幼馴染がご病気?大変ですわ、お大事になさって
アンネミーケの婚約は、十六歳の誕生日を幾日か過ぎた或る日だった。
親が決めた婚約で、事業提携は無いものの良家と言われている歴史ある二つの家の縁組だ。
蜂蜜色の髪に榛色の瞳の優しそうなヨリスは、穏やかに笑みを見せた。
「やあ、アンネミーケ嬢。これから宜しくね」
「はい。ヨリス様、宜しくお願いいたします」
優しそうな見た目に似合う、淡い光のような温かい声。
これなら、穏やかで優しい家庭を持てるのではないかしら、とアンネミーケは微笑んだ。
丁寧に編み込まれた銀の髪を春の光に煌めかせ、アンネミーケは庭の奥へとヨリスを促す。
「こちらが我が家の自慢の白百合でございますの」
「……素晴らしいね。君のように白く、清らかだ」
穏やかに細められた目で、ヨリスは愛おしむように百合を眺めた。
白百合はまだしっとりと濡れた様に輝いている。
朝から庭師が整えてくれていたからだ。
「美しく在る為には、手をかけなければいけませんけれど。……それでも咲き誇る為には、相応の時間と献身が必要なのございますわ。それが贅沢というものなのでしょうね」
「はは。全くですね。そうだ、今度我が家の薔薇も見にいらしてください」
「是非、喜んで」
二人で散歩を終えて戻ると、両家の親達も仲睦まじげに歓談していた。
まるで、理想の家族のように。
「……アンネミーケ。実は、君に話しておかなければならないことがあるんだ」
婚約が調って数週間。
午後の柔らかな光が差し込む庭園で、ヨリスは紅茶の茶器を置くと、どこか迷うような口ぶりで話し始めた。
「幼馴染のフェンテが、昨夜急に倒れてしまってね。どうやら、僕たちの婚約の知らせが、繊細な彼女には少し刺激が強かったようなんだ」
榛色の瞳を揺らし、彼はアンネミーケの反応を伺うように見つめた。
優しそうなヨリスが、沈痛な面持ちで。
アンネミーケは穏やかな笑みを浮かべたまま彼の言葉を聞いていた。
(婚約の御知らせで倒れるのは、詐病ではないのかしら?)
とはいえ、その疑いを口に出す事は憚られる。
詐病かもしれないが、心の病かもしれないし、決めつける事は出来ないからだ。
申し訳なさそうな、でも心の何処かで頼られる事を喜びにしているようなヨリスの笑顔。
世の殿方は、か弱い淑女に頼られたら、保護しようとするのが当然の教育としてある。
騎士道精神に通じる紳士教育の成果だ。
確かに、その優しさ自体は悪いことではない。
大事なのは均衡である。
「幸い命に別状はないが、心細いのか、僕が側にいないとすぐに体調を崩す。……だから、すまないが、暫くの間は彼女の看病を優先させてほしい。健康で美しく、何不自由ない君なら、僕のこの決断を慈悲として受け入れてくれるね?」
慈悲を盾にして、強要してくる姿勢に、アンネミーケは僅かに困惑の表情を浮かべた。
淑女として断る訳にはいかないし、さりとて言われるまま待ち続けることも出来ない。
穏やかにアンネミーケは首を傾げて問いかけた。
「左様でございますか。それならば、何カ月ぐらい彼女の看病をされますの?」
ヨリスは、物分かりの良い、しかし具体的な問いかけに、一瞬だけ虚を突かれたように瞬きをする。
「……何カ月、か。それは、彼女の容態次第だから一概には言えないけれど……。でも、そうだな。彼女が一人で起き上がれるようになるまでは、僕が支えてあげたいと思っているんだ」
「起き上がれないほどですの?それは大変でございますわ。では、起き上がれるようになるまで、夜会や晩餐会への出席は控えた方が宜しいのではございませんこと?」
アンネミーケは、心底から案じて、そっと扇を口元に寄せた。
その深青の瞳には、病人を気遣う慈悲深い輝きがある。
ヨリスは自分に都合の良い提案に、ぱっと顔を明るくした。
「……! ああ、分かってくれるか、アンネミーケ! そうなんだ。彼女は僕が席を立つだけで、絶望したように顔を覆って泣き出すんだ。そんな彼女を置いて、華やかな夜会で酒杯を傾けるなんて、僕にはとてもできない」
「ええ、左様でございますわね。病に苦しむ幼馴染を差し置いて、着飾って踊るなんて……。ヨリス様はそんな薄情な振る舞いが出来ないお優しい方だと存じております」
優しいのは本当だ。
けれど、貴族と言うものには責務が付きまとう。
その折り合いをうまくつけられる者にしか、貴族は務まらない。
「フェンテ嬢が健やかに外を歩けるようになるまで、夜会や晩餐会の出席はすべて辞退なさいますのね?わたくし、お父様やお兄様にも、ヨリス様のご予定をお伝えしておきますわ」
「アンネミーケ……君はなんて……! 君のような寛大な女性を婚約者に持てて、僕は世界一の幸せ者だ」
これでアンネミーケが来ぬ人を待つことはない。
私的な交流は必要が無いし、夜会の度に来るのか来ないのかと気を揉む事も。
ただ、父と兄が彼の行いを許すとは思えなかった。
早速アンネミーケは執務室へと足を運び、父と兄に時間を貰い、話をする。
「お父様、お兄様。本日ヨリス様から伺ったのですが、彼の幼馴染のウェーゼル男爵令嬢が倒れてしまったらしく、暫くそちらの看病に専念されたいと仰っておいででございますの。夜会や晩餐会への出席も見合わせるそうなので、どなたかわたくしを同行して下さる方をご用意くださいませ」
夜会へ出席するのなら同行は必須だ。
従兄弟や親戚、血縁者が望ましいが、頼むとすれば家長や夫人からの依頼でないとならない。
「お兄様も婚約者が、お父様もお母様がいらっしゃるので、わたくしのお相手を毎回務めるのは難しゅうございましょう?」
アンネミーケの淡々とした申し出に、執務をしていた伯爵と長男のウェールズの手元が止まった。
二人は信じられない、というように顔を見合わせてから、伯爵は厳しく問いかける。
「……看病、だと? 倒れた男爵令嬢に付き切りになるから、婚約者であるお前の同行をしないと言うのか。ヨリス君は」
父である伯爵の眉間に、深い溝が刻まれる。
婚約したからには同行するのは本来婚約者の役目だ。
婚約後に、別の男性と共に夜会へ出るという事は、貴族達に色々な憶測を与える。
婚約者に大事にされていない。
破綻も間近な二人。
もしかしてお相手は重病なのか。
などなど。
面白半分に噂が飛び交うだろう。
「一度や二度の見舞いならともかく、夜会や晩餐会の出席をすべて見合わせるなど……。それはもはや、我が家との公的な交流を断つと言っているに等しいぞ。アンネミーケ、お前はそれで良いのか?」
兄もまた、妹を不憫に思う以上に、ヨリスという男の家格と社交に対する認識の甘さに呆れ果てた表情を浮かべた。
「アンネミーケ、お前が気を利かせて代役を頼む必要などない。……これは、ヨリスが伯爵家の嫡男として、我が家に対する誠意を欠いているという重大な問題だ。お前は、彼のその看病という言い訳を、本気で受け入れているのか?」
アンネミーケは目を伏せ、困った様に微笑む。
「わたくしがどう思うかより……ヨリス様が、それほどまでに彼女を放っておけないと仰るのですもの。それを無理に引き止めて、わたくしの側に居て頂くことに、何の意味があるのでございましょうか? ……お父様、わたくしはただ、あの方の不在で我が家の名誉に傷がつくのを避けたいだけなのですわ」
「もう一度言うが、代役を立てる必要などない。……アンネミーケ、お前は分かっているのか?」
兄は立ち上がり、妹を保護するように、しかし険しい表情で言い放った。
「婚約者がいる身で、兄や父を連れて夜会に出るなど、社交界に『私は婚約者に蔑ろにされています』と宣伝しに行くようなものだ。そんな屈辱、我が家の娘に味わわせるわけにはいかん」
父である伯爵も、ウェールズの言葉に同意するように重々しく頷いた。
「左様だ。代役を立てて彼を自由にしてやるなど、甘やかしが過ぎる。……ヨリス君は、自分の慈悲とやらを優先するあまり、婚約者であるお前を社交界で一人にするという事が、我が家に対してどれほどの不実であるか、全く理解していないようだな」
アンネミーケは、困ったように眉を寄せ、言葉を重ねる。
「……ですが、お父様。ヨリス様は、彼女が起き上がれるようになるまで、数ヶ月は離れられないと仰っていますわ。その間、わたくしがずっと屋敷に引きこもっているわけにも参りませんでしょう? ……あの方は、わたくしが一人でもいられる強い女性だから大丈夫だと信じてくださっているのですわ」
「信じているだと? それはただの甘えだ、アンネミーケ」
兄が吐き捨てるように言った。
「強いから放置してもいいなどという理屈が通るなら、婚約者の務めなど必要ない。……父上、これはヨリスに、婚約者としての責務を果たす意思があるのかを、今すぐ正式に問うべき事案です。彼が来ないと言うなら、その瞬間にこの縁談の価値を再考せねばなりません」
アンネミーケは、父と兄の怒りが、家門への侮辱に向けられたことを察して眉尻を下げた。
父と兄は、娘であり妹であるアンネミーケを守ろうとしてくれている。
「でもお父様……もし抗議してしまわれたら、きっと、わたくしが冷たい女だと思われてしまいますわ……それに嫌々でしたり、うわの空で同行されては、わたくしも気分よく過ごせませんもの……」
心細げに声を震わせたアンネミーケに二人は息が止まった。
その健気な様子と、婚約者に蔑ろにされているという事実を浮き彫りにする言葉に、兄は堪り兼ねたように声を荒らげた。
「アンネミーケ! お前がなぜ自分を責める必要がある! ……『嫌々エスコートされるのが嫌だ』だと? 当たり前だ、そんな無様な振る舞いを婚約者の前ですること自体、男の恥だ!」
伯爵も重々しく頷き、怒りを押し殺した声で続けた。
「……左様だ。お前が冷たい女などと呼ばれる謂れはない。……ヨリス君は、自分に酔いしれるあまり、婚約者であるお前に、そんな惨めな思いをさせているという自覚すらないのだな。……嫌々来られては気分が悪い、か。……全くだ」
伯爵は苛々と机を指でトントンと叩いた。
ヨリスは優しいし、気弱で優柔不断なところがある。
アンネミーケの見立てでは、家族に強要されて嫌々現れるのが目に見えているのだ。
どれだけ着飾ろうとも、隣で溜息を吐かれようものなら一瞬で気分が滅入ってしまうのは目に見えている。
婚約者にそんな思いをさせられるのは悲しい。
それならば、一人で過ごすという恥辱を受け入れてでも、自由に過ごして貰う方がまだ良かった。
伯爵は、机の上の書類を脇へ退け、冷徹な当主の目をする。
「アンネミーケ、お前がそこまで案じているのなら、我々が正式に抗議して、無理やり彼を引っ張り出すような真似はせぬ。……だが、婚約者が看病に専念できるよう、我が家が身を引くという選択肢も、考慮に入れねばならん。……お前に冷たい女という汚名を着せるわけにはいかんからな」
「はい、お父様、仰せの通りにございます」
暫く沈思した後で、ウェールズは顔を上げてアンネミーケを真剣な目で見つめる。
「……分かった。アンネミーケ、今夜の夜会は俺が同行しよう。ヨリスが来ないというのなら、兄としてお前を一人で壁際に立たせるわけにはいかないからな」
「ありがとうございます、お兄様」
アンネミーケは少し申し訳なさそうに、それでも安堵したように微笑んだ。
夜会の会場。きらびやかなシャンデリアの下、アンネミーケは兄の腕に手を添えて入場した。
周囲の貴族たちの視線が、一斉に彼らに注がれる。婚約が調ったばかりのアンネミーケが、婚約者ではなく実の兄を伴って現れた事実に、会場にはさざ波のような囁きが広がった。
「……アンネミーケ、やはり彼は来ないな」
兄が低い声で耳打ちした。
夜会の開始から一刻が過ぎても、会場にヨリスの姿はない。
アンネミーケは、諦観を込めた瞳で入り口を一度だけ見やり、すぐに静かに目を伏せた。
「……ええ。きっと今も、お苦しみの方に付き添っていらっしゃるのでしょう。……あの方は、本当にお優しい方ですもの」
「優しすぎるのも考えものだ。婚約者を好奇の目に晒してまで優先すべき看病など、あるはずがない」
兄の腕に力がこもる。
アンネミーケが健気に振る舞えば振る舞うほど、不在のヨリスの不誠実さが際立ち、ウェールズの怒りも増していく。
遠巻きにしていた周囲の令嬢たちが、いつまでも現れないヨリスに疑問を抱き近寄ってきた。
「婚約者のヨリス様はどうされましたの?」
探るような視線に、アンネミーケはどこか悲しげな色を滲ませて微笑んだ。
「ヨリス様は今、どうしても離れられないご病心の方の看病をなさっておいでなのですわ。……わたくしのことなど気にせず、あの方のお側についてあげてほしいと、わたくしからお願いいたしましたの」
アンネミーケの健気な言葉は、瞬く間に会場中に広まった。
婚約者を一人にして、看病にかこつけて別の女の元へ入り浸る男という最悪の評判が、ヨリスが知らないところで着実に積み上がっていく。
困ったように、でも穏やかに微笑みを浮かべるアンネミーケは、慈悲と気高さを感じさせ、見ていた令息達の庇護欲を掻き立てたのである。
兄の腕を掴むアンネミーケの指先がわずかに震えているのを見て、一人の公爵令息が堪り兼ねたように歩み寄った。
リュシアン・ド・ブロイは漆黒の短髪に、冷たい氷色の瞳の貴公子だ。
「アンネミーケ嬢。……もし宜しければ、次の一曲、私に同行させていただけませんか? 兄上もお疲れでしょう。……貴女のような気高い方を、これ以上悲しげな顔で立たせておくわけにはいかない」
アンネミーケは、驚いたように瞬きをし、それからにっこりとはにかむように微笑んだ。
「……ありがとう存じます。でも、わたくし……ご病気の令嬢にも看病なさっているヨリス様にも申し訳なくて……」
「病気の者がいる事も、看病に行く事も悪いことではないが、淑女を一人きりにするのとはまた別の話だ。君が、夜会を楽しまない理由にはならないでしょう」
リュシアンの、厳しくも優しい言葉。
それは、ヨリスがこれまで盾にしてきた「看病=善意」という構図を、高貴な紳士の論理で一蹴するものだった。
だが、アンネミーケは、震える声を抑えるように扇を握りしめ、一度だけ小さく首を横に振る。
「でも、わたくし……。婚約者がいる身で、他の殿方の手を取るなど、はしたないことでございます。……ヨリス様が、悲しまれるのではないかと……」
自分を捨て置いて看病に走った男の気持ちをどこまでも慮る健気な躊躇い。
それが、周囲で聞き耳を立てていた令息たちの独占欲と守護欲に、これ以上ないほど火をつけた。
「その婚約者殿は、今この場におられない。……アンネミーケ嬢、貴女がそこまで恥じ入る必要はありません。病人を案じる心が尊いとしても、公の場で婚約者が辱められていることに気づかぬ男の鈍感さは、罪でしかない」
リュシアンは、迷いのない瞳で彼女を見つめ直し、もう一度、深く、静かに手を差し出した。
「貴女を、冷たい沈黙の中に一人で立たせてはおけない。次の一曲だけで構いません。貴女の微笑みが、悲しみで曇らぬよう。私に、その栄誉を」
アンネミーケは、兄の顔を一度見やり、兄の無言の頷きを確認すると、漸く決心したように、そっと白魚のような指先をリュシアンの掌に乗せた。
「……ありがとう存じます。……わたくし、今日という日を、一生忘れません」
会場の視線は、婚約者に置き去りにされた令嬢を憐れむものではなくなった。
素晴らしい令嬢を一人にし、公爵令息に同行の座を奪われるような、不徳で無能な婚約者への、冷ややかな嘲笑へと変わっていく。
ヨリスが自己陶酔に浸っている間に、社交界の頂点に近い公爵令息が、公式にアンネミーケの守護者としての立場を表明したのである。
夜会でのリュシアンによる庇護の衝撃が社交界を駆け巡った翌朝。
そんな激震など微塵も知らないヨリスが、看病疲れを滲ませた、どこか満足したような顔でアンネミーケの元を訪れた。
「アンネミーケ嬢、昨夜は本当にすまなかった。……でも、フェンテが君の寛大さに涙を流して喜んでいたよ。君が僕を快く送り出してくれたおかげで、彼女も少し落ち着いたようだ」
ヨリスは、アンネミーケの手を取ろうとしたが、アンネミーケはその手を静かに引いたのである。
空を切った手を見つめて、ヨリスは不思議そうに問いかける。
「……? どうしたんだい、そんなに黙って。……ああ、やっぱり一人は心細かったかな? でも、君は強い女性だ。公爵令息のリュシアン様も会場にいらしたんだろう? 彼のような高潔な方がいれば、不作法な輩に絡まれることもなかったはずだ」
ヨリスは、自分がを放棄した穴をリュシアンという巨大な存在が埋めたことを、何故か安心材料として語り出した。
彼はまだ噂の本質を知らないのだ、とアンネミーケは悲しい気持ちになる。
どこまでも自分本位だからこそ、自分の行いとその影響が見えていない。
「君なら分かってくれると信じていたよ」
アンネミーケの困ったような穏やかな笑みと沈黙を誤解したまま、嬉しそうにヨリスは頷く。
「今日も午後から見舞いに行く予定なんだ」
そんな独りよがりな告白の背後で、扉がバタンと開いた。
いつもより乱暴な開け方にアンネミーケが驚いて目を丸くする。
背後の扉から現れた伯爵とウェールズの顔には、ヨリスを迎えた時の苦々しさは消え、代わりに見たこともないほど晴れやかな、しかしヨリスに対しては氷のように冷ややかな微笑が浮かんでいた。
その手には、王家の紋章に次ぐ威厳を持つ、ブロイ公爵家の蝋封が押された書状が握られている。
「……ヨリス君、君に大事な話がある。昨夜の夜会ではリュシアン殿がアンネミーケを完璧に同行してくださった事は知っているね?」
ヨリスはキョトンとした後、笑顔で頷いた。
「ええ、先程もアンネミーケと話していたのです。リュシアン小公爵がいらっしゃるなら安心だったろう、と。僕も感謝しているんです」
「そうか。その公爵の目には君は婚約者を一人にする、不実な男と映っていたんだがな」
「ですが、アンネミーケ嬢には夜会には出ないと事前にお伝えしていたはずですが……」
困ったように微笑むヨリスに、伯爵は頷いた。
「娘から聞いているよ。お陰で娘は一人で夜会に出る羽目になったのだ。その結果を君は知る権利がある」
伯爵は、目の前の卓にその書状を机に置いた。
『昨夜、婚約者を放置し、看病という私情で公式な夜会を欠席する伯爵令息の無様な姿を拝見した。アンネミーケ嬢のような気高い女性を、そのような不実な男の隣に留めておくのは、我が国、延いては社交界の損失である。つきましては、現婚約の白紙撤回、および我が公爵家との新たな婚約を、早急に検討されたい』
書状の文を目で追っていたヨリスが、驚愕に目を見開いた。
「……えっ……? 公爵家が、アンネミーケ嬢と……?」
ヨリスは、感謝していたリュシアンが、自分を婚約者として不適格だと公式に断罪し、アンネミーケを強奪しに来たという事実に、ようやく血の気が引いた。
驚きに目を見開くヨリスを、どこまでも冷徹に、伯爵とウェールズは見下ろしている。
「まあ……。わたくし、昨夜のリュシアン様のお優しさは、同情心からくるただの建前だと思っておりましたのに。まさか、あの方がわたくしとの将来を真剣に考えてくださっていたなんて……」
アンネミーケもまた、驚いていた。
リュシアンが紳士として見過ごせないと手を差し伸べてくれた事には感謝している。
でもここまで、大袈裟な話になるとは思っていなかったのだ。
確かに舞踏は心地好かったし、彼の考え方も高潔で、頼りがいもあった。
でもそれだけだ。
その続きがあるなんて、想像してもみなかったのだ。
「……困りましたわ……突然の事でございますもの」
アンネミーケは、手にした扇をそっと胸元に寄せ、困惑を隠しきれない様子で目を伏せた。
社交界の頂点に君臨し、常に一線を引いて他者を寄せ付けないはずのリュシアン・ド・ブロイが、一夜の舞踏を経て、家門の名を冠して婚約の打診という最も重い意思表示をしてきたのだ。
その事実の重みと昨夜の温かさを思い出して、心臓の鼓動がわずかに早まるのを抑えられなかった。
「リュシアン様……。あの方は、わたくしの何をそこまで……」
昨夜の彼は完璧だった。
事前に許したとはいえ、ヨリスが放棄した場所に立ち、リュシアンはまるで騎士が弱き者を守るように、確固たる信念を持って周囲の目からアンネミーケを守ってくれたのだ。
足運びを合わせるたび、言葉を交わすたびに感じた、尊敬とほのかな甘み。
アンネミーケを強いから放置していい、と切り捨てる男とは対極にある、『君の気高さを守るのが私の矜持だ』と言い切るその強さ。
その心地よさは認める。
けれど、それはあくまで一夜の救済でしかないと。
「……アンネミーケ。お前、まさか……」
兄が、妹のあまりに純粋な困惑に気づき、言葉を失った。
伯爵もまた、娘がこの奇跡のような出来事に、打算ではなく一人の淑女として戸惑っている姿を見て、ヨリスへの怒りとは別の、静かな動揺を覚えた。
伯爵とウェールズにとっては、この書状は好機であり、救いでもある。
格上の公爵家と縁が出来るという家としての利だけでなく、不誠実な婚約者のヨリスを切り捨てる事が出来る武器。
同時にアンネミーケが突然の求婚に戸惑っているのもまた事実だ。
どんなに短い間であろうと不誠実な男に振り回された娘に、婚約を強要する事は出来ない。
だが、ヨリスに比べて素晴らしい縁談なのは確かだ。
「……アンネミーケ。お前が戸惑うのも無理はない。家の利を考えれば、公爵家の言う通りにするのが、お前と私達の未来の為になる。だが、私はその上でお前にも幸せになってほしいのだよ」
「お父様……」
涙を浮かべたアンネミーケが伯爵を見上げて、兄のウェールズにも視線を向ける。
ウェールズもまた力強く頷いた。
「だが、考えて欲しい。昨日夜会に出る前にここで話した言葉を。お前は冷たい女だと思われたくない、と。お前の同行にうわの空や嫌々付き合う男になど、お前を任せられん。昨日のリュシアン殿との時間はどうだった?お前を苦しめたか?」
「いいえ……いいえ、お兄様。とても……力強く安心致しました」
そう言ったアンネミーケの瞳からはらりと涙が零れ落ちる。
再び伯爵とウェールズは顔を見合わせた。
「ならば、それが答えだ。婚約をして、改めて交流をして彼を知るといい」
「待ってください……!僕はまだアンネミーケ嬢の婚約者です!!」
ヨリスの叫びに、伯爵は冷たい目を向けた。
「何の問題がある?君は婚約を解消すれば気兼ねなく幼馴染の看病が出来る。我が娘も夜会で一人にされる事は無い。四方丸く収まるではないか」
伯爵のその言葉はあまりにも正論で、ヨリスの必死の主張を無価値な騒音へと変えてしまった。
「……えっ……? な、何の問題がって……。婚約を、白紙にするというのですか!? そんな……看病を理由に、一方的に……!」
ヨリスは、自分の耳を疑った。
自分が慈悲深いと思って行っていた行動が、今や自分の首を絞めるための、解消の口実にすり替えられている。
「……一方的、だと?」
兄のウェールズが、嘲笑を隠そうともせずに鼻で笑った。
「ヨリス。お前が『看病があるから、アンネミーケの側にいられない』と言ったのだ。……ならば、お前のその崇高な目的を邪魔せぬよう、我が家が身を引いてやるのが、お前の言う優しさへの答えだろう? 公爵家との縁談が進めば、アンネミーケも一人で寂しい思いをせずに済む。……お前も、ご病気のウェーゼル男爵令嬢も、アンネミーケも、そして我が家も。全員が望むものを手に入れられる、完璧な解決策だ」
ヨリスは、ガタガタと膝を震わせる。
そんな物は望んでいなかった。
良家の伯爵令嬢で、優しく美しい白百合のようなアンネミーケを手放したくはない。
「……アンネミーケ! 君からも、何か言ってくれ! 僕は君を……! 昨夜のことは、ただの、ほんの一夜の過ちだったと……!」
「その前のお茶会で、ヨリス様は仰ったでしょう?ウェーゼル男爵令嬢が起き上がれるようになるまで側に居たいと。その望みを叶えて差し上げたいの」
アンネミーケが頬を涙で濡らしたままで放った、真っ直ぐな言葉。
それが、ヨリスにとっての致命傷となった。
声が出ないまま、はくはくと口だけ動かす。
ヨリスは、アンネミーケという美しく気高い婚約者を、当然のように自分の物だと思い込んでいた。
だからこそ、彼女の善意に甘えて放置して、幼馴染の看病という自分の美談に酔いしれていたのだ。
「……あ、アンネミーケ……。……違うんだ。そんな……そんなこと……」
ヨリスは、喉の奥からやっと絞り出すような声を漏らした。
アンネミーケとの婚約を終わらせたくなんてない。
だが、今さら看病はやめて君を選ぶなどと、どの面を下げて言えるのか。
自分がアンネミーケに押し付けていた、善意という名の盾が、実は自分を永久に追放する刃であったことに、彼はこの瞬間、ようやく気がついた。
「行こう、ヨリス。……アンネミーケを少し休ませてやりたい」
妹を気遣うウェールズの言葉に、ヨリスはのろのろと立ち上がる。
ヨリスが振り返った時、アンネミーケは立ち上がって見事な淑女の礼を執った。
俯いたままのアンネミーケの瞳を見る事が出来ないまま、ヨリスは背を押されて部屋から歩き出したのである。
ファン・デン・ベルフ伯爵邸を追い出され、逃げるように戻った実家。
その執務室で待っていたのは、氷のような眼差しで机に向かう実父、ハウトゥム伯爵だった。
「……父上、今戻りまし……」
言い切る前に、手近な置物がヨリスの足元で砕け散った。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのか! ブロイ公爵家から我が家に届いた書状を、今、読み終えたところだ!」
父は、怒りで顔を赤黒く染め、震える手で羊皮紙を叩きつけた。
『貴殿の息子が他家の令嬢の看病を優先し、婚約者を放置している醜態を拝見した。アンネミーケ嬢の尊厳を守るため、我が公爵家が彼女を迎える用意がある』
「公爵家にこれほどの宣戦布告をさせて、あろうことかファン・デン・ベルフ伯爵家から絶縁を突きつけられるとは!」
「ち、違うんです父上! 僕はただ、病に伏せるフェンテが不憫で……アンネミーケも望みを叶えたいと言って……」
「黙れ、この大馬鹿者が!!」
雷鳴のような怒声がヨリスを射抜く。
「アンネミーケ嬢は、お前の言葉通り、看病という自由を与え、自分はより高き場所へと羽ばたいたのだ。……これほど完璧な絶縁が他にあるか」
「父上、ですが……彼女を放っておくことは……」
「黙れ! 婚約者を同行せず、放置するのは相手の家に対する侮辱だ。そんな常識すら分からんのか! 病弱な娘を看病するのは勝手だが、そのためアンネミーケ嬢を放置した挙句に公爵家に奪われるなど、我が家にとってこれ以上の屈辱はない!」
父は、椅子から立ち上がり、ヨリスを軽蔑しきった目で見下ろした。
「良家の白百合を捨て、男爵令嬢に踊らされる無能など、我が家にはいらん。……ヨリス。お前がそこまで看病に人生を捧げたいというのなら、勝手にするがいい」
落胆したヨリスは、とぼとぼといつものように男爵家に向かった。
もうここには来れなくなるかもしれない、と思いながら。
「……ヨリス殿。よくぞ、いらっしゃいました」
玄関先でヨリスを迎え入れたウェーゼル男爵の顔は、怒りではなく、ひどく暗く、執念じみた色を帯びていた。
「男爵……。あの、父上が抗議の文を……」
「ええ、届きましたとも。我が娘が貴方を誘惑し、名門との縁を裂いた……と。……おかげで娘の評判は地に落ち、我が家は社交界の爪弾きです。まともな縁談など一生来ないでしょうな」
男爵は、ヨリスの肩を逃がさないように強く掴んだ。
「ですので、ヨリス殿。貴方には責任を取っていただかなくては。アンネミーケ嬢を捨ててまで、娘の看病を選んだのでしょう?ならば、今すぐ娘を妻に迎えると、伯爵様に誓っていただきたい。貴方が責任を取らねば、娘は、我が家は、ただの笑いもので終わってしまう!」
「えっ? 結婚……。でも、父上は許さないと……」
「伯爵様を説得するのは貴様の役目だ! 貴様が娘の側にいたいとアンネミーケ嬢に啖呵を切ったのだ。ならば責任を持って、この泥沼を最後まで引き受けろ! 娘を娶り、男爵家を後ろ盾として支えるのだ!」
奥の部屋からは、フェンテの咽び泣く声が聞こえてくる。
「責任を取って! 私を伯爵夫人にしなさいよ!」
病弱なフェンテにしては苛烈な、呪いのような執念に満ちた叫びだった。
「な、何を仰るんですか、男爵! 結婚なんて、できるはずがないでしょう!」
ヨリスは、自分を掴む男爵の手を振り払おうと、必死に声を荒らげた。
「フェンテは……彼女は、寝たきりで起き上がることもままならないほど、体が弱いんですよ!? そんな病弱な者を、伯爵家の正妻に迎えて、どうやって跡継ぎを残せというのですか!」
ヨリスがそう言い放ち、背を向けようとしたその時だった。
「待って。待ってください、ヨリス様!」
寝台から転げ落ちるようにして、フェンテがヨリスの足元に縋く。
先ほどまでの死にそうな弱々しさはどこへやら、その動きは驚くほど素早く、必死だった。
「わたくし、治りましたわ! 今、たった今、貴方のそのお言葉を聞いて、衝撃で……いえ、感動で、病が吹き飛んでしまいましたの!」
ヨリスが呆気にとられて見下ろすと、フェンテは顔を真っ赤にして、鼻息も荒くまくし立てた。
「見てください、この顔色を! 鼓動も力強いわ! わたくし、もう健康です。跡継ぎだって、十人でも二十人でも産んで差し上げられますわ! だから……だから、病気だから妻にできないなんて、そんな悲しいことは仰らないで!」
「……えっ? いや、でも君、さっきまで起き上がることも……」
「それは先程までの話ですわ! 今のわたくしは、アンネミーケ様よりも健康です! さあ、お父様も仰ってください、わたくしがもう元気だ、と!」
傍らにいた男爵も、娘のあまりに露骨な奇跡の快復に一瞬目を剥いたが、すぐに調子を合わせた。
「……お、おお! そうだ、ヨリス殿! 見なさい、この生命力を! これなら伯爵家の世継ぎも安泰だ! さあ、これで結婚できない理由はなくなりましたな!」
ヨリスは、目の前で繰り広げられる茶番と、あまりに健康そうに自分を離さないフェンテの握力に、底知れない恐怖を覚えた。
そして、悟る。
自分だけでは対処が出来ない事を。
「では……共に伯爵家へ参りましょう」
喜ぶ男爵父娘を連れて伯爵邸に戻ると、ヨリスは執務室へと足を踏み入れた。
「……父上。……すべて、お話しします」
ヨリスは、同行させたウェーゼル男爵親子を伴い、実父である伯爵の前に跪く。
その顔は、先ほどまでの迷いや甘えが消え失せ、死人のように青白く、しかし確固たる決意に満ちていた。
「何だ、ヨリス。……そして、なぜその者たちがここにいる」
父の冷徹な問いに、ヨリスは震える声で、一文字ずつ真実を吐き出した。
「僕は、この者たちの詐病に踊らされておりました。彼女は、病などではなかった。……僕を繋ぎ止め、アンネミーケとの縁を裂き、伯爵夫人の座を掠め取ろうと、親子ぐるみでわたくしを欺いていたのです」
「……っ、ヨリス様! 何を仰るの! わたくし、本当に苦しくて……!」
フェンテが慌てて取り繕おうとしたが、ヨリスはそれを一瞥もせず、父を見上げた。
「父上。僕は、この者たちの嘘を見抜けず、アンネミーケという最高に誠実な婚約者を、傷つけ、手放してしまいました。貴族としての常識も家門への責任も、すべてを捨てた僕に、もはやこの家を継ぐ資格などありません」
ヨリスは、床に額を擦り付けた。
「どうか、僕を廃嫡してください。この者たちとの縁を断ち切り、不始末のすべてを僕一人の身で引き受けたいのです。このままでは、僕は一生、自分が許せない」
「……ヨリス……貴様……!」
男爵が絶句し、フェンテは廃嫡という、自分が最も欲していた伯爵夫人の座が消滅する言葉に、悲鳴のような声を上げた。
父である伯爵は、沈黙の中で息子を見下ろす。
「……医師を呼べ。今すぐだ」
伯爵の低く、地鳴りのような声が執務室に響き渡る。
その命を受けて、家令が出て行った。
ヨリスの決死の告白を受け、父は息子を怒鳴りつけることさえ後回しにし、この場にいるウェーゼル男爵親子という毒を、一刻も早く徹底的に排除するための行動に出たのだ。
「な、何を……! 医師など、わたくし、もう元気になりましたから必要ございませんわ!」
フェンテが顔を真っ青にして後退りしようとしたが、控えていた従僕たちにその細い腕をがっしりと掴まれた。
「我が家のお抱え医師は、教鞭を執るほどの男だ。……本物の病か、それとも家門を揺るがす詐欺か。その白黒を、今ここでつけてやろう」
「……っ、伯爵様! これはあまりに無体な……!」
男爵が震える声で抗おうとしたが、伯爵の氷のような眼差しに射抜かれ、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
まもなく現れた老医師は、フェンテの脈を取り、瞳孔を確認し、一通りの診察を終えると、深い溜息と共に告げた。
「伯爵殿。この娘の体に、重篤な病の痕跡など微塵もございません。……むしろ、これほど健康な血色をした病人など、わたくしは見たことがありませんな」
「……やはりか」
父は、ぐったりと動かないヨリスを一瞥もせず、男爵親子を冷徹に見下ろした。
「ウェーゼル男爵。貴殿らは病と偽り、我が家と我が息子を欺き、婚約に亀裂を入れ、伯爵夫人の座を狙った。……これは単なる不実ではない。伯爵家を狙った、明白な詐欺だ」
父は、机の上の書類を激しく叩きました。
「即刻、貴殿らを告訴する。娘の不名誉な醜聞を恐れるどころではない。家門ごと、法廷でその罪を償わせ、社交界から永遠に追放してやろう。……連れて行け!」
騎士達に引きずられていくフェンテの悲鳴と、男爵の絶望的な叫びが廊下に消えていく。
ヨリスの告白と、父の迅速な決断によって、男爵家は詐病に詐欺という破滅へと突き落とされた。
残された親子は暫し、沈黙の中佇む。
「お前は望み通り廃嫡とする。働く先が見つかり次第この家を出るがいい。期限は一年だ」
「はい……父上……」
柔らかな陽光が注ぐ庭園で、アンネミーケはリュシアンと向かい合っていた。
そこへ届けられたのは、かつての婚約者、ヨリスが自ら廃嫡を願い出たこと、そしてウェーゼル男爵家が詐欺罪で訴えられたという、あまりに重い結末だったのである。
「……そうですか。……ヨリス様が、ご自分で」
アンネミーケは、手にした茶器を静かに置いた。
その瞳に宿ったのは、かつて信じようとした相手が騙され、落ちぶれていった事への静かな哀惜だった。
「アンネミーケ嬢。……君は、彼らを恨んではいないのか?」
リュシアンが、穏やかな柔らかい眼差しで、アンネミーケを見つめて問うた。
アンネミーケは、少しだけ困ったように、穏やかに微笑んで首を振る。
「いいえ、リュシアン様。……恨むよりも、ただ……あの方が、騙されていたのだと思うと胸が痛みますわ。……わたくしも、病弱な方を差し置いてはいけないと思っておりましたので」
アンネミーケの言葉は、ヨリスの愚かさを笑うのではなく、救いたいという気持ちを利用されていたという事実を、ただ悲しく受け止める言葉だった。
その品性にリュシアンは優しく微笑む。
夜会でもそうだった。
普通なら名誉を傷つけられた、恥をかかせたと怒るだろう。
嫌味の一つでも言うところだが、アンネミーケは自分がそうしてほしいと言ったと健気に婚約者を守っていた。
その後の舞踏の誘い。
格上の家門の令息が誘ったなら、飛びつくように応じる令嬢の方が多い。
それを悪いとは言わないが、彼女は違った。
婚約者がいる事を口にして一度は断り、付添人の兄に確認をした上でリュシアンの手を取ったのだ。
リュシアンがアンネミーケを選んだのは、その心根の清さと強さ。
凛と咲く白百合の如き美しさ。
「……君は、どこまでも清らかな人だ。ただ彼の望みを叶えようとした。その結果がこれだとしても、それは君の罪ではない。君は、自分の誇りを守り抜いたのだから」
リュシアンは、アンネミーケの細い指先に、そっと自分の手を重ねた。
そこには、一人の女性の気高さを心から尊重し、守り抜こうとする、誠実な男の熱量だけがあった。
「ありがとう存じます、リュシアン様。わたくし、漸く……本当の意味で、前を向けるような気がいたします」
春の庭に優しい風が吹き抜けて、二人の髪を揺らした。
今回は詐病ですが、病気だとしてもやっぱりこの二人は別れたと思います。父と兄が許さないので。今回は大人しい女子でした(めずらしく)バレンタインとホワイトデーのチョコがなくなってしまったので、メロンのチーズ食べてます。もぐもぐ




