頼もしい?仲間
「しょ、翔平、ハァ、今日、部活っ、お、終わったら、ちょっと、ハァ、顔かして。」
沙南は、ラケットを持って部活に行こうとしている翔平に声をかけた。翔平が部活に行く前につなぎをつけておかないとって思って、授業が終わると猛ダッシュで翔平のクラスまで走った。
翔平のクラスは3階の左端。私のクラスは、二階の右端。おんなじ3年なのにこのクラス配置はなに~!!って心の中でボヤキながら私は走った。
「なんだよ、サナギ。そんなに汗だくで。」
息も絶え絶えで、ゼぇゼぇ言いながらしゃべっている私に翔平は、笑いながらそう言った。
スポーツマンらしく短く漆黒のつややかな髪が木漏れ日をはじく。180㎝を超す長身に、すらっと伸びた足。アイドル顔負けの甘いマスクなのに、日に焼けた顔はすごく精悍で、翔平のさわやかな笑顔が自分に向けられると腰砕けになりそうだった。
あぁ、やっぱり、かっこいいんだよな。コイツってば。
このままうっとりと見とれてしまいそうな自分に激を飛ばして、沙南は気持ちを立て直した。
「ゴメン。話があるんだ。部活終わったら、ちょっといい?」
「サナギが話って、なんか、裏がありそう。こわいな。」
「うっ!違うし。何にも裏なんかないよ。」
私が言い返すと、翔平は笑って、
「冗談だよ。ちょうどよかった。俺もお前に話したいことあるから。じゃあ、お互い部
活終わったら裏門のところで待ってるってことで、いいか?」
と確認してきた。
「ぅん。わかった。裏門のとこでね。じゃ、またあとで。」
「ん、あとでな。」
翔平は、ラケットを私に振り上げながら、部活へと向かった。
翔平にとっても、最後の大会なんだよね。まぁ、翔平と私では、目指すレベルが違うけど。
翔平のテニス部は、県大会で優勝を目指してる。それどころか、全国大会でもベスト8に入る強豪チームだから、今年は、ぜったいベスト4に入るって気合が入ってる。
ひそかに私も応援してる。今、私は翔平にミサンガ編んでる。大会前に絶対渡そうと心に決めていた。
去っていく翔平の後姿を見送ってから、私も部活へ直行。
私は、剣道部に所属している。
たとえ翔平とはレベルが違っても、やっぱり大会ではいい成績を残したいと思う。高校最後の大会を前に稽古はきつくなるばかりだが、弱音なんか吐いてはいられない。
道場へ向かう坂道を下りながら運動場に目を向けた。
グラウンドを整備する野球部の掛け声。柔軟をしているサッカー部。暑い日差しの中、黙々とジョギングしている陸上部。
みんな大会に向けて最後の追い込みしてるんだ。ウチも頑張んないと。
「浦先、今日も気合入っているよ。マジで恐いって。」
更衣室で胴着に着替えながら亜由美が話しかけてきた。
浦先とは、剣道部顧問の浦崎先生。今年こそ県大会でアベック優勝するんだって張り切っている熱血漢の28才体育教師。
「マジで?」
優衣が心配そうに聞き返した。
「マジ、マジ!!今日、ホームルームが終わったら浦先に呼ばれてさ、柔軟終わったら
素振りと切り返し、いつもの2倍やっとけって言うんだよ!」
「うざっ!なに、それ、大会出る前にみんな動けなくなるって!」
羽瑠が、キレ気味に叫んだ。
「シー!!!外に聞こえるって!羽瑠は、声がでかいんだから。」
羽瑠の口をふさいで、郁美が声をひそめて言った。
私と羽瑠、そして、亜由美、優衣、郁美の五人は、高1年の時から頑張ってきた剣道部仲間。
有名校でもないのに1つの学年に女子部員が5人いるのってなかなかありえない。
しかも亜由美と郁美は中2から剣道を始めた。
小学校から剣道している他の3人の足を引っ張らないようにって部活のほかに警察の道場に通ってまで稽古している努力家だ。
ふたりを気遣う私たちに、「5人は、運命共同体だから。」なんて郁美が笑って言って、亜由美もウンウンって頷いていたけど、そうやって健気に頑張るふたりを愛おしく思う(イヤ、断じてその気はありません。誓って。)のは、私だけではないはず。
だから、5人とも仲がいい。
「沙南、キャプテンとして浦先に抗議してよ。」
口をとがらせながら優衣が言うと、
「そうそう、キャプテン。お願い!」
と亜由美がちゃかしながら同意した。
「冗談!ンなこと言えるワケないでしょ。だいたいキャプテン、キャプテンってこんな時だけ持ち上げるんだから。」
私があわてて両手を振ってムリなのをアピールすると、羽瑠がため息ついて言った。
「沙南にそんな度胸あったら、今頃、私らとっくにゆる~い稽古してるって!」
うっ・・・あってるだけに・・・
「うんうん、それは言えてる。」
郁美もオーバーに頷いた。
チェッ、みんな言いたいこと言って!
代わりにキャプテンやってみなって。
あの青春熱血!!が理想の浦先と渡り合うのだって大変なんだから。男子キャプテンの海斗はアテにならないし!
「お~い女子!早く集合しろって。浦先来る前に準備運動終わらなかったら大変なんだぞ。」
男子キャプテンの海斗が、更衣室の前で声を張り上げている。
はぁ~い!と5人そろって気合の入んない返事をして、更衣室のドアを開けた。
今日も1日キツ~イ稽古が終わって、身も心もアイロンかける前のシャツみたいにくたびれモード。
でも、これからまだしんどいことが残ってるんだよな。ああ、気乗りしない。でも、あの手紙渡さなきゃ。
いつもよりもノロノロと着替えていたので、私は、羽瑠たちが何やらヒソヒソ話しているのに気がつかなかった。
4人は、お互いに目くばせをすると、更衣室からさっさと出て行った。
更衣室の外から郁美の声がする。
「沙南、浦先が、着替え終わったらキャプテン二人で職員室まで来いって。海斗は先に行っているってさ。」
「え~!!マジで?人が急いでいる時に限って呼び出しなんて。」
浦先は気が短いから、少しでも待たせたら大変!!
私は、ゼンマイでねじを巻いたみたいに着替えるスピードをアップさせた。
着替え終わってあわてて更衣室を飛び出すと、これまでの沙南にはあり得ないくらいの超高速で道場の戸締りを済ませると、職員室に猛ダッシュで向かった。
今日は、よくよく全力疾走する日なんだろうなと、苦笑いしながら思った。
「沙南、悪いケド、アタシら先に帰るよ?」
亜由美の声に猛ダッシュしながら手を振って了解を示した。
今日は、一人のほうがいい。
さすが、みんな、よくわかってる。
私は、あの時、本当にそう思ってた。
でも、結果から見れば、本当に心が通じていたんじゃないかって思う。
そう、4人に助けられたんだよね。私も翔平も。