正々堂々と
はあっ
俺は何してんだろ・・・?
さっき、沙南と一平が抱き合ってるのを見たショックで思わずあの場所から離れてしまった・・・
お互いの気持ちを確かめ合って、沙南を抱きしめてるのは俺のはずだったのに。それが俺の妄想に過ぎないって確認しに行ったようなもんだ。あんなに苦労して、警察の目もごまかして抜け出したのに。
はあっ。
またため息が漏れる。
やっと、自分の気持ちに気づいたのに、告る前に失恋だなんて、俺、かっこ悪いな。これから俺は、ふたりが一緒にいる所をどんな顔して見りゃいいんだ?しばらくは、ふたりのこと見れないよ。一平に「良かったな」って、言えない。
翔平は、むしゃくしゃした気持ちを吹き飛ばすように足元の石を思いっきり蹴りあげると、ポケットに手をつっこんで歩き出した。
手にカサッと触れるものがあった。それをポケットから取り出してみた。
沙南からの手紙・・・。
これ読んだの、ついさっきだよな・・・これで、沙南の気持ち知って、俺も自分の気持ちに気づいて・・・
無意識のうちに手紙をひろげた翔平の目に飛び込んできたころころしたかわいい文字。
伝えたい
あなたが好きです
そうだ。
俺は、沙南が好きだ。
この気持ち、簡単にはあきらめられない。
たとえ今は俺の片思いだとしても、沙南を他のヤツにはとられたくない。やっと自分の気持ちに気づいたんだ。俺の初めての恋なんだ。簡単にあきらめられかっ!かならず、ふり向かせて見せる。
それなのに、なに逃げ出してんだよ?俺は、正々堂々と自分の気持ちを沙南に伝えたいんだろ。
手紙をたたんで再びポケットにしまうと、翔平はもう一度来た道を引き返した。
沙南に俺の気持ちをちゃんと伝えなきゃ、何のために危険をおかして部屋から抜け出してきたんだかわからないじゃないか。
翔平は、グラウンドの網が見える所まで来た時、向こうから歩いてくる一平に会った。
駆け足だった翔平の足は、急ブレーキがかかったみたいに遅くなった。
今はまだ一平には会いたくなかった。
翔平の脳裏にさっきのふたりのシーンが鮮やかに蘇る。翔平の心の中に一平への嫉妬がどす黒く湧き上がってきた。沙南をとられたショックが大きすぎる。
だけど、と翔平は思った。
逃げちゃいけない。
俺は、一平の気持ちを知っていながら、それでも沙南に告るんだから。一平に俺も沙南が好きだってことをきちんと話すべきなんだ。
それが筋だろ。
翔平は覚悟を決めた。ぐっと両手をにぎって気合をこめて一平に近づいていった。
少し俯き加減で歩いていた一平が、前から来る人影に気づいて顔を上げた。
「翔平・・・。」
声に力がない。いったいどうしたのだろうと翔平は訝った。
今一平は最高にハッピーな気分のはずだ。それなのに元気がないなんてことあるわけがない。
一平の様子は気になったが、今の翔平にはそれを気遣うゆとりはなかった。とにかく一平に対して筋を通す。それしか考えられなかった。
「一平、今日の激励会はお前に任せっぱなしにして悪かった。ちょっと事情があって行けなかったんだ。そのことは後できちんと説明する。だけど、その前にどうしてもお前に言っておきたい事があるんだ。」
「何・・・?何の話?」
一平は力のない声でそう聞き返したが、声とは裏腹に翔平から目をそらさなかった。
翔平はごくっとつばを飲み込んだ。そして一平の目を見ながら、ひと言ひと言自分の気持ちを確かめるように沙南への気持ちを打ち明けた。
「一平、俺、俺も沙南が好きだ。幼なじみだからとか、女子で気軽に話せるヤツだからとか、そんなんじゃなくて・・・」
そこで間を開けると、翔平は深呼吸をした。
そして、
「俺は、沙南が好きだ。」
と、一平に告げた。
一平は何か言いたげにしていたが、翔平は、今自分の話を中断すると気持ちが萎えてしまいそうだったので、一平のことばを遮るように一気に告白した。
「俺、女のこととか、正直、面倒っていうか、あまり興味なかったっていうか、意識したことないっていうか・・・あんまり関わりたくないって思っていた。だから沙南のことも、愛だの恋だのの対象としては見ていなかった。ガキの頃からずっと一緒だったから、いつもそばにいるのが当たり前で、それは、昔も今も、これからも変わらない家族みたいなものだって思っていた。だけど違ったんだ。一平が沙南を好きで、沙南に告るっていうのを聞いた時、俺は、心がモヤモヤして嫌な感じがした。でも、あの時はまだ自分の気持ちに気づいてなくて、そのモヤモヤがなんなのかわからなかった。」
一平は、開けかけた口を閉じてきゅっと結ぶと、じっと翔平の話を聞いていた。
「それが今日、一平が沙南に告って、ふたりが両想いでつき合い出すって思ったら・・・そんなこと絶対認められないって思った。それに沙南から手紙をもらって・・・」
「香村から・・・?」
「ああ、沙南が俺を好きって書いた手紙をもらったんだ。」
翔平はポケットに手を入れて手紙をにぎりしめていた。この手紙が今の翔平を後押ししていた。
「そう・・・か・・・。香村はお前に手紙を・・・あげてたんだ・・・」
一平が翔平から目を逸らして呟いた。この時、一平の拳がぶるぶる震えているのを翔平は知らなかった。一平は自分の感情を拳に封じ込めるようにきつく握りしめていた。
翔平はそんな一平の様子に気づかず、一呼吸おいて話を続けた。
「一平、お前の気持ちを知った後だけど、俺、お前に沙南を渡せない。いや、お前だけじゃない。だれにも渡さない。今はお前のほうに利があるんだろうけど、必ず、俺のもとに沙南を取り戻す。そのこと、お前にはちゃんと言っておこうと思った。」
一平が逸らして視線をもとに戻して翔平を睨みつけた。
「渡せないだの、取り戻すだのって、なに勝手なこと言ってんだよ。肝心なのは、香村の気持ちだろ。俺とつき合うのか、それともお前とつき合うのかを決めるのはお前じゃない。香村だ。」
一平がぐっと翔平の胸元を掴んで叫んだ。一平の握った拳が今にも繰り出されそうだったので、翔平は身構えた。ふたりで睨み合ったままそのまましばらく沈黙が続いた。どちらも動かない。何も言わない。ただ睨み合って立っていた。
先に沈黙を破ったのは、一平だった。
一平は、掴んでいた翔平の服を放すと、ふぅっと一息はいた。それから翔平を睨みつけたまま話しはじめた。
「翔平、俺はさっき香村に告って、そして・・・ふられた。香村はさ、俺の気持ちには応えられないって言ったんだ。」
「まさか、一平・・・うそだろ?だって、お前らさき抱き合っていたろ?」
翔平は、一平の意外な告白に不意打ちをくらって力が抜けそうだった。
「あれは・・・俺が好きだって言ったら、香村が急に泣き出して。それがあんまりかわいくて愛おしくて無性に抱きしめたくなって、そうしたんだ。俺が抱きしめても香村が抵抗しなかったから、てっきり香村も俺のことを好きなんだって思った。」
「俺にも・・・そう見えたけど?」
「だろ?誰だってそう思うよな。でも違ったんだ。・・・・・・・泣いた後、香村ははっきりと俺の想いには応えられないって言ったんだ。そして、部室から飛び出した。」
はあっ、とため息一つついて一平は続けた。
「も、何だっていいや。俺がふられた事には変わりないし。」
「一平・・・」
一平がふられた事を知って、翔平はそれ以上何も言えなかった。正々堂々と宣戦布告をして沙南を奪うつもりだった翔平は肩透かしを食らったような気分だった。
「なんだよ、気持ち悪いな。なん声出してんだよ。俺は・・・大丈夫だよ。そりゃ、今は、正直へこんでる。これ以上ないってくらい。香村のこと、本当に好きだから立ち直るまでしばらくかかると思う。でも・・・うん、自分のことだからな。自分で自分の気持ちにケリをつける。」
時々ことばに詰まりながら話す一平の話を翔平は黙って聞いている事しかできなかった。同じ子を好きになって、本当はライバルなんだから一平が振られたことは、翔平にとってはうれしいことのはずだったが、翔平はとても喜ぶことはできなかった。
そんな翔平の気持を見透かすように、一平が、今の一平にできる精一杯の笑顔で檄を飛ばした。
「それより、次はお前の番だからな。俺にあれだけはっきり宣戦布告したんだ。翔平、お前の気持ち、ちゃんと香村に伝えろよ。でも、俺はお前の応援はできない。お前が香村から手紙をもらったと聞いて、俺の心は嫉妬でぐちゃぐちゃだ。本当はお前を殴りたいって思っているんだけど、親友のよしみでそれはやめといてやる。まあ、がんばれや。」
一平は、ぱんっと俺の肩をこづいた。
「うん、わかってる。一平・・・ありがとう・・・。」
翔平は、そう言うのが精一杯だった。
翔平に沙南が好きだって言った時、耳まで真っ赤になっていた一平の気持ちを考えると、苦いものがこみ上げてくる。でも、沙南を譲る気はない。
沙南へ自分の気持ちを伝えることにもう迷いはなかった。