第十二話 義務
「くっそ――――――!!」
リリーサ王女の悔しそうな叫び声が、広大な室内に轟く。
俺も同じように叫びたい気分だよ。
ていうか、さっき実際に叫んだし。
「王女様、くっそーなんて言葉は品がありませんよ」
ネルヴァは冷静に言い放った。
「うるっさい!」
「それもいい言葉使いではありません。改めてください」
「ふんっっ!!」
リリーサ王女はあらん限りの力を込めて、そっぽを向いた。
気持ちはわかる。
俺もフンってそっぽを向いてやりたい気持だよ。
「それにしても、あまりにも予想通り過ぎて少し笑ってしまいましたよ」
ネルヴァの言葉に、敏感にリリーサ王女が反応する。
「何がよ!」
「いえね、あなたが囚われたと聞いた時、それはなかなかに凄いことだなあと一瞬は思ったんですよ。ですがあなたほどの人が最上級ダンジョンならばともかく、たかが上級ダンジョンの魔物如きに囚われるとは思えません。それで詳しく話を聞いてみましたところ、なんと魔物が身代金を要求してきたというじゃありませんか。おかしいでしょう?魔物が身代金なんて、普通は請求しませんよ。ですからその時点で、わたしはピンと来たってわけです」
「ふん、だからなんだと言うのよ」
「このようないたずらはいい加減おやめください。貴方はメリッサ王国の第二王女であると同時に、ここアルト州の領主なのですよ?貴方にはここを治める義務があります。それを放棄してはいけません」
「うるさいわねえ。わたしは内政なんかに興味はないわよ」
「興味の有る無しを言っているのではありません。義務を負っていると申し上げております。貴方にはアルト州の領民の生活を守る厳然たる義務があるのです」
「そんなこと言われても、わたしは知らないわ」
「知らぬでは済まされません。義務は果たさなければならないのです」
「い・や・よ」
リリーサ王女は自らの十本の指を駆使して顔を思いっきり変形させ、これ以上ないくらいに憎たらしい顔をして言った。
これにはさすがにネルヴァの頬は引き攣った。
俺は騙されたとはいえ、さすがにこれはネルヴァが気の毒だと思った。
なるほどね。これだからネルヴァたちは乗り気じゃなかったってわけか。
しかし、噂以上のやんちゃ王女だな。
これ全部イタズラなのか。驚くね。
そこでふと視線を感じた俺は、顔を上げて視線の主を見た。
俺を見ていたのは、そのリリーサ王女だった。
「えっと~、何か?」
「勝負しなさい!」
「いや、勝負はもうつきましたよ」
「ダメよ!もう一度よ!」
「いや、もう一度やったって結果は一緒ですよ」
「何ですって!そんなことやってみなければ判らないじゃない!」
怒り心頭に発した様子のリリーサ王女に、俺は困り果てた。
そこでネルヴァを見ると、ゆっくりとうなずいている。
そのうなずきは、そう言う意味だよね。
俺はネルヴァにうなずき返すと、リリーサ王女に向かって言い放った。
「いえ、判ります。何故なら俺は本気を出していなかったんですから」
「嘘を付きなさい!」
間髪を入れずに、リリーサ王女が突っ込んできた。
俺は一つ軽く咳払いをすると、至極丁寧にご説明申し上げた。
「リリーサ王女、貴方は先程わたしに対して、何故アクアしか使わないのかとお尋ねになりました。そうですね?」
「したわ。したけど、それがどうしたっていうのよ」
「わたしがアクアしか使わなかった理由は、そちらにいるネルヴァにアクア以外は使うなと言われていたからです。それは無論、王女様を必要以上に傷つけないためです」
リリーサ王女は口を尖らす。
「じゃあ何、貴方はアクア以外にも使えるって言いたいの?」
「そうです」
「何が使えるのよ。言ってみなさい」
「そう言われましても――」
「何よ、本当は使えないんでしょう」
「違いますよ、使えます。わたしは全部使えるんです」
見ると、リリーサ王女の眉間に深い皺が寄っている。
明らかに疑っているな。
「本当ですよ。全部ネルヴァに伝授してもらいましたから」
すると俺の言葉を聞いて、リリーサ王女がバッと勢いよくネルヴァに顔を向けた。
「本当に?」
ネルヴァはゆっくりと首肯した。
「本当です。わたしが知る限りの魔法を、全てアリオンに伝授いたしました」
「本当に!?本当に本当の全部?」
「ええ。本当に本当の全部です。しかもレイナの剣技魔法も、全て伝授済みです」
リリーサ王女は大きく目を剥いて驚いた。
「な、なんですって!ネルヴァとレイナの魔法を全部ですって?」
リリーサ王女はワナワナと震えている。
やっぱりそうだよな。俺みたいな奴に大賢者と剣聖の魔法を全部伝授されたと聞いたら、そりゃあ驚くよな。
「あ、貴方は一体、何者なのよ?」
驚愕の表情で俺に問い掛けている。
何か、もの凄いショックを受けているな。
出来ればショックを和らげる言い方をしてあげたいが、どう言ったらいいか判らない。
俺がそう考えて言い淀んでいると、レイナが代わりに言った。
「そいつは、ついさっきまでいじめられっ子の落ちこぼれだった奴だ」
リリーサ王女の頬が大きくビクンビクンと引き攣っているのが、俺の目にも判る。
まあ、確かにそうだけど。いじめられっ子の落ちこぼれだったけど。
それって、今言う事じゃなくね?
少なからず傷ついた俺だが、それ以上に心折れた様子のリリーサ王女に、同情を禁じ得なかった。




