第十四話 おもちゃ
「わたしがこれから、貴方を鍛えてあげる。いいわね!」
そう言ったリリーサの瞳は、新しいおもちゃを見つけて喜ぶ少女の如くキラキラと輝いていた。
ああ、これたぶんダメなやつ。
これに同意したら、俺は恐らく当分の間この王女様のおもちゃになってしまうだろう。
俺は意を決して、断りをいれようとした。
「あ、いや、別にそれは大丈夫かと」
「はあ?何で大丈夫って思えるわけ?だって貴方、見るからに細っちいし、腕力なさそうじゃない」
「いや、それは確かにそうなんですけど。い、いやそういうことじゃなくてですね。わたしはまだ齢14の子供なもので」
「だから、はあ?14だからどうしたっていうのよ。わたしだって15歳よ。貴方と一つしか違わないけど、腕力あるわよ。しかも女子だし」
これはまずい。実にまずい展開だ。なんとかこれは回避しないと。
俺はわらにもすがる思いで、ネルヴァを見た。
あんにゃろう、素知らぬ顔でそっぽ向いていやがる。
レイナは、と。やっぱりね。これまたそっぽを向いている。
まずい。これは本格的にまずいぞ。なんとかこの窮地を脱しなければ!
「あ、あの、わたしも無論、王女様のご厚意は大変ありがたく思っているのですが、鍛えていただくとなると、わたしも宮殿に行かないといけないわけですよね?」
俺はゆっくりと立ち上がりながら言った。
リリーサは、もうこれは彼女の癖なのだろう、またもあごに指を当てて考え込んだ。
彼女は結論を出すなり、俺に対して笑顔でうなずいて見せた。
「そうね。わたしと同じところにいてくれないと鍛えてあげられないし、さすがにいつまでもここにいることは出来ないから――そうね!そうしましょう。貴方も宮殿に住むといいわ。わたしがもちろん部屋を用意してあげる。そしてもちろん、ちゃ~んと鍛えてあげるから安心しなさい」
「え?あ、いや、そうじゃなくてですね。宮殿に行くのはちょっと無理と言いますか――」
「何でよ?何で宮殿に行くのが無理なのよ」
「そのう、わたしの母が病気を患ってまして、なので長いこと家を空けるわけにはいかないのです」
これは本当の話。
俺の母は持病持ちで、すぐにどうにかなるような重病ってわけじゃないが、何日も家を空けられる感じでもない。
宮殿はアルト州の中心部にあって、俺の家からはかなり遠い。
馬車で半日かかるかってくらいだから、家から宮殿に通うなんていうのは無理があった。
「貴方のお母様は、ご病気なの?」
リリーサがひどく心配げに俺の顔をのぞき込みながら言った。
「ええ、まあ」
「大変なご病気なのかしら?」
「いや、まあ重病って訳ではないんですけどね」
「移動とかは出来るくらいなの?」
うん?移動?歩いたり出来るかってことか?
「ええ、まあ。少し歩くくらいでしたら、出来ます」
リリーサ王女は、俺の目の前でパンッと大きな音を立てて手を叩いた。
「よかった!それだったら宮殿に来られるわね?もちろん馬車は用意するわ。部屋もよ!」
…………え?
「それから、良い医者も付けてあげられるから安心して!」
…………え?
「さあ、そうと決まれば出発よ!ネルヴァ!」
「はい」
あんにゃろう、胸に手を当ててかしこまってやがる。さっき俺が助けを求めた時は、そっぽを向いていたくせに。
「レイナ!」
「は!」
こいつもだ。ずっと知らんぷりしていたくせに。なにが、は!だよ。現金にもほどがあるじゃないか。
「そして、アリオン!」
リリーサが有無を言わさぬニンマリ笑顔で、俺をしっかりと見つめている。
ダメだ。万事休すだ。諦めるしかない。
「はあ」
諦念たっぷりの俺の浮かない返事であったが、リリーサは至極満足げな笑みを浮かべた。
「さあ、宮殿に帰るわよ!」
「はい」「は!」「はあ」
リリーサはニンマリした笑顔でくるっと踵を返し、さっさと部屋を出ていった。
残された俺は、恨めしそうな視線をネルヴァたちに送るも、彼らは一切視線を合わせなかった。
「面目次第もございません」
親衛隊の隊長が、ネルヴァに対して申し訳なさそうに言った。
彼ら親衛隊員はネルヴァの回復魔法によって目を覚まし、意気揚々と帰り道を突き進むリリーサの後を、俺たちと共に付き従っていた。
「いつもながら、お二方にはご迷惑をおかけ致します」
今度は親衛隊の副隊長が、これまた申し訳なさげに言った。
可哀想に。彼らも苦労のしっぱなしなんだろう。何せあの王女様だからな。
だがそれより何より、俺の今後だ。
どうすればいい?本当に一緒に宮殿に行く羽目になるのか?
確かに宮殿に住むことは、メリットも多いだろう。
母さんを良いお医者さんに診せてあげられるというのは、中でも最大のメリットだ。
母さんは別に寝たきりとかではないけれど、時に発作を起こして長い時間咳き込んだりすることがあった。
そんな時は本当に苦しそうだったし、水を飲ませたり、背中をさすってあげたりしないといけなかった。
これまで冒険者をやっている上で、何日も家を空けざるを得ない時なんかは、ご近所の方たちによろしくとお願いしてはいたものの、いつも後ろ髪を引かれる思いだった。
だけど宮殿にお世話になれるんだったら、そう言った心配はしなくてすむことになる。
だがしかし、デメリットも大いにあるだろう。
その最大要因は、当然あの王女様だ。
俺がまだ剣技魔法を扱えないと知った時の、あの目。
キラキラと輝かせていた、その瞳。
どう考えても俺は、彼女の新しいおもちゃとなるだろう。
はあ……。
俺の前途はどうなるのやら。
せっかく神力を解放してもらい、全ての魔法を習得したというのに、何故?
俺は暗澹たる思いを胸に秘め、ダンジョンの階段を一歩一歩昇っていった。




