも顔は笑っていなかった。優衣は史輝と浩二に向かって正座し直した。それから兄貴たちをまっすぐ見ると、しっかりとした口調で話し始めた。


「わかりました。今日、私が見た事と翔平が貰った手紙のこと、全部話します。」


 史輝たちは優衣の話を腕組みをして聞いていた。ふたりともじっと優衣を見ていて、優衣のことば一つ一つを正確に記憶するかのように、時々頷きながら耳を傾けていた。


「なるほどな・・・。そういうことだったのか。押収したアメがただのアメだったはずだ。手紙がすり替えられていたんだから。」


 頭に手をあてて天井を仰ぎながら浩二が呟いた。浩二から漂う緊張と警戒が少しだけ緩んだような気がした。


「もう一度確認のために聞くけど、君たち剣道部女子が奈々美って子の手紙と沙南の手紙をすり替えて、沙南から翔平に渡させたってことだよね?」


 史輝が優衣に聞き返した。


「そう、そうです。」


 優衣は、大きく頷いた。優衣のことばに史輝は大きく吐息をはいた。史輝の警戒も少し解けたようだった。


「状況は理解した。事前に手紙がすり替えられていたとはな。翔平の立場は少しだけよくなったということか。翔平、彼女らに感謝しなきゃ。おまけに、恋のキューピットにもなってくれたらしいし。」


 深刻な場面に相応しくない史輝のからかいに翔平はうろたえた。


 あ、兄貴ってば、何言いだすんだよ?今は恋もなんも関係ないだろ。


 史輝のことばに翔平は首まで赤くなって俯いた。だが、『恋のキューピット』ということばを頭で反芻すると自然に顔がにやついてしまう。そんな自分に嫌悪した。


 俺ってひどい奴だよな。今の自分の立場を忘れて、しかも一平の気持ちも考えずににやついていて。


 翔平が急に黙り込んだのを見て、一平が明るい口調で史輝たちに聞いた。


「じゃぁ、もう翔平の疑いは晴れたんですよね?」


 一平の問いに、史輝たちは顔を見合わせると、ふたり一緒に首を横に振った。


「翔平の言うとおり、鑑識からは、押収したアメではドラッグの疑いなしって報告もらったから、今のところは証拠不十分ですぐに捕まる事はないと思う。だが、容疑がすべて晴れたわけではない。」

 浩二がそう答えた時だった。


 ~♪~♪♪~


 史輝のポケットの携帯が鳴った。


「わるい、ちょっと。」


 史輝は携帯を持ってすっと立つと、ろう下に出た。


 何の電話だろ?今頃かかってくるのって、おそらく俺のことだよな。何か新しいこと、わかったのかな?


 翔平はろう下の史輝が気になってしかたなかった。 


「翔平・・・」


 優衣が翔平に声をかけた時、


 ~♪♪♪~~♪♪~♪~ 


 今度は、優衣の携帯が鳴った。


「あ、えっと・・・」


 優衣は、慌てて鞄から携帯を取り出すと、急いでコールを止めた。


「す、すみませんでした。」


 優衣は浩二に向かって深々と頭を下げた。


「出なくてもよかったの?」


 浩二が聞いた。


「あっ、大丈夫です。友だちからだったんで、野暮用だったと思いま・・・」


 ~♪♪♪~~♪♪~♪~ 


 優衣が言い終わらないうちに、また携帯が鳴った。


「もうっ、郁美ったら、しつこい!」


 優衣が怒ってまたコールを止めようとすると、


「出て、直接断った方がいいんじゃない?」


と浩二が言った。


「えっ、えっと・・・」


 優衣が携帯を持って戸惑っていると、


「ほら、早く出てあげて。」


浩二が優衣に出るようにと促した。


「あ、は、はい・・・」


 浩二にそう言われて、優衣は仕方なく携帯に出た。


「もしもし、郁美、あのね、今はちょっと・・・・えっ、何だって?沙南がっ」


 沙南ってことばを聞いて、翔平はどきっとして優衣を見た。優衣も翔平を見た。その顔が引きつっていた。


 なに?沙南がどうしたんだって?


 翔平は胸がざわざわ不快に蠢くのを感じた。すぐにでも優衣から話を聞きたかったけど、優衣はまだ電話を切ってなかった。


「うん・・・うん・・・わかった。それじゃ、手紙は沙南が持ってるんだよね?うん・・・うん・・・・・・」


 手紙?


 優衣のことばに部屋の中にいた全員が一斉に優衣を見た。浩二も険しい表情で優衣を見ていた。


 部屋中の視線が優衣に注がれている中、史輝が戻ってきた。


 がちゃっ、ばんっ!


 勢いよく閉まるドアの音に今度は部屋中が史輝に視線を向けた。史輝は周りの視線をものともせず、慌てた様子で部屋に入ってくるなり優衣に話しかけた。


「優衣ちゃん、君らがすり替えた手紙、どこにあるっ?」


「えっ、ちょっ・・・」


 優衣は、携帯の通話口を手でふさいで史輝をもう一方の手で静止すると、郁美からの電話を早々に切り上げた。


「す、すみません。よく聞いてなくて。手紙が何ですって?」


 優衣の問いに史輝はじれったそうに早口で繰り返した。 


「手紙だよ。君らがすりかえた奈々美って言ったけ?その子から翔平への手紙。今、どこにある?」


「えっと・・・その手紙は、ですね。郁美・・・あ、郁美は同じ剣道部の友だちです。彼女が持っていたんですけど、ほんの少し前、沙南が郁美の家に来て持って行ったって、今、郁美から電話があって・・・」


 えっ、沙南が手紙を持って行った?何で今さら?


 翔平は自分の疑問を優衣にぶつけようと口を開きかけた。しかし、その声は史輝によって遮られた。


「それは、まずいよ!」


 史輝は切羽詰まったような声でそう言った。


「まずいって?史輝、さっきの電話、誰からだったんだ?」 


 浩二は史輝の様子がおかしいのに気がついてそう問いただした。


「鑑識の守屋から。ほら、さっき、アメの成分結果はしばらくはうちの課には伏せていてくれって頼んだだろ?成分に疑問がるだの、他に不審な点があるだのと、何らかの理由をつけてでもいいから少なくとも今日中は内密にって。それが・・・」


 史輝はそこではっと口を噤んだ。それ以上は話せないというように途端に黙り込んだ史輝に浩二は腰を上げた。


「ちょっと悪いけど、みんなはここで待っていてくれ。」


 浩二が史輝を促して、ふたりで部屋を出て行った。


 まずいって、どういうことだよ?一体、なにがまずいんだ?今すぐ兄貴たちの後を追っていって、何の話か聞いた方がいいんじゃないのか?


 翔平は、言いようのない不安に胸がざわめくのを抑えられなかった。そして史輝たちの後を追おうとドアを開けようとした時、優衣の手が翔平を止めた。


「何だよ優衣、離せよ。俺は・・・」


「翔平、今すぐ、沙南から手紙取ってきて!」


「はぁっ、なんで?」


 翔平は、優衣のことばに面食らった。


「ごめん、わけを説明してる時間はない。でも、さっき、お兄さんが“まずい”って言った事、私、何のことかわかっちゃった。もし、私の勘があたっていたら沙南が危ない。だから、早く沙南から手紙取ってきて。お願い!」


 優衣の眼は真剣だった。本当に沙南が危ないのだ。そう本能で感じた途端、翔平は行動を起こしていた。ベッドの下からさっき脱いだ靴を取り出すと出窓を開けた。


「俺、沙南をみつけて手紙を取って来る。事情はよくわかんないけど、そうした方がいいんだよな、優衣?」


 優衣が頷くのを見て自分も頷くと、翔平は開けた窓から靴を投げて、そして自分も窓から出ようとした。


「まって翔平、携帯持っているよね。何か情報が入ったら知らせるから。あっ、あと携帯、マナーモードにするの、忘れないでね。」


 翔平はズボンの後ろのポケットから携帯を取り出すと素早くマナーモードの設定をした。


「サンキュー、優衣、一平、海斗、兄貴たちには適当に言い訳していてくれ。あとはよろしくなっ。」


 翔平は、忍者にでもなれる素早さとしなやかさでパイプをつたって空き地に降りた。


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