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第三十一話 修行中からの

 あの恐るべき暗殺計画の日から、早くも二月ほどの月日が流れた。


 俺はこの間、ただひたすら修行の毎日を送っている。


「――1――2――3――」


 俺は先程から宮殿の裏庭で、修行用の太く重い木剣を振るっている。


 この二ヶ月間で、筋肉もだいぶ付いた。


 初めの頃はこの木剣を、振うことはとてもではないが出来なかった。


 だが今は、楽々というほどではないものの、何度も強く繰り返し振りきることが出来るようになっていた。


「――19――20!」


 俺はノルマの二十回を振り切ると、大きく息を吐いて木剣を地面に置いた。


 そしてコップの水を一息に飲み干し、また大きく深呼吸した。


 すると召使いがすぐに持っている水瓶を傾けて注ぎ、コップの水を満たした。


「さて、もう一度――1――2――」


 俺は再び木剣を手に取り、二セット目に取りかかった。


 ちなみに今、俺の目の前にはリリーサはいない。


 リリーサの直々の修行は、すでに先程終えている。


 だからこれは、自主練だった。


「――19――20!」


 二セット目をやり終えた俺は、またも木剣を地面に置くと、今度は水を飲まずに空を見上げた。


「ふう、良い天気だ」


 この宮殿での生活は非常に心地よく、皆がとてもよくしてくれる。


 そもそも王女様がそう仕向けてくれていたのもあるが、やはりあの暗殺事件で活躍したのが大きい。


 母さんも、気持ちよく毎日を過ごしているようだ。


 王女様付きの御典医が診てくれているのもあってか、身体の調子も大変良く、いつも笑顔に溢れている。


 俺としてもうれしく、大変に有り難い。


 だが一つだけ、気掛かりなことがある。


 あの暗殺計画の首謀者が、今だ(よう)として知れないのだ。


 そのためネルヴァとレイナは、計画の全貌を解明しようと、このところいつも不在であった。


 ちなみに暗殺者たちを手引きした内通者は、ごく最近雇い入れた者たちばかりであったらしく、すでに霧のように消え失せていた。


 そのため手掛かりと言えるものはほとんどなく、ネルヴァたちもお手上げ状態だと聞いた。


 果たして、敵の正体は何者なのか?


 メリッサ王国と敵対する外国の仕業なのか?それとも国内の勢力争いによるものなのか?


 聞くところによると、メリッサ王宮内部の(いさか)いは、かなりきな臭いものがあるらしい。


 つい先日、王族の末端に連なる人物が、原因不明の死を遂げたとも聞く。


 となれば外国勢力の暗躍よりも、こちらの方が可能性は高いのかも知れない。


 そもそも、何故あの日、奴らは襲って来たのか。


 あの日は、王女がダンジョンから戻った翌日だった。


 どうも慌てて計画を実行したように思えてならない。


 となれば、敵には切羽詰まった事情でもあったということだろうか?


 俺はそんなことをつらつらと考えながら、大きなため息をひとつ吐いた。


 残念ながら全ては謎に包まれたままであり、俺の心の平安が訪れるのはまだだいぶ先のことと思われた。


 だがそんな時、俺はあることを失念していたことに気付いた。


「しまった。あまりにもここでの生活が快適過ぎて忘れてた」


 俺はすかさず踵を返すと、リリーサ王女のいる居館に向かって駆けだした。





「おや、アリオン。何しているんだい?もう修行は終わったんじゃないのかい?」


 俺が公爵の間に続く次の間に顔を出すと、メイド長のマデラが笑顔で声を掛けてきた。


「修行自体は終わったよ。だけど、実は王女様に話すことがあったのを忘れていてね。それでここに来たってわけ」


「そうかい。王女様なら今、執務の間の休憩中だから丁度いいわよ。ちょっと待ちなさい」


 マデラはそう言うとつかつかと歩いていき、俺が破壊したことにより新たに設置された頑丈そうな大扉を力強くノックした。


 そして大扉に備え付けられている小窓をぱかっと開き、言った。


「王女様、アリオンが参っております」


 小窓を通して、リリーサの可愛らしい上気した声が聞こえる。


「あら、そう。通して」


「かしこまりました」


 マデラはそう言うと、大扉を力強く開き、俺を招き入れてくれた。


 俺はマデラに一礼すると、開いた大扉を通り、執務机に備え付けの大きな背もたれが付いた巨大な椅子に座ったリリーサの元へと向かった。


 そしてリリーサの前でピタリと立ち止まると、胸に手を当て丁重に腰を折って挨拶をした。


「王女様、お願いがあって参上いたしました」


 俺たちはこの二ヶ月でだいぶ仲良くなったとはいえ、相手はあくまで王女様であり、他のものが見ている場合は正統な礼儀に則った接し方をしていた。


 そのためリリーサも、王家の流儀通りに型どおりの挨拶でもって返した。


「そうか。ならば言うてみると良い」


 その時、背後で大扉が閉まる音がした。


 するといきなりリリーサが椅子からポンと足を投げ出し、言った。


「あ~、窮屈ね。アリオン、崩していいわよ」


 俺は苦笑した。


「マデラさんも礼儀にはうるさいからね。こればっかりは仕方がないよ」


 俺はこの二ヶ月の間で、二人っきりの時に限ってはリリーサとタメ口で話すようになっている。


 もちろん、リリーサからの求めに応じてだ。


 あ、それと二人っきりとはいっても、ネルヴァとレイナの前ではタメ口だ。


 あの二人はまあ、特別だからね。


「ところでお願いって何?」


「そうだった。いや、実は忘れていたことがあって」


「何を忘れていたの?」


「実は俺は冒険者ギルドに登録をしているんだけど、ギルドにはノルマがあって、一定期間の内に決められた数の依頼をこなさないといけないんだ」


「へ~。そのノルマをこなせなかったらどうなるの?」


「冒険者登録を解除されちゃうんだよ」


「ふうん、それで?だからどうだって言うの?」


「いや、一回解除されちゃうと、再登録は中々難しいんだよ、だから」


「いや、そうじゃなくて、貴方はどうしたいのよ?」


「依頼を受けに行こうと思う」


「ふ~ん、でもそれって、すぐにこなせるってものじゃないわよね?」


「そう。そうなんだよね。今は修行中の身だし。でもそこを何とか!冒険者になるのは俺の夢だったんだ!」


 それを聞いたリリーサは、満面の笑みを浮かべた。


「いいわ!」


「本当!?」


 喜ぶ俺に、リリーサはニヤリと笑って言う。


「ええ、本当よ。そのかわり、わたしも一緒に行くわね。だってそうじゃなかったら、修行が出来ないものね」

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