頼れる味方?
主人公たちがお互いを思って悶々としている頃、事件に巻き込まれたであろう翔平を思って(ほんとは沙南のためを思って)心細い思いをしながらも健気にがんばる優衣が頼りにしたのは・・・
優衣は考えあぐねていた。このまま自分が何もしなければ確実に翔平とテニス部は大事になる。おそらく高校最後の大会は辞退という事になるだろう。
奈々美とサングラスの男はすでに翔平に罠を仕掛けたようだった。
もし翔平が罠に嵌っていたとしたら、翔平が捕まるのは時間の問題だという事だ。
そんなことになったら大変だ。学校中大騒ぎだよ。どうしよう・・・私ひとりじゃなんにもできないよ・・・
はぁ、困ったなぁ~。早くなんとかしないといけないのに、どうしていいか、わかんないし。だれに話したらいいのか検討もつかないし。
優衣は自分がどうすればいいのかその答えが見つけ出せずにいた。考えれば考えるほど心が空虚になる。人間ってアイディアが何にも浮かばないと、いっそすがすがしいほど頭が真っ白になって心から感情が溢れるのを止めようとするんだと優衣は思った。今の自分がまさにそうだからだ。
だからといって優衣が何も感じなくなったわけではない。何かをしなければいけないのにそのするべきことを見つけられない焦燥感が優衣を責めていた。
だれか・・・助けて・・・
「優衣!」
優衣がとぼとぼと坂道を下っていると強い口調で誰かに呼ばれた。優衣が声の方向を見ると、剣道部男子キャプテンの海斗が立っていた。
「海斗・・・?」
海斗は顔を曇らせながら優衣に近づいてきた。優衣は、海斗がそんな表情をするのをほとんど見たことがなかった。普段は温厚でおっとりしている海斗が眉間にしわを寄せて怒っているようなので優衣は驚いた。
「優衣!今日の女子、いったいどうしたんだよ?3年が5人ともいないなんて、後輩にしめしつかないだろ?」
やっぱり怒っている。
めずらしいこともあるもんだと優衣は思った。
いつもは羽瑠や優衣がきっつ~く後輩叱ったり、部員にばしっとカツを入れたりするのを『まぁまぁ、穏便にすませようよ』って宥めるほうなのに。
いつもと違う海斗の様子を興味深く観察しているうちに優衣の中の漠然とした不安と焦りが少し薄らいだ。
優衣には男子キャプテンとして女子の行動を注意している海斗は、いつもと違って頼もしく見えた。きっとここに羽瑠がいたら、『恋の力は偉大だ』なんて茶化すんだろうけど、今はいない。羽瑠という、優衣の妄想ストッパーがない状態で優衣の中の海斗のスケールが大きくなっていたのは、この時の優衣には幸いなことだった。
あのこと・・・今の海斗になら話せそう・・・
他に言える相手いないし、藁をもすがるの藁くらいには見えるよ、今の海斗は。うん、やっぱり海斗に話してみよう。私も限界。これ以上不安な気持ちをひとりで抱えていらんない。
優衣は、いつもの気丈な女剣士からか弱い乙女に感情をスイッチした。眉間のしわを瞬時に直して眉をハの字にさげて、大きな目に潤むくらいの涙をためて愛らしい唇を震わせて、それはもう、キューサインを受けた女優のような変わり身だった。
「海斗~、助けてよ。」
羽瑠に次いで気が強く、剣道部一の才女ではっきりものを言い、理屈を言わせれば顧問の浦崎先生も太刀打ちできない優衣の潤んだ目は海斗には強烈だった。さっきまでいつもは言えない分まで優衣に小言を言う気満々だった海斗は、自分が何を言いたいのかをすっかり忘れていた。
優衣が甘えて俺を頼ってくるなんて、今までになかった。いつもは、あまりの気の強さに圧倒されて近寄りがたいっつうか、近寄ったら、身の危険を感じるっつうか、そんな感じなのに、今日の優衣は乙女に見える。優衣がかわいくみえるなんて俺、目がどうにかなったかもしんない。
海斗は、奇跡的に手に入れられそうだった優衣との会話の主導権をそうとは気づかないうちにすっかり手放していた。
優衣は、奈々美とサングラスの男のことを海斗に話した。初めは真剣な顔で聞いていた海斗は、あまりにも突拍子もない話の内容に途中からあんぐりと口を開けていた。
とても信じられる話ではない。
「なっ、なんだよ、それ?どっ○りじゃないよな?ま~た俺をかついで、からかおうってんの?うそくさ~。」
「んなわけないでしょ!なに?海斗は、私が冗談でも言っているって思ってんの?どっ○りなら、どんっなにいいか!海斗は私があ~んな危ない思いしてても、助けにも来てくれないんだからっ!この薄情ものっ!!」
優衣が切れた。さっきまで大きな目を潤ませていたはずの涙も今は影も形もない。
やっぱり、さっき優衣をかわいいって思ったのは自分の勘違いだったかもしれないと海斗は思った。しかも、優衣は言っていることが支離滅裂だった。
今まで優衣がどこに行っていたのかもわかんないのに、どうやって助けるんだよっ。
自分が何言ってんのかわかってんのかね、こいつ?まぁ、少々切れ気味のほうがいつもの優衣らしくていいけど。
ふうっ
海斗は大きく息を吐いた。
今までの経験から優衣には逆らわない方がいいってことは身をもって知っていた。ここは優衣の話に合わせておいたほうが身のためだ。
「ご、ごめんっ。俺が悪かった。優衣が危ない目にあっていたのに助けにも行けなくて。優衣に不安な思いさせて、ほんと、ごめん。まぁ、そのことはちょっとおいといて、とっ、とにかくさ、俺、優衣の話信じるから。ちゃんと、信じるから。一緒に翔平ん家に行ってみよう。そしたら、どっ○りかどうかもわかるし。」
優衣は、呆れ顔で海斗を見た。
どっ○りからちょっとは離れなれないの、この男は?今度私が助けて欲しい時にこなかったら許さないんだからっ!でも、海斗の言うことにも一理ある。そうだよね、翔平ん家に行ったら、少なくとも今よりは状況がわかるかもしれない。
「海斗、もちろんいっしょに行ってくれるよね?」
優衣のねだるような甘い声にどぎまぎしながら、
「あ、あたりまえだろ?」
と、海斗はこたえた。
切れたり、甘えたり、ほんと優衣といると心がやすまることないよな。慌しくって、俺のペース乱されっぱなしで。
だけど、今みたいに優衣に頼られるのも悪くない。
ふたりは並んで翔平の家に向かった。そろそろ夕暮れに近い。西の空がオレンジ色に染まりだしていて長くのびた2人の影をくっきりと映し出していた。並んだ二つの影が、いつもより近い気がした。
優衣は、ほうっとため息をついた。
今日は色んな事があり過ぎて一気に10年分くらい時間が過ぎた気がする。
だけど・・・こうして海斗とふたりで歩けるのはうれしいかな?海斗ってば、2年の時よりずいぶん背が伸びたよね。2年の時は私のほうが5センチも高かったのに、今は、5センチ私のほうが負けてる。それに肩幅もがっしりして、ちょっとだけかっこよくなったと思う。キャプテンになって少ししっかりしてきたし。うん、今の海斗なら、私のストライクゾーンに入ってきている。
翔平の家に着くと、さっきふたりで話していたことが本当のことなんだと思い知らされた。翔平の家の周りには、どう見ても私服の警官?と思われる人影が複数あった。
不意に海斗が優衣の手を握った。優衣が驚いて海斗を見上げると、海斗は真剣な顔で優衣を見ていた。
「心配すんな。優衣は、お、俺が守るから!」
ちょっと場違いな気もしたが、海斗の思いがけないことばに優衣は真っ赤になった。
海斗が、私を守るって!
いったい何から自分を守るつもりなのか知らなかったが、優衣はうれしかった。
「ぅん・・・」
優衣は海斗の手をぎゅっと握り返した。
海斗は、優衣を見てコクンと頷くと、一回大きく深呼吸をしてから翔平の家のチャイムを押した。
『どなた?』
インターホンの向こうから翔平のお母さんらしい人の声が聞こえた。
「ご、ごめんください。ぼっ、僕ら、翔平君と同級の者です。今日の部活激励会のことで、テニス部の顧問の先生から翔平君に言づかってきた事があります。翔平君、いますか?」
海斗は、さっき優衣と示し合わせてきたセリフを一気に言った。心臓が口から飛び出してきそうだ。あ、怪しまれなかったかな?
『ちょっと待ってね?』
インターホンの向こうの声が普通だったので海斗はほっとした。どうやら怪しまれた様子はない。
少し時間をおいて玄関のドアが開いた。
「わざわざ、ごめんなさいね。どうぞ、あがって。」
少しおどおどした感じの40歳くらいの女の人が顔を覗かせた。たぶん翔平のお母さんだろう。お母さんに促されてふたりは家の中に入った。
「どうそ、翔平は、二階なの。」
案内されるまま二階に上がった。
うわっ、さっきも思ったけどこうして間近で見ると、優衣が言っていた事はやっぱりほんとの事なんだって思えるよ。制服の警官がろうかにいすを置いて座っている・・・
海斗はこくりと唾を飲み込むと気を引き締めた。ふっと優衣を見ると、優衣も強張った顔をしている。
「ごめんなさいね、今ちょっと事情があって・・・」
翔平の母さんが言いにくそうに小声で言った。それから廊下の警官に一礼すると、“翔平”と書かれたネームプレートのドアをノックした。
「はい」
中から翔平の声が聞こてすぐにドアが開いて翔平が顔を覗かせた。
「翔平、お客さんよ。顧問の先生から言づてがあるって、お友だちが来てるの。」
「よおっ!」
海斗は、思いっきり作り笑いをして手をふった。
「海斗・・・と、優衣・・・?」
意外なふたりに翔平は驚いていた。それもそのはずである。普段は、海斗も優衣もそれほど翔平とは接点ない。
「山田先生から伝言があるんだ。入ってもいいか?」
海斗の硬い声に翔平は訝しがった。今翔平に疑われて妙な具合になると困る。海斗は焦ってパニックになりそうだった。そんな海斗の気持ちがわかっているかのように、優衣が海斗のシャツをぎゅっと掴んだ。優衣の無言の励ましに海斗はかろうじて平静さを取り戻した。心の動揺を隠して自然に笑った。
「翔平、いいか?」
「あ、あぁ・・・いいよ」
翔平がドアを開けて部屋に入れてくれた。部屋に入って改めて翔平を見ると、翔平はげっそりして見えた。ふたりは、憔悴した翔平の顔を見て驚いた。
やっぱり、どっ○りなんかじゃない。翔平に起こっていることは、まぎれもない事実なんだということがふたりにははっきりとわかった。
翔平、きっと、助けるから!
ふたりは心に誓った。