03
「おうい」
「はい、今行きます」
最後の生徒が出て行って五分後、「おうい」からの声がかかった。はやる気持ちをおさえ、書庫に走る。
「やあ、来たか。こんばんは」
昨日と同じ位置に立つと、彼はあいかわらず紳士的な態度で挨拶をしてきた。
「こんばんは」
本の山に向って軽く頭を下げると、変な間があって(おそらく声の出ないリアクションをとっていたのだろう)
「さあ、僕を見つけてくれ」
と言った。俺は思わず頭の上に疑問符をたくさん並べる。
「あの、ここにいるんじゃないんですか?」
見えないけれど。
「いや、実を言うと本にとり憑いているのだ」
「本に?」
なるほど、だから図書室にいるのか。
「どんな本か、わかります?」
「分厚くて大きい本だ」
「おうい」の答えに、ふうと息を吐く。目の前に高く積みあがっている本のほとんどが、分厚くて大きい。
「それじゃあ一冊ずつ持ち上げますから、持ち上がったと思ったら言ってください」
「了解した、すまないな」
「いいえ」
おそらく五十冊はこしているだろう。まあ、内容を確かめていくのではないから、そんなに時間はかからないはずだ。
「君」
「はい」
持ち上げては横へ積み、の機械的な作業をはじめると「おうい」が声をかけてくる。
「名前は?」
「六角敬英です。敬うに、英語の英」
「ほう、なにやら武将のような名前だなあ」
「よくいわれます。あなたは?」
「ああ、これは失敬。先に名乗るのが礼儀だったね。僕の名は香川ルカだ」
「ルカ?外国の方なんですか?」
「母親がね。でも育ちは日本だ」
「へえ、そうなんですか」
日本語がペラペラだったから、てっきり日本人だと思っていた。それにしても、外国人の幽霊がいるだなんて、変な学校だな。教師だったのだろうか。
「あ、六角君、それだよ」
山も半分崩しおえたか、という所で香川さんから声がかかった。
「これですか」
手の中にあるのは、古ぼけた青の表紙の本。確かに分厚くて大きく、ずっしりとした重みが伝わってくる。背には「日本国勢辞典」という金文字がかろうじて残っていた。中を開いてみようとページに手をかけた所、やけて茶色くなったページに、ひときわ茶色く染みがあるのに気づく。軽くそこをなでてみると手にざらつく感じが残った。
「うん、人に触れられたのは何十年ぶりだろうか」
香川さんがなつかしそうな声をだす。俺は染みに手をかけ、ページをめくろうとした。
しかし。
「くっついてる」
パラパラと何十枚ものページどうしがくっついて塊となって指を離れていく。垣間見えるページには、茶色い染みが大きく広がっていた。この染みは、何だろう。コーヒーでもこぼしたのだろうか、いや、それにしてはあまりにページどうしがくっつきすぎてやしないか?それに、触った時の粉っぽい感じ。見ると指先には埃以外の粉が付着している。
「ああ、それかい」
見たかどうかはわからないが、香川さんが俺の疑問に気づいたらしい。再び染みをなでていた俺に、彼は軽い調子で、
「それは血だ。僕の血」
爆弾発言をした。
「血っ!?」
思わず驚いて、本を取り落としそうになる。そんな、他人の血を触ってしまった。というか、血って、この量は多すぎやしないか―・・・
「僕はね、この本で殴られて死んだんだよ」
「えっ・・・」
一瞬意味を呑み込めないで固まってしまった。殴られて死んだって、それって・・・
「おーい、六角、いるかぁ」
と、そこへいきなり竹田の声が響き渡った。ぐんと現実に引き戻され、後ろを振り返る。
「おい六角君、続きは明日にしよう」
早口で香川さんがつぶやいた。
「うん、さようなら」
「うまくやり過ごせよ」
「はい」
香川さんの提案のおかげかどうか、頭の中にはっきりと今から取るべき行動がうかんでくる。俺は本を閉じて空いていた棚の奥につっこむと、制服についた埃をはらい平然とした顔をして書庫の入り口に向かった。
「竹田先生?」
ひょいと顔をのぞかせると、彼はあともう一歩で書庫に入ってくる所で。
「おお、いた六角」
危なかった、と心の中でほっと一息ついた。
「どうされたんですか?」
「どうされたじゃないぞ、お前。時間見てみろ」
竹田に左手を差し出され、ひょいと腕時計の文字盤をのぞく。
「七時!?」
おかしい、なんでチャイムが鳴らなかったんだ。昨日と同じ時間に鳴ると思っていたのに。
「まったく、一時間も何してたんだ」
あきれたとばかりにため息をつかれる。
「いやあ・・・あの、ちょっと・・・」
とっさに言い訳が思い浮かばず、苦笑いを浮かべると、竹田は再度溜息をつき、
「まさか『おうい』の正体をつきとめようと思ったか?」
と言った。そうだ、その手があった!
「実は・・・」
そうなんです、とでも言いたげにへらりと笑う。そして「ばれたか」のポーズ。すると竹田溜息だけでは足りなかったのか、がっくりと肩をおとし、
「お前は時々馬鹿やってくれるなあ」
としみじみ言われる。俺はそれにまた照れたような笑みをうかべてみせた。今の演技、完璧だ。
「すみません」
「で?」
「はい?」
「見つかったか?奴は」
竹田の眼の奥がきらりと光ったのを、俺は見逃さなかった。なんだ、結局先生でも興味あるんじゃん。
「いや、ここに入ったとたん声が途切れちゃって、駄目でした」
もっともらしく言うと、
「そうかあ」
と竹田も再びがっくりと肩をおとした。
「まあ、今日のところは許してやるから、帰りなさい」
「はい、ごめんなさい」
頭を下げると「ああ、別にいいよ」と竹田が手をふる。俺はいかにも「反省してます」という顔をして素早く書庫の鍵を閉め、「後はやっとく」と言った竹田に鍵の束を渡し、走って図書室を出て行った。
「(ああ、本当にびっくりした)」
竹田の登場にではなく、香川さんの発言に。本で殴られて死んだ外国人教師、何か恨みでもかったのだろうか。
「(あそこに凶器があるって事は・・・もしかして犯人つかまってない・・・とか?)」
ふと、恐ろしい考えがうかび、ブンブンとそれを振り払う。嫌だ、もし犯人が逃走中で時効にもなっていない事件だったら、関わりたくない。
「(明日香川さんに聞いてみよう)」
翌朝。校門の前に竹田が立って、登校してくる生徒にあいさつをしていた。毎朝の光景に俺も軽く頭を下げてやり過ごそうとすると呼び止められ、
「職員室の俺の机の上に鍵があるから、椅子の上に置いてある本、図書室に運んどいてくれ」
と用事を言いつけられた。頼んだぞ、とひらひら手を振る竹田に「はい」と笑顔で応じつつも内心面倒だと思う。自分で運べばいいのに。
教室にいったんかばんをおいて、職員室へと向かった。「失礼します」と言い入った瞬間、む、とコーヒーの匂いが鼻をつく。急いで竹田の席に行くと、そこには乱雑にプリントやテキストが積まれ飲みかけのコーヒーがおいてあった。確かに椅子の上には紙袋いっぱいに入った本があったが(かなり重そうだ)鍵の姿が見当たらない。物を動かしたら悪いとは思いつつも、机の上を片づけながら探すことにした。あの先生のことだ、誰かがやってやらないと際限なく散らかしてしまうのだろう。
「(奥さんも大変だな)」
奥さんに怒られている竹田を想像して、少しにやけた。
鍵はちらばった書類の下に隠れており(たしかに机の上だった)見つけるとすぐに片付けをほおりだし紙袋を持ち上げた。とたん、びり、と嫌な音がして紙袋の底が破れる。幸い中身は落ちなかったが、持ち方の変更を余儀なくされた俺はポケットに鍵の束を入れ、紙袋を底から持つことにした。
「(まじ人使い荒い先生だな)」
次会ったら、絶対に文句いってやる。
何人かの同級生とすれちがい図書室に到着すると、俺はドサリと紙袋を足元に下ろし、うんとのびをした。朝から重労働、御苦労さま自分。ポケットから鍵をとりだし鍵穴にさしこんで回すと、カチリと小気味よい音を立てる。さて、ではもう一度紙袋を持ち上げるかと腰をかがめたその時。
「(うわ、なんか傷ついてる)」
木製の扉の下のほうに、白く細長い傷が何本もついているのが目に入った。誰かが蹴ったか、いたずらでもしたのだろう。
「(本当、ぼろい学校)」
古いから、というのもあるがやはり一番の原因は生徒数の減少だろう。日本で少子化が進む中、私学生徒の人数もぐんと大きく減少したらしい。それで経営が苦しくなって、こんな所の修繕にまで手が回っていないのだ。
「(まあ、図書室なんて使う生徒少ねえよな)」
それなのにこの学校の図書室はけっこうな広さと貯蔵数を誇っている。それが良いのか悪いのかなんて、俺にはわからない。
足で扉を開け中に滑り込んだ。カウンターの上に紙袋をおき一息つくと、腕時計に目をやる。七時五十五分、まだ始礼まで十分に時間があった。俺は迷わず扉の内側から鍵をかけ、書庫へと向かう事にした。
「香川さん」
書庫に入り呼びかける。しかしいくら待っても返事はなく、じれったくなった俺は昨日棚の奥につっこんだ本を手に取り再び、
「香川さん、六角です」
と呼びかけた。が、やはり返事はない。
「(朝は出ないのか)」
まあ、幽霊だしな、と妙に納得をしてしまい、血の染みを軽く指でなぞると元の位置に本を戻した。
「(殺人事件の話、早く聞きたいのに)」
かかわりたくない、と思いつつもやはり少し気になって。しょうがない、放課後まで待つことにしよう。とぼとぼと廊下を歩いていると、突然後ろから肩を叩かれた。びっくりして振り返ると、
「おはよ、タカ」
そこには友達の晴太が笑顔で立っていて。
「おはよ」
挨拶を返すと、かれは笑って俺の手をつかみそのまま進行方向とは逆に進み始めた。
「おい、何だ?」
「ついてきて」
「えー、何処だよ」
「生物室。昨日放課後に蛙の解剖したんだけど、そん時に忘れ物したみたいでさ」
「それで俺は連行か」
今日はどうやら朝からついていない日らしい。嫌々ながらも観念して手を振りほどき晴太の横に並ぶと彼は笑い、
「流石、タカ」
えらいえらいと背中をたたかれる。
「まじめんどい。ありがたく思え」
ポケットに手をつっこみつつ無気力で言うと、
「はいはい、感謝感謝」
と軽く流された。この調子だから、こいつとは付き合いやすい。
階段を二つのぼり、廊下を歩くと手前からずらりと化学室、物理室そして生物室と理科系の教室が並ぶ。二人で奥まで進み、ガラリと木の扉をあけた。とたん視界に飛び込んでくる動物の標本。俺はこれを見るのが好きで、そそくさとそちらに向かった。蛇や蛙のホルマリン漬けに鳥の子宮での発達過程を追ったもの、白くなっている魚は管理が杜撰だったのだろう、びんの中の薬品がほとんど蒸発してしまっている。その横には人骨の標本がなぜか二つあり、その下には猫の骨格標本がペットのようにちょこんと並んでいた。
「なんかすごいよなー、こういうの」
いつの間にか横に晴太が並んでおり、その手には一本のシャーペンが握られていた。
「もしかして、忘れものって、それ?」
「そ。俺のお気に入り」
小さな傷が入っていて、全体的に黒ずんでいるそれはとても使いやすそうには見えない。
「さ、もう帰ろうぜ。ありがとな、付き合ってくれて」
「チロルチョコ一個よこせ」
冗談で手を突き出すと、晴太はそれをパチンとたたき「高いよ」と笑った。
「あはは、それは君、死んだ者にもルールはあるのさ」
放課後、今日は書庫以外の電気を消して、扉にしっかりと鍵もかけた。これで先生が乱入してくることはないだろう。「おうい」「はい」と会話をはじめ、香川さんに朝の事を話すと彼は笑って(顔は勿論、姿は相変わらず見えていないが)そう言った。
「ルール?」
「そうだ。僕がこの本にとり憑く時、神様に決められたものだ」
ルールが云々より、神様って本当にいたんだ、とそちらに気をとられる。
「今日はその事も含めて話をしよう」
香川さんの声に頷き、俺は棚と棚の間に腰をおろす。今日は何にも邪魔されず、最後まで話を聞く覚悟でいた。
「僕が殺されたって、昨日言っただろう?」
「はい」
「まずそこにいたる経緯を聞かせようか。僕の母親は外国籍だったと言ったね」
「そう聞きました」
「彼女はその昔外国から日本へたくさんの知識人や宣教師たちがやってきた時代に、その中の一人としてここにやってきたんだ」
それはもしかして、開国後の話だろうか。江戸という閉鎖的時代からいきなり解き放たれた明治時代。外国からやってきた知識人や宣教師たちは各地に教会や学校を作った。その中の一つがわが高校、と入学式のときに切々と語られたっけ。
「その時にはお腹に僕もいてね、日本に着くとすぐに生んだらしい。それからしばらくは何事もなく暮らしてたけど、ある程度僕が育った時に僕と兄弟を残して母がなくなってしまったんだ。それから兄弟は散り散りになって、僕もこれからどうしようと路頭に迷っていた。そこを日本のある夫婦が引き取ってくれて、そこで育ったんだ。主人が学校の経営者で、僕も成長すると自然とそこへ出入りするようになってね。生徒にはかなり好かれていたと思うよ」
自慢気な声をだす香川さんに、やはり教師だったのかと一人納得する。
「でもある日ね、たしかよく晴れていた日だったと思う。校庭を散歩していたら、いきなり背後から殴りつけられたんだ。驚いたというか、自分の血が飛び散って凶器の本に付着した所を見た瞬間もう意識が途切れてね。気づいたら神様とご対面さ」
香川さんの声につられて、俺はまた血の染みの痕をなでていた。これが、人一人を殺した凶器。手の中にあるこの本が。気持ちが悪いだとか、触りたくないといった嫌悪感がなかった事が自分でも不思議だった。
「神様は僕に地上に戻りたいかと聞いた。僕はその時混乱していてね、何が何だかよくわからずに『はい』と答えたんだ。そしたら、目の前が真っ暗になってね、頭の中に声が響いた。お前に言語能力を与えるが、お前は最初に目が覚めた部屋でしか言葉を発する事が出来ない。しかもお前はある一定の刻限からしか声を発せないし、全ての者がお前の声を聞きとれるわけではない。もし地上に満足したら、お前の体をお探しなさい、そうしたら天の迎えがやってくるでしょうってね。それで目が覚めてみると、この本にとり憑いていたというわけさ」
「ああ、だから朝に話しかけても返事をしてくれなかったんですね」
「そのとおりだ。それから僕は僕を殺した犯人を確かめるつもりになった。しかしだね、本にとり憑いていちゃあ自分で動けないし、しかもこんな本誰も借りやしない。しかたなく声が出る時間に『おうい』と呼ぶが、誰も返事をかえしてはくれなかったんだ。しだいに、僕は犯人の事はどうでもよくなってきた。こんな状態じゃあ探せるものも探せないだろう?だからもうこの世から離れるために体を探そうと、その事を考え始めたのだ」
ふと、彼の話に違和感を覚えた。
「待って下さい、『おうい』に、誰も返事を返してくれなかったって」
「ああ、君は返してくれたね。はじめてだ」
「はじめて?」
おかしい。竹田がいたはずだ。
「俺の少し前に、返事を返してくれた人がいたはずなんですけど」
「本当かい?そのような輩は記憶にないが」
「香川さんの『おうい』にあわせて歌ってた人がいるはずなんですけどね」
「ああ、あの煩い奴か」
「ほら、やっぱり」
「あんなもの、返事ではないよ。返事と言えば『はい』だ。『おうい』ときたら『はい』だろう」
おそらく、目に見えていたのなら今頃香川さんはきっとツンと口を尖らせているのだろう。俺は彼の言葉に苦笑しかうかばなかった。返事を選ばなければ、もっと早く人と出会えていただろうに。
「話を戻すよ。体の事を考え始めると、不思議と体が近寄ってくるのが分かった」
「体が近寄ってくる?」
まさか。ホラーな予感がする。
「うん。どうやらこの近くに僕の体があるらしい。すぐそこにまで、月に三回やってくるんだ。いつも何かに阻まれて、再開する事は出来んがね」
瞬間、背筋が凍った。頭の中に、真っ青な顔をした外人が図書室の扉の前で、ぼうっと立っている姿がうかぶ。
「つ、月に三回って」
今日だったらどうしよう。今出て行って、扉の向こう側に立っていたらどうしよう。
「月の初めの三日間だよ」
「そうですか」
とたん、ふっと抜ける空気。今日は二十七日、大丈夫だ。
「それで、僕はもういい加減成仏したいのだよ」
外人の口から、しかもキリスト教学校で「成仏」という言葉が出たことに、違和感を覚えたが、それ以上に話の流れがあやしい方向に向かっている事に対し頭の隅から危険信号が鳴り始めていた。
「六角君に出会ったのは、きっと神様からのお呼びがかかったのだろう」
「はあ」
「六角君」
「はい」
一瞬、本をなげて走り出したい衝動に駆られた。しかし、俺が実行に移すより先に香川さんは不吉な一言を発しており。
「頼む、僕の体を探してくれないか」
「・・・」
再び、死体が扉の前に立っている映像が脳裏をかすめた。嫌だ、怖い。全力で拒否したい。
「六角君」
すがるような声を出されても、嫌なものは嫌だ。外国人の体って大きいし、もし襲われたらきっと太刀打ちできない。立っているだけで十分に破壊力があるのに、立ち向かってきたら俺は正気を保てる自信がなかった。
「何故だまっているんだい」
確かに何年も何十年も人が来る事を待ち望んでいたのだろう。話からすると明治生まれだから、本当に長い間だ。
「六角君」
明治時代って、土葬だったのだろうか。日本人は火葬でも、外国人だから特別なはからいでって事で、土葬だったかもしれない。グロテスクなゾンビを想像して、いや無い、と首をふる。きっともう肉はきれいになくなっていて、あるとしても骨だけだろう・・・たぶん。次は骨が図書室の扉の前に立っている姿が思い浮かんだ。生身より怖くないかもしれない。
そこでふと、何故死体が近くにあるのか疑問を感じた。
「待って、何で死体が近くにあるんですか」
「あそこに葬られたと思っているがね。ほら、あそこだ」
「あそこ?」
「学校の裏に森があるだろう。そこに、この学校の創設者の墓がなかったかね」
香川さんの言葉に、ぴんと思いついた。確かに校舎の裏の森にひっそりと墓所がある。入学式の次の日に、クラス全員でそこにつれていかれ墓掃除をした。創設者が外国人だったため墓石は洋風で、誰かが「火葬ですか、土葬ですか」と引率の先生に聞いていたっけ。
「ありますね、なるほど」
確かにあそこからだったら、校内に侵入していてもおかしくない距離だ。
「なんなら、まずそこを確かめてくれるだけでも良い」
あそこなら、たぶん行っても怖いとは感じないだろう。数秒の間迷ったが、俺は意を決し、
「墓を確かめるぐらいなら」
とうなずいた。
「そりゃ、ありがたい!」
感情を表さないはずの本から、歓喜の様子がひしひしと伝わってくる。俺は微笑みながら、本の表紙をなでた。
「さあ、そうと決まれば六角君。今日はもう帰りなさい」
「はい、そうします。じゃあ、明日は学校がないから、月曜に」
「たのんだよ、ありがとう」
香川さんは本当にうれしそうに言うと、喜びをかみしめるかのように黙り込んでしまった。俺は本をまた棚の奥につっこんで書庫をでる。一瞬、扉の外に人骨が見えやしないかとびくついたが、それらしき影はなく、ほっと胸をなでおろし図書室をあとにした。