待っていたのは
激励化の会場のどこにも、翔平の姿はなかった。セレモニーはとっくに終わっていて、体育館の片づけ担当の部を残して、他の部のメンバーは体育館そばのバーベキュー会場に来ていた。これからは、各部内での親睦会となる。
沙南は、セレモニーの間も移動中もずっとテニス部を気にしていた。テニス部は、副キャプテンの一平を中心に行動していた。そこに翔平の姿は見えない。
「ほんとに、どうしちゃったんだろう?翔平らしくない・・・」
翔平は、女の子のことになると、突き放すような冷たい態度を取る。傍から見ていて本当にあきれるくらい無関心で無頓着になるが、部活のことや学校のことになると責任感が強くて、今日みたいに大切な激励会を欠席したりすることはなかった。
いつもの翔平なら、熱があったって来ているはずなのに。
あっ
もしかして、本当に起き上がれないくらい発熱しているとか?
沙南は、急に不安になって、テニス部の一平を探した。
一平なら、翔平のこと知ってるよね?親友だし。確か・・・テニス部は、体育館入り口の階段近くにいたはず。
沙南は、テニス部が集まっているところに目をやった。しかし、いくら探しても一平の姿は見えなかった。テニス部、キャプテンも副キャプテンもいないなんて、いったい、どうしちゃったの?
沙南は、自分の不安が現実のように思えた。
翔平の家に行ってみよう。
沙南が中庭を抜け出そうとすると、いきなり腕をつかまれた。
「沙南、そろそろだよね。もう行くの?」
羽瑠が耳元でひそっとつぶやいた。
「へっ?」
翔平が熱を出して寝ているかもしれないという不安が頭を占めていたので、沙南は、羽瑠が言っている事の意味がわからなかった。
「そ・ろ・そ・ろ・テニス部の部室、行ってみたら?こっちは、4人でフォローしとくから!」
羽瑠が、私の耳をつかんで言った。
「あぁ、う、うん。そだね。」
そうだった。私、翔平と待ち合わせしていたんだった。翔平の家に行くの、待ち合わせの場所に行ってからでいいか。激励会には来ていなかったけど、待ち合わせには来ているかもしれない。
沙南は、ジャージのポケットから携帯を取り出して着信履歴を確かめた。
うん。電話もメールも翔平からの着歴はない。もし、待ち合わせに来れない事情があったら、翔平のことだもの、電話かメールで連絡くれるよね。
行ってみたら、「よぉっ」って、私に笑いかける翔平がいるかもしれない・・・。
沙南は、後のことを羽瑠たちに任せてそっとバーベキュー会場を離れた。
バーベキュー会場は、熱気むんむんだったのに、少し離れると、グラウンドからの風が心地いい。ふっと眩しげに空を見上げると、梅雨の晴れ間ですっきりした青空だった。体育館の側のテントでは、1、2年生たちがせっせと網の上の肉やらコーンやらを焼いていた。
去年までは、私もやっていたなぁ~。がんばれ、みんな!!時々は、つまみ食いしないと、食いっぱぐれるぞ!
沙南は心の中で下級生たちにエールをおくると、グラウンドの隅にある部室長屋に向かった。
テニス部の部室は、2棟並んだ部室長屋の奥の一番端にあって、グラウンドの飛球防止用の網の近くで、道路に面している。網は、下のほうが破れて?いや、誰かが破って!いて、道路から直接部室長屋のほうに入れるようになっている。
時々、朝練に遅刻しそうな各部の部員たちが、校門まで行かずにこの破れ目から部室になだれ込んでくる。一番多くなだれ込んでくるのは、網から部室が近く、朝練の回数が他の部よりも多いテニス部だった。
沙南は、テニス部の部室前まで来ると、大きく深呼吸した。ドアの取っ手を回す手がかすかに震えてる。心臓はもう、口の辺りまでせり上がっているようだった。
どっきん、どっきん。
心臓の音が耳のすぐ側でうるさいくらいに大きく聞こえる。
「開けなきゃ、前にすすめない!」
沙南は、呪文のように呟くと、思い切ってドアを開けた。
「よぉっ」