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見えてきた真実1

「おい、だれも見てないよな?」


翔平は、排水溝のパイプにつかまりながら下にいる一平に囁き声で聞いた。


「大丈夫だよ。今は辺りに人影はない。とにかく早く部屋に入れ翔平。」


「あ、ああ・・」


 翔平は一平に頷くとゆっくりと音を立てずに自分の部屋の窓を開けた。窓は出た時と同じようにすっと開いた。部屋の中に人の気配はない。翔平はほっとして窓から部屋にすべりこんだ。それから向きを変えて窓から頭を出すと窓下の一平に合図を送った。一平もほっとした様子で笑い返した。


『玄関にまわるからな。』


 一平は身ぶりで翔平にそう伝えると、手を上げて空き地を横切って行った。


 ほどなくして玄関のチャイムが鳴っているのが聞こえてきた。母の美里がチャイムに応えて玄関を開ける音がした。もうすぐ一平が上がってくる。


 翔平は、家に戻る途中一平に今朝のことを話した。一平は驚いていたが翔平の言うことを信じてくれた。そして翔平が外にいるのがばれたらもっと嫌疑がかかるから一旦部屋に戻ろうと提案してくれたのだ。とにかく、沙南のことより、今はこの状況をどうにかするほうが先だと一平は言った。


 冷静に考えたら一平の言うとおりだ。


「翔平、入ってもいいか?」


 一平がドアをノックして入ってきた。それから後ろからついてきた美里に、


「おばさん、しばらくおじゃまします。」


と言って、ぺこりと頭を下げた。


 それまで機械仕掛けの人形のように動いていた美里は、一平の声にはっと我にかえった。瞳が焦点を取り戻して一平を見た。


「あっ、ど、どうぞ、どうぞ、あとでお茶とお菓子、もって来るわね。」


 美里はつっかえながらそう言うと階段を下りていった。


 美里のうつろな瞳と行動を目の当たりにして翔平は顔を歪めた。精神不安定な母の様子を見るのはつらかった。


 美里の話では、今朝のことを知った父が仕事を調整して明後日には家に帰って来るということだった。いつもはどんな難しい事でもさくさくとこなして笑顔を絶やさない母が、今回はあきらかにキャパシティーオーバーな様子で打ちひしがれているので、翔平は早く父に帰ってきてほしかった。


 母さん、ひとりでは耐えられなかったんだろうな。いつもならどんなに困ったことがあったって父さんに心配かけないようにって、結構ひとりでがんばってたのに。

 父さん・・・単身赴任中にこんなことになるなんて驚いたろうな。帰ってきたら父さん、俺に何て言うのだろう?父さん、俺の事、信じてくれるだろうか?


 翔平と一平は、美里が降りていくのを見届けつつ警官がろう下のはしの階段に腰掛けて用心深くこちらを見ているのを目の端で確かめた。警官もさすがに部屋の前で聞き耳を立てることはしないらしい。兄が刑事だから、まさか逃げたりしないだろうと思っているようだ。


 翔平は、自分の欲望に負けて抜け出してしまったことを心の中で警官に謝って、部屋のドアを閉めた。


「翔平、お前の話、正直にいうと・・・半分信じてなかったんだけど、ほんとだったんだな。」


 一平が少し興奮気味に言った。


「しぃっ、声が大きいって。」


 俺は、小声で一平をたしなめた。


「わりっ。で、いったいどうしてこんな事になってんだ?」


「それがわかれば苦労しないさ。俺にだって何がなんだかよくわかってないんだから。こんな身に覚えのないことで軟禁されるなんて、夢にも思わなかったよ。」


 翔平は、どすんとベットに腰掛けて一平を見た。一平は落ち着かない様子で歩き回っていたが、翔平がベッドに座るのを見て自分も机からいすを引き出して翔平の向かいに腰掛けた。


「とにかく情報不足なんだ。今、兄貴が署に行って状況を調べてくれている。だから、兄貴が戻るまでは、俺には何にもわかんないしどうしようもないんだ。」


「そうか・・・。じゃ、待つしかないんだよな、今は。しょうがない。一緒に待つよ。大丈夫だって。俺は翔平信じているから。お前がドラッグなんてありえないって!」


「ありがとう、一平。」


 翔平は一平のことばがうれしかった。自分の事を信じてくれる友だちが傍にいる。それだけで不思議と落ち着く事が出来た。





 

 ふたりが部屋に入ってしばらく経ってからドアをノックする音が聞こえた。


「兄貴かっ」


 翔平は史輝が情報をつかんで帰ってきたと思い急いでドアを開けた。だが、部屋の外にいたのは、母の美里と剣道部の海斗と優衣だった。


「よおっ」


 海斗が明るく手を上げて、優衣も一緒に手を振っていた。心なしか海斗の表情が硬いような気がした。優衣も笑ってはいるがどこかぎこちなかった。しかも優衣は海斗のシャツの裾を握っている。普段の優衣には考えられないことだったので、その様子がふたりの不自然さを際立たせていた。


「海斗・・・と、優衣・・・?」


 何でふたりが俺に?


 翔平は訝しがって口を開きかけたが、海斗の声にそれを止められた。


「山田先生から伝言があるんだ。入ってもいいか?」


 美里の後ろから顔を覗かせると海斗はそう言った。


 山田先生は、用事がある時はいつも直接自分に電話してくる。それなのに何故今日に限って伝言なんだろうか?それもテニス部とは関係のない剣道部のふたりに頼むなんて不自然極まりない。


 翔平は海斗のことばに納得できなかったが、ここで押し問答しても見張りの警官に怪しまれるだけだと思った。ふたりを中に入れて話を聞く方がいい。


「あ、あぁ・・・いいよ。」


 翔平はふたりのためにドアを大きく開いた。海斗も優衣もホッとした顔をして部屋に入ってきた。

 

「よぉ。」


 一平がふたりに手を上げた。


「一平っ。何でここにっ?」


 優衣が裏返ったような声で聞いた。


「何でって、翔平の様子を見に。」


 優衣は、自分がどうして翔平の部屋にいるのかを忘れて、キッと一平を一睨みしたかと思うと一平に歩み寄ってぐいっと胸ぐらを攫んだ。


「あんたのおかげで、沙南と羽瑠がややこしいことになってねぇ!」


 優衣の剣幕に慌てて海斗が止めに入った。


「ま、まぁまぁ、優衣。落ち着いて。落ち着いて。なっ」


 海斗は優衣を一平から引きはがすとふたりの間に入って優衣をたしなめた。


 “沙南”と聞いて、一平の顔に一瞬苦しそうな表情がよぎった。


 重苦しい沈黙が部屋を覆った。


 翔平はくしゃっと髪をかきあげると苦い表情で優衣を睨んだ。


 一平の傷に塩をぬるようなこと言うなよ優衣。そんなこと言うために来たのかよ?

正直、今は沙南の事で揉めるのはごめんだ。もし、ふたりがそのために来たのならさっさと帰ってもらおう。


 翔平がそう考えて口を開きかけた時、場の雰囲気がぎこちなくなるのを察した海斗が、わざと明るい声で話を切り出した。


「優衣、今日来たのはそんなことでじゃないだろ?翔平に大事な話があるって言っていたじゃないか。」


 海斗に促されて優衣ははっと息をのんだ。


「あっ、そうだった・・・」


 優衣は、すうっと深呼吸をして体に纏った怒気をきれいにかき消すと、さっき盗み聞きしたことを話し始めた。







 優衣が話し終わると、しばらくは誰も口を開かなかった。重苦しい沈黙だけが流れていた。


 翔平の中で足りないパズルのピースが徐々にうまっていく。まだ全然ぼやけてはいるが自分が巻き込まれた事件が少しずつ見えてきた。


「明日になれば、俺もテニス部も終わりって奈々美たちは言ったんだな?それから、兄貴が警察を追放されるとも。」


 沈黙を破って翔平が口を開いた。


「そう。確かにそう言った。私、ふたりの話を聞いていて、あまりにも現実離れしていて普通じゃありえない話だったから、最初、頭が混乱していたんだけど、落ち着いてくると翔平が何かやばいことに巻き込まれているのかなって不安になって。それで、海斗に相談して、とにかく翔平の家に行ってみようってことになって・・・来た。」


 優衣の目は真剣だった。その目が、話した事が嘘でも作り話でもないことを物語っていた。


 そういうことだったのかと翔平は思った。今朝の事は・・・自分が誰かに嵌められたために起こった事だったのだ。翔平はぎりっと歯ぎしりをした。言いようのない憤りに胸が焼かれそうだった。


「なるほどな。これで翔平が濡れ衣着せられそうなんだって事がはっきりわかった。」


 一平が言った。


「「濡れ衣・・・?」」


 優衣と海斗が同時に聞いた。


「そう。優衣の不安は大当たりだ。翔平は、“スイートドロップ”ってドラッグの売買に関わっているって警察に疑われているんだ。本人にはまったく身に覚えがないのに。」


「「ドラッグ!?」」


 ふたりが同時に翔平を見た。翔平が頷くと、ふたりはへたへたと力が抜けたようにカーペットに座り込んだ。


「濡れ衣・・・なんだよね?」


 優衣が恐る恐る聞いてきた。


「「あたり前だろっ!」」


 翔平と一平が同時に叫んだ。


 やばっ!声大きすぎっ。外の警官に怪しまれるっ。


 翔平と一平は同時に口を押さえた。


「ひでぇ話だろ?ふつう、部活に命かけている高校生がそんなヤバイことに関わるわけないだろ。しかも俺ら県大会の優勝候補で、何か問題起こしたら大会に出場すらできなくなるのに、そんな物に手なんか出さないっつうの!」


 一平が声のトーンを落として言った。一平の話にふたりは、うん、うんと、頷きながら聞いていた。


 一平の言うとおりだ。三年生にとって今度の大会は、高校最後の大事な大会だ。しかも全国出場がかかっている。そんな時に、誰が警察沙汰になる事に関わるっていうんだ。俺はキャプテンだぞ。部員全員に対して誰よりも責任が大きいんだ。そんなヤバイこと、死んでもしない!


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