深淵の塔
もはや緑濃き森に逃げ場はない
荒野は角質の爪を研いだ野獣で満ち
腐臭が充満しているではないか
樹木さえ憎悪の漆を滴らせている
道は途絶えた
草木は枯れるだけ
眼前にあるのは行く手を遮る塔
墓場から蘇った亡霊の鉤爪が
過ぎた日となって迫ってくる
未練と断腸の両腕が見えないのか
二階では未来を射る者が
弩を放ちながら夢を的にかけている
狙いは外れない
理由を問うな
それもまた亡者だ
やがて朽ちる夜が来る
闇の先に希望はない
生き残りたければ
階段を一段ずつ登るしかない
甲冑の音さえ殺して
何が見える?
荘重な装いの裁断者?
だがそれは偽物だ
裁くことも裁かれることにも構うな
真紅の天鵞絨は擦り切れ
判決は虚しい言い訳だ
回廊にわずかに灯る
篝火を覆うのは
羊の頭をもつ大蝙蝠
暗闇に耳を澄ませ
けれど音に従うな
揺らめく影に怯えるな
それは何者でもない影だ
お前が形を与えただけ
雨漏りに黒ずむ床も
影法師が吐く言霊も
お前が作り出しただけ
剣など無力だ
上階の扉は開いてる
もはや牙を剥く敵はいない
盾も鎧も重いだけだ
払い除け脱ぎ捨てるがよい
怒りごと床に叩きつけろ
この先では声など無価値
寺院の護符も王家の紋章も
火に焚べてしまえ
精神を侵すのは魔導の杖ではない
この塔に染みついた無言の貪欲さ
野放しな意志の岩漿
だがその半身は物の怪
杖はただの慰め
呪文は脅し文句
登れ
アスクレピオスはいない
見たなら斬り伏せろ
だが気をつけろ
どこかに干渉がある
見えず
聞こえす
感じられない
もはや剣を捨てる時がきた
最上階では聖剣も鈍
恐れるか
ここが塔の十戒だ
石板の扉を打ち破れ
ここに神はいない
救済もまたない
なにものかの気配――
見よ
語り続ける長広舌
怨嗟の痼と瘢痕
それは
お前自身
もう戦う必要はない
和解するか
死ぬまで語りあうか
さあはじめろ
それは鏡ではない
時は待たない




