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心強い味方

 翔平は、軟禁されていた。


 翔平の部屋から“スイートドロップ”を押収した警察は、監視を2名残して引き揚げていた。


 部屋の外には刑事が張り付いている。張り付いている刑事は翔平の兄だった。それ以外に吹き抜けから1階を見渡せる階段の近くに制服の警官が1名。


 警察が引き揚げる前、


「自分で事の次第を見届けると決めたのなら、情を捨てて信念を全うしろ。」という高原のことばに史輝は無言で頷いた。高原は、史輝の覚悟を見て軽く頷くと、今度は翔平の母親の方を向いて口を開いた。


「鑑識からアメの成分分析の結果が届くまで、翔平君は部屋にいてもらいます。」


「お世話をかけます・・・」


 泣きはらした目をかくすように伏せながら、母親の美里みさとは、消え入りそうな声でつぶやいていた。


 美里の様子に翔平も史輝も顔をゆがませた。史輝は両脇に下ろした拳を筋が白く浮き出るほど硬く握っていた。


 俺が刑事になったのは、こんな場面に遭遇するためじゃない。だけど、これは現実なんだ。俺は弟を監視し、お袋に抱えきれないほどの悲しみを味あわせている。もし俺が高原さんの忠告に従ってこのヤマに関わらなければ、お袋の悲しみはここまで深くはなかったかもしれない。


 それでも・・・俺は、今の現実を選択して受け入れた。この先、どんな結末になっても、この選択を間違いだとは思いたくない。


 硬く握った拳は、そんな史輝の決意の表れだった。


 一方、翔平は、兄の硬い表情と美里の泣きはらした顔が自分のせいなのだと思うと、いたたまれない気持ちになった。


 翔平にはどうしてもリアルに思えない現実が、ついさっき、自分の部屋で起こった。


 “スイートドロップ”だの、ドラッグだのというのは、自分には何の関わりもない世界のものだって思っていた。


『最近は、ドラッグの脅威が高校生にまで広がっていて・・・』という話を特別授業で聞いた時も、絶対関わりたくないよなと、一平たちと話していたのだ。


 それなのに・・・


 なんだよ、これ?


 俺は、両手をきつく握りしめ、肩を震わすことしかできなかった。


 放心状態の翔平を残して、警察も美里も部屋を出てパタンと部屋のドアが閉められた。


 これから鑑識の結果が出るまで、翔平はトイレ以外部屋から出ることはできない。


 シングルベットとパソコンの置かれた机、それに筋トレのための器具の置かれたトレーニングスペースの部屋で、翔平ができることは限られている。平静を取り戻すためにと無理やりストレッチをしてみたが、それは逆効果だった。体を動かしても気持ちは収まらず、仕方なく手近にあったマンガを取ってベッドに腰かけた。


 翔平は、ベットに座ってぱらぱらマンガをめくってはいたが、その目には何も映ってはいなかった。イヤホンからもれるほどの大音量の音楽も心には届いていなかった。


 これから、俺はどうなるんだろう?





「翔平、入るぞ。」


 警察が引き揚げてから1時間ほど経った頃、史輝が入ってきた。


 史輝の手には、手紙が握られていた。


「翔平、この手紙は事件とは何にも関係がないって判断されたから、おまえに返すよ。」


 史輝は、下を向いたまま動こうとしない翔平のそばにそっと手紙を置いた。


「こんなに簡単に押収物を返していいのかよ?」


 俯いたまま翔平は吐き出すように呟いた。


「本当はな、容疑が晴れないうちには押収物を返却なんてしないんだけど、さっき一緒に来ていた鑑識にいる俺の親友が、手紙の内容を見てコピーしてくれた。お前、この手紙読んだ方がいいぞ。」


 翔平は、一瞬顔を上げて史輝を見たが、また俯いてしまった。


 俺を見る兄貴の顔・・・つらそうに見える。


 そうだよな。弟がドラッグなんかに関わってるってことになったら、兄貴にだって、影響あるんだろうな。


 だけど、それが全く身に覚えのない事だったので、翔平は、史輝に対して申し訳ない思いを抱くよりも憤りを感じる方が強かった。


 さっきは、混乱していて聞けなかった自分の気持ちを史輝にぶつけたいと思った。


「兄貴。」


 部屋から出て行こうとする兄貴に翔平は切り出した。


「もし、俺がドラッグのことなんか知らない、俺には関係のないことだって言ったら、兄貴は信用してくれるのか?」


「わからない・・・」


 兄貴は、苦しそうにつぶやいた。


「わからないって、どういうことだよ?」


 翔平は、かっとして大声で怒鳴っていた。


「何でだよ?俺は、関係ない!!“スイートドロップ”だかなんだか知らないけど、そんな名前を聞いたのも初めてだっ!」


 今まで何も言えず抑えていた気持ちが一気に爆発した。


「何度だって言ってやる。お・れ・は、ドラッグなんか知らない。何で俺に容疑がかかっているのか見当もつかない。誰かが故意に俺に濡れ衣を着せようとしているとしか思えない。第一、俺は、自分が容疑者にされている事件がどんな事件なのかさえわからない。なあ、兄貴、警察って、ドラマとかだと、無実の罪をきせらた容疑者の疑いを晴らそうと権力にも立ち向かう正義の味方的なヤツと、権力をふりかざして威張りくさって無実の罪の人をますます追いつめるヤツと両方いるけど、兄貴は、どっちサイドなんだよっ?」


「翔平・・・」


 史輝が何か言いかけたが、翔平はとまらなかった。


「答えてくれよ。そして、ちゃんと説明してみろよ!俺は容疑者なんだろ?何でこんな仕打ち受けなきゃいけないかの説明、聞く権利あるよな?」


「翔平、落ち着け。」


「俺は、落ち着いてるよ!さっき兄貴たちが踏み込んで来た時からのこと、俺なりに整理してみた。でも、おかしいだろ?俺の言い分は何にも聞かないで、はなから警察は、俺がドラッグの関係者だって決めつけているみたいだった。だから母さんは、何も抵抗しないで泣いていたんだ。いつもの母さんなら、うちの息子に何するのって抵抗しそうなのに。」


 翔平は、ぐっと史輝をにらんで続けた。


「兄貴、いくら俺が高校生だからって、自分の現状を把握して、警察の言い分を受け止めるくらいできるけど?」


 史輝に口を開らかせることなく、翔平は先を続けた。


「警察に俺がドラッグを持っているって通報があった。しかも、俺が1週間も前にもらった手紙に入っているってことまでつかんでいた。」


 翔平は、話しているうちに冷静になっていく自分にちょっと驚いていた。この調子ならどんな状況になっても自分を見失わずにすみそうだと思った。


「でもさ、兄貴・・・本当にただの通報だけだったら、まず、兄貴なり、誰かなり、慎重にことを運んでウラをとって、それから踏み込んでくるだろ?」


「翔平、お前・・・」


 翔平は、史輝のことばを無視した。


「もし、成分分析の結果がドラッグじゃないってわかったら、これって、冤罪だよな?警察は、人のプライベートかき回して、俺に断りもなく俺への手紙を読んで、母さんにつらい思いをさせた。もしかしたらさっきの騒ぎを近所の人が聞きつけて俺も母さんも風評被害に会うかもしれない。その責任、どう取るつもり?それとも、俺が無実だって叫んでも、何か裏工作をして無理やりにでも俺を犯人に仕立てるつもり?」


 史輝は、真剣な表情で俺の話を聞いていた。


 翔平の話を聞くうちに、史輝の表情に微妙な変化が生じた。


 よし、兄貴が俺の話に食いついてきた。でも、まだだ。まだ、兄貴を100%信用できない。


 翔平は、さらに話を続けようとしたが、それより先に史輝が口を開いた。


「翔平・・・俺もお前みたく気が動転していたかもしれない・・・。」


「えっ?」


 史輝の意外なことばに 翔平は驚いた。


「お前の言うとおりだ。今回の捜査手法はちょっとおかしいと思う。俺は、身内のお前が容疑者だと告げられた時から、たとえ身内が犯人だとしても冷静に捜査しよう。そして、最後はきちんとけじめつけようってそればかり考えていた。だから、上からの命令にも、捜査の仕方にも何の疑問も持たなかった。そう思ったときから、俺も冷静でなかったかもしれない・・・」


 ベットの向かいのいすに座りながら、恐ろしく真剣な顔で史輝は話を続けた。


「そう、上の判断では、お前はもう、ドラッグの関係者の一人として認識されていた。通報だけでの判断ではない。別の要因も働いていたんだ。俺は、その要因が何かを知ろうともせず、今回の捜査に加わった。」


「んな無茶な話って、あるか?」


 翔平は、あきれて史輝を見返した。


「すまん・・・翔平、俺、身内の・・・弟のことだから、自分でけじめをつけようって、そればかり考えてた。俺・・・署に戻ってもう少し詳しく今回のこと調べてみる。」


 史輝は立ち上がって、


「すぐに代わりの警官が来る。今はつらいだろうけど、お前はまだ容疑者なんだ。今、抵抗すると、ますますお前への嫌疑が深くなる。だから、おとなしくしていてくれ。いいな?」


と言って、部屋を出て行った。


 翔平は、史輝が出て行くと、ふぅっと大きく息を吐いた。


 少なくとも兄貴は、俺のために動いてくれそうだ・・・



実際の捜査がどういうものかは知らず、自分の脳内の情報だけで書いています。不適切な表現や内容があってもご容赦ください。

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