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第三十二話 脱出

「え~~~!?」


 俺は驚き、仰け反った。


 リリーサは、そんな俺を冷めた目で見つめる。


「何よ、文句でもあるって言うの?」


「いやいやいやいや、それはマズいでしょう。いくら何でもさ」


「何がマズいのよ。宮殿を抜け出すなんて、どうってことないわよ」


 確かに。


 そもそも俺がリリーサと出会ったのは、彼女が宮殿を抜け出し居座っていた上級ダンジョンの最下層でのことだった。


「いや、でもさあ、やっぱマズいって――執務はどうするのさ?」


「大丈夫よ。わたしは書類にサインするだけだもの。わたしがいない間は、内政官の誰かが代行者となってサインをするから、わたしがいなくても特に問題は起こらないのよ。そうしていつもやってきているんだから間違いないわ!」


「何を自信持って言い切っているんだよ。それは確かにそうなのかもしれないけどさあ。やっぱりマズいって。それに勝手に抜け出したら、後で怒られるのは俺だと思うんだよね」


「そうなったら、わたしが取りなしてあげるわ」


「いや、何だよそれ」


「いいから!ほら!善は急げって言うじゃない!」


 リリーサはそう言うと、颯爽と椅子から立ち上がった。


 そして窓際まで早足で移動すると、思いっきり良く窓を開け放つ。


「さあ、ここから出るわよ」


 リリーサは言うなり、素早く身を翻して窓の外へと出た。


 たぶん、いつもこうやって抜け出しているんだろうな。


 すごく手慣れているし。


 だとしたら、俺もそんなに怒られないかな?


 だっていつも抜け出しているわけだからな。


 ならいいか。どうせ止めたって無理だし。


 仕方がない。覚悟を決めるとしよう。


 俺はひとしきり考えをまとめると、大きなため息を一つ吐いてリリーサの後を追った。





「ふふふふふ。このわたしが抜け出せない牢獄なんてないのよ!」


 リリーサは宮殿を抜け出し、近くの森までやってくると、安心したのか腰に手を置き、胸をそびやかして力強く言い放った。


 牢獄って何だよ。


 宮殿だよ?しかも滅茶苦茶住みやすい最高の宮殿じゃないか。


 でもなあ、王女様ともなると色々気苦労があるのかなあ。


 俺はそんなことをつらつらと思っていると、リリーサが俺の顔をのぞき込んで言った。


「どうしたの?さっさと行きましょう」


 俺はうなずき、返答した。


「そうだね。もう今更色々考えたって仕方がない。行こうか」


「うん!行こう!」


 リリーサは高らかに宣言すると、力強く手と足を振って歩き出した。


「いやリリーサ、そっちじゃない。こっちだよ」


 俺は勝手に変な方向に歩き出したリリーサを止めると、ここから一番近くにある町の方向を指し示した。


 リリーサはくるっと身体を回転させて軌道修正した。


「あらそう。こっちね。じゃああらためて!行くわよ!」


 リリーサは宣言をし直し、町に向かって意気揚々と歩き始めた。






「へえ、ここは来たことがないわね。町の規模は小さいみたいだけど、それなりに栄えているじゃない」


 宮殿から一番近いイリカの町にたどり着くと、俺はリリーサと共に町並みを練り歩いた。


 リリーサは興味深そうに町並みを見渡す中、俺はギルドがないかと探していた。


 すると遠くの方に、ギルドの看板が掛けられているのが見えた。


「あそこにギルドがあるみたいだ」


「あら、そう。じゃあ行きましょう」


 俺たちはてくてく歩いて、町の中心部に位置するギルドへ到着した。


 俺は初めて訪れるギルドのため、少しだけ緊張したものの、中に入ってみると見慣れたギルドと大して変わらなかったため、安堵した。


 ギルドのおっさんがカウンター越しに、俺たちに向かって声を掛けてきた。


「おい、そこの小僧共。ここはギルドだ。子供の遊び場じゃないぜ」


 ギルド内にいた冒険者たちから、あざ笑う声が上がる。


「そうだそうだ。ガキはとっとと帰んな」「そうそう、お家帰ってママにミルクでももらうんだな」


 はいはい。いるね。こういう奴ら。


 どうやらこの町の冒険者たちは質が低いらしい。


 それもこれも、このギルドのおっさんの質が低いせいなのかな。


 その時、俺はリリーサの顔が、鬼の形相になっていることに気付いた。


 マズい。それはマズい。こんなところで殺戮劇を起こさせるわけにはいかない。


 俺は慌てて言った。


「俺は冒険者だ。ちゃんと登録もしている。これだ」


 俺はそう言って懐から冒険者認定証を出して、おっさんに見せた。


 おっさんは鼻でせせら笑いながらも、一応認定証を受け取った。


 俺は、真っ赤な顔をしているリリーサを小声でなだめる。


「我慢、我慢。怒っちゃだめだよ。落ち着いて」


 おっさんはさも面倒臭そうに、手元にあるリストと照合し始めた。


「ん~と、名前はアリオン・レイスか。ああ、一応あるな。うん?パーティー名が付いていないな?」


「そういえば、あの時付けておくのを忘れていたな。でも問題はないでしょ?パーティー名は必須ってわけじゃないんだし」


 おっさんはまたも鼻で笑った。


 俺は、リリーサが暴れ出さないかとヒヤヒヤしていた。


 すると突然、おっさんの顔が青ざめた。


「お、お前――これ――そんな――」


 ようやく気付いたか。


 よかったよ。リリーサが暴れ出す前でさ。


 冒険者たちは、おっさんの様子に気付き、声を掛ける。


「うん?どうした?何かあったのか?」


 おっさんは顔を上げ、完全に真っ青となった顔で言った。


「例の剣聖と大賢者のパーティーだ」


「はあ?何だって?」


 おっさんの声は小さく、聞こえなかったらしい。


 そのため冒険者は近づき、おっさんに顔を近づけた。


 するとおっさんが、途端に大声で叫んだ。


「レイナ・ベルンとネルヴァ・ロキのパーティーだって言ってんだよ!」


 近付いた冒険者は運悪く、耳元で怒鳴り声を聞いたため、その場でもんどりうってひっくり返った。


 だが他の冒険者たちには良い具合で聞こえたらしく、皆一斉に立ち上がった。


「「「何だと!?」」」


「ほら!これ!見てみろ!」


 おっさんはリストを冒険者たちに向けて見せた。


 今度は冒険者たちの顔が青ざめる番となった。


 俺は一つ大きなため息を吐くと、満足そうな顔をしたリリーサと視線を合わせ、微笑み合った。

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