手紙のなかみは・・・スイートドロップ?
来ないで欲しいって思っていると時間って早く過ぎるんだと翔平は思った。
今日は激励会だ。
今日、一平は沙南に告白する。
お膳立てをしたのは翔平だ。
本当に、これでよかったのか?
自分の気持ちから逃げてやしないか・・・?
翔平は、さっきから同じ問いを自分自身にしていて、そのくせ答えは出せない、そんな堂々巡りを続けていた。
翔平は、激励会の後の部室での事を考えると何をする気もおきなくて、激励会を準備を副キャプテンの一平に任せて部屋から出れないでいた。
俺の適当な言い訳、いつもなら一平には通じないはずの言い訳も、今日の一平には通じたらしい。
一平は、沙南への告白のことで頭がいっぱいで、多少のヘンには目をつぶれるらしい。
ゲンキンなやつだ。
「はぁぁぁ!!うゼぇ。なんもヤル気がおこらない。」
ぼやきが思わず口をついて出てしまった。
チクショウ!
激励会には行かなきゃいけない。俺は、キャプテンだし。
それに・・・
一平と沙南のこと、気になる。
一平の告白に沙南は何て答えるのだろうか。
もし、沙南も一平が好きって言ったら・・・?
いや、そんなこと、ない!
沙南が一平好きなわけ・・・
ないって言えるか?
沙南の気持ち、聞いたこともないのに・・・
もし、沙南が・・・
「あぁ!!俺、なにしてんだ、こんなとこで!」
堂々巡りをいつまで続けても出口は見えないのはわかっていた。
自分の不甲斐なさにぎりぎりと歯がみをしながら、翔平は、大きく息を吐きだした。
翔平がベットの上でごろごろと思い悩んでいると、不意に下の階が騒がしくなった。
どやどやと複数の人が階段を上がってくる気配がした。
「母さん、翔平、二階にいるんだな?」
ん?
兄貴の声?
って、何で?兄貴、仕事じゃねぇの?
最近、ちょっと難しい事件抱えていて大変なんだって、このあいだボヤいていたよな?
翔平が訝しがっていると、
バタンと、部屋のドアが開いた。
翔平は、ベットに座って開いたドアの方に目をやった。
やっぱり兄の史輝だった。
「兄貴!いくら兄貴でもノックくらい・・・」
史輝の思いつめたような険しい顔を見て翔平はことばを詰まらせた。
「翔平、部屋をあらためるぞ。」
「はあ?部屋をあらためるって、ちょっっ!どういうことだよ?」
翔平は、史輝と一緒にドヤドヤと無遠慮に部屋に踏み込んでくる制服の警官たちに戸惑いながら問いただした。
すると、史輝は顔をゆがめてつらそうな顔を俺に向けた。
兄貴は、きっととんでもない事を言い出すんだ。
翔平は、本能的にそう思って、ごくりと喉を鳴らした。
史輝が、意を決したように口を開こうとすると、
「私から話そう。本当は、身内の相沢は、捜査からも外れるべきなんだ。」
中年の、いかにも刑事ですって風に、くたびれた背広を着た中年のおっさんが、じろっと翔平と史輝を見比べて言った。
「勝手を言って高原さんを困らせてすみません。でも、身内だからちゃんと見届けたいんです。」
兄貴は、ぴっと背中を伸ばすと真剣な顔で高原さんとやらに、一礼した。
翔平には目の前のことが現実的には思えなかった。ドラマのワンシーンの中に入り込んでしまったような錯覚を覚えた。
この展開からすると、俺は、警察のご厄介になるような何かをしたってことなんだよな?
って!!!
俺、見に覚えないし!!
翔平の困惑をよそに、高原さんが口を開いた。
「相沢翔平君。じつは、警察に、君が、高校生の間で密かに出回っている “スイートドロップ”を持っているって通報があってね。心あたりはあるかい?」
はい?
翔平は、何を言われたのか全くわからなかった。
何だ?“スイートドロップ”って。
その疑問が口をついて出た。
「“スイートドロップ”は・・・、ドラッグだ。」
史輝が、低く呟くように言った。
翔平は、史輝の全く予期しないことばに絶句した。
ドラッグだって?
ドラッグって薬のことだよな?
でも、風邪薬とかそんなんじゃなくって、覚せい剤とか麻薬とか・・・そんな系???
俺がか?
冗談!!
パニックになって固まってしまった翔平をよそに、制服の警官たちが部屋をひっくり返し始めた。
これが、いわゆるガサイレってやつ?
テレビでしか見たことないぞ!
そりゃ、兄貴が私服警官になった時、テレビの刑事ドラマみたいって、ウキウキしたけど、自分がそのドラマの一員になるって、誰が思うかよ?
てか、ドラマじゃないし!
リアルな話なの、これ?
身に覚えもなんもないのに、どうして俺の部屋、勝手にガサイレされてんの!
いろんな感情がふつふつと浮かんできて、収拾がつかない。
でも、とにかく否定しないと。
俺はドラッグなんかに関わってないって。
「待ってください!俺、心あたりなんか、ありません!!ドラッグって、いったい、何ですか?」
部屋の中で指揮権を握っているらしい高原の腕をつかんで、翔平は咆えた。
でも、翔平の訴えは、聞き入れられなかった。
高原が翔平を一瞥すると、自分の腕をつかんでいる翔平の腕をすっとふりはらった。
「高原刑事、ありました!」
警官の一人が声を上げた。
おれは、驚愕して声が出なかった。自分のじゃないみたいに硬くなっている体を無理やりひねって、警官が手に持っているものに目をやった。
手紙だ。
沙南から受け取った、あの手紙!
真ん中がプックリと膨らんだ薄いピンクの封筒の。
俺、興味も何もなかったから、ずっとカバンに入れっぱなしだった。
あの手紙の中に“スイートドロップ”が入っているっていうのか?
うそだろ?
史輝が、翔平の目の前で警官から渡された手紙の封を切った。
封筒からコロンと丸い包みが史輝を手のひらに転がり出た。
「これが、“スイートドロップ”だ。そうだろ、翔平君。」
高原の目は、翔平を射抜くように鋭かった。
「さっそく、これを鑑識にまわして!」
史輝が叫ぶ。丸い包みを警官にかざす史輝の手は、かすかに震えていた。
警官のひとりが丸い包みを受け取ると、部屋から出て行った。
「うぅぅっっ、ま、まさか、翔平が・・・」
ドアの外で、事の成り行きを見守っていた翔平と史輝の母が、へなへなと崩れ落ちると、ひざを折って肩を震わせていた。
まるで、テレビのドラマだろ、これ。
慌しく俺の部屋を行ったり来たりしている警官たち。
その警官たちを指揮しているのは、俺の兄貴・・・
今まで見たこともないくらい怖い顔してる。
部屋の前で、泣き崩れているのは・・・母さんだ。
すべての景色がスローモーションで動いてるみたいだった。しかも、モノクロで。
三流ドラマでも見てるみたいだ。
見てるみたいは、ないか。
だって、このドラマの主人公、俺だし。
いやいや
もしかしたら、これって、どっ○り?
「は~い、ドッ○リ成功~」
って、はでなジャケット着たタレントが入ってくる・・・?
でも、いくら待っても何も起こらなかった。
三流ドラマでもどっ○りでも・・・ない。
なんで、俺なんだ?
何だよ、ドラッグって?
翔平の思考は、そこで完全に停止した。