第十一話 仮面
俺は、奴の言葉の意味がわからなかった。
「俺は、別に舐めてなんかいないぞ?」
だが奴は鉄仮面の奥の瞳で、俺を強烈に睨み付けている。
「ならば、何故アクアしか使わないんだ?」
「それは……」
俺は思わず言葉に詰まった。
無論、アクアしか使わないのはネルヴァと約束したからだが――
本当にこのままアクアだけで戦うべきだろうか?
俺は、自問自答した。
こいつは強い。紛れもなく強い。
このままアクアだけでは勝てるかどうかわからない。
実際、これまで防戦一方だ。
どうする?
アクア以外も使うべきだろうか。
いや!ダメだ。俺は約束したんだ。
約束をした以上、それを破るわけにはいかない!
俺は決意を新たにして、叫んだ。
「お前には関係ない!」
「何だと?舐めおって、後悔させてやる!」
すると、またも奴の姿が忽然と消え失せた。
だがだいぶ慣れたのだろうか、すぐに目の端に捉えることが出来た。
しかしその速さはやはり異常なレベルであり、目で追うのがやっとだった。
今は横にジグザグに動いているが、必ず最後は突っ込んでくるはずだ。
その瞬間を見極めろ。
それが勝負の分かれ目になる。
俺は意識を一点に集中させ、ただ敵の残像を追いかけた。
するとついに、その時が訪れた。
来た!
奴が真っ正面から突っ込んでくる!
俺は意識レベルで考えるまでもなく、ほとんど反射的に構えた。
そしてこれも意識せずに、自然と唱えた。
「アクア」
だが奴はアクアが当たるすんでの所で、上方へと飛び上がった。
しかし今度はそこで剣技ではなく、奴は紅蓮の炎を繰り出して襲いかかってきた。
俺は咄嗟にアクアの方向を上へ向け、紅蓮の炎に対処した。
空中でぶつかる爆裂炎と暴水流。
だが奴の最後の手は、やはり剣技であった。
上からの紅蓮の炎を囮として、身体を潜らせ、下から斬撃を繰り出してきた。
そこで俺は、思わずニヤリと微笑んだ。
何故ならば、実のところこの攻撃を読んでいたからだ。
だから、その対処のためにあることをしていた。
それは、先程のアクアを左手一本で繰り出したことであった。
そう、つまり今、俺の右手は――
「アクア!」
そう叫ぶなり、俺の右掌からうなりを上げて暴水流が吹き出した。
最大出力で放った右手一本のアクアは、奴の鉄仮面に直撃して弾き飛ばしつつ、その身体ごと遙か彼方まで吹き飛ばした。
終わった。
俺がホッと一息、安堵のため息を吐いていると、伽藍洞の空間に大きな拍手が鳴り響いた。
拍手の方向を眺め見ると、そこにはいつの間にやらネルヴァとレイナの姿があった。
「お見事です。わたしとの約束通り、アクアのみで倒しましたね」
ネルヴァが満面の笑顔で言う。
傍らのレイナも、顔をほころばせている。
「さすがだな!やはりお前は凄い奴だ!」
俺は凄まじい激闘の後だけに、誇らしげな気持で二人の言葉を素直に受け取った。
その時、床に突っ伏して倒れていたラスボスのうめき声が聞こえた。
俺はギョッとして見た。
だが戦い疲れからか、よく見えない。
しかしどうにか目をこすってようく見ると、奴は自らの剣を杖代わりにして、よろめきながらも立ち上がろうとしていた。
そのラスボスに向かって、ネルヴァは陽気に声を掛けた。
「貴方の負けですよ」
すると奴は、間髪を入れずに叫んだ。
「うるっさい!まだ負けてなんかいない!」
先ほどまでとは異なる、甲高い女の声が響いた。
ネルヴァは、そんなラスボスにむかって冷徹に言い放った。
「どう見ても貴方の負けです。どうか素直に認めてください」
言葉は冷厳なものの、その態度はうやうやしく、ネルヴァは胸に手を当てていた。
うん?おかしくないか?あれ?鉄仮面が取れてる。俺のアクアで取れたのか。
え?か、可愛い!滅茶苦茶可愛い女の子じゃないか!え?なんで?どういうこと?
俺がパニクっていると、彼女は怒りの沸点に到達した顔つきで怒鳴り散らした。
「断わるっ!そんなこと、わたしは絶っっっ対に認めないっっっ!認めるものかっ!」
「認めないと仰られても、現実問題として、貴方はフラフラで立ち上がることもままならないじゃないですか」
「うるさい!だったらわたしの体力を回復してよ!大賢者なんでしょう?だったらすぐにわたしを全快に出来るはずじゃない!」
「無論、そんなことはお安いご用です。ですが、わたしの手を借りるということは、負けをお認めになるということでよろしいですね?」
彼女は途轍もなく悔しそうに歯ぎしりした。
「ぐぬぬぬぬぬ――――――!」
俺はそこでようやく悟った。
この魔物ならぬ女の子の正体を。
「あのう、もしかしてこちらのお方は――」
ネルヴァはしれっとした顔で言った。
「貴方の推察通り、こちらのお方はメリッサ王国の第二王女にして、アルト州を治めるアルト公爵を兼ねられます、リリーサ・アルト・メリッサ王女にあらせられます」
俺は予想通りの名前ではあったものの、そのとんでもない肩書きに恐れをなし、大いにうろたえた。
「じゃあ、あの魔物たちは――」
俺のさらなる問いに、ネルヴァはやはりしれっと答えた。
「あれは王女様の親衛隊のみなさんです。そういえばみなさん、なにやら骸骨の仮面を被っていましたね。何故でしょうか?」
あまりにも白々しいネルヴァの言葉が、煌びやかで伽藍洞な室内に響き渡った。
「仮面――」
俺はあまりのことに膝から崩れ落ちた。
そして膝から先を横に大きく開き、女の子座りとなって呟いた。
「そ、そんな、嘘つき」
ネルヴァは心外そうに返答した。
「人聞きが悪いですね。我々は嘘なんて付いていませんよ。ただ、言わなかっただけです」
「王女様たちが相手だから、大事に至らないようにアクア限定にしたくせに」
「正解です。あなたが強めの魔法をいきなり繰り出したら、みんな死んでしまうかもしれませんからね」
「騙したな」
「騙しただなんて、そんな。実際のところ、いい修行になったでしょう?」
「この、人でなし――――――!」
俺の魂の叫びは、この金ぴかにして煌びやかな伽藍洞の部屋にこだました。




