嬉しいですか?
何故か床に落ちている私の取扱説明書が見つかり、急いで鞄に直す。
なんで? なんで鞄に入れて置いたのに落ちてるの? あ… あの時に落ちた? 私が思い当たる事、それは持っていたハンカチを膝の上にかけた時だ。カバンから出した時に落とした可能性が高い。どうしよう、元々渡す予定だったけど、この人から逃げられるのは避けたくて渡すのはやめておこうと思ったのに。
私の落としたグラスを全部拾い、駆け寄って来た店員さんに渡すと、私達は席に着いた。
あー、どうしよどうしよう。なんて言い訳しようかな。それは大好きなおばあちゃんの手紙でとか? ダメダメ、言い訳におばあちゃんを使うなんて嘘丸出しだ。
「さっきのって誰かの手紙…」
「さっきはごめんなさい! 私が割ったのに、片付けるのをさせてしまって…」
よし、話を逸らす作戦で行こう。少々無理やりな気もするが、私の取扱説明書だって気づいて無さそうだしね。
「良いですよ。気にしないで下さいね」
「あ…はい…」
そこから私は目を合わせづらく、ひたすらにカフェオレを飲み続ける。
「で、さっきの取扱説明書ってなんですか?」
(気付いていたんかーい!)
「え?えと… 何のことですかね…」
苦しい、苦しすぎる。ここでとぼけても手遅れなのに!! でもさっきまで爽やかな笑顔だったのに、笑っているけどその奥に悪そうな雰囲気をしているのは気のせいかな?
「書いてたじゃないですか。『私の取扱説明書。』って。」
しまったー!! 封筒にしっかりタイトル書いてたんだった。恥ずかしい…
「さっきは誰かの手紙って…」
「あぁ、知らないフリしたらどんな反応するかなって試しただけですよ」
(性格悪!!)
キラキラだった石井さんの本性が見え始めていく。バレたものは仕方ない、私も今日できることしよう。
「あの…会って話がしたいって事でしたよね? という事は、少なくとも私に興味を持って連絡をして来たわけですよね。では…」
カバンに急いで直したせいで少し折れ曲がった、私の取扱説明書を取り出す。そのままテーブルを擦るように石井さんの前に差し出した。
「これ、私の取扱説明書です。私と交際する際、これを受け取って頂けないと交際は出来ません。受け取って頂けますか?」
流れと勢いで渡してしまったけど、また断られるのかな。手を握られてドキドキした時とは全く違う、怖さと少しの期待で、遅く強い鼓動が全身に響く。
「良いですよ。受け取りましょう。ただ、この中に書いているものをそのまましてもらって、刹那さんは嬉しいですか? それで満足なんですね?」
人差し指と中指で私の取扱説明書を挟み、闇があるような笑みを見せられる。尖った冷たい言い方で、私はこの人と本当に一緒になりたいのか?と聞かれたらNOだ。でも、初めて受け取ってもらえた人を逃して良いのか… それはダメだ! まだ何も話してない、話せば仲良くなれるかもしれない、そんな期待をして私は縦に首を振った。
「そうですか、でしたら今からここに書いている事をやりましょう。えーっと…」
封筒から紙を取り出し、目を向ける石井さん。
1. プレゼントは面と向かって聞くのではなく、私にさりげなく聞いて渡して欲しい。
→サプライズしてくれないと少し萎えます。
2.記念日、誕生日、クリスマス、バレンタインデー、ホワイトデーは忘れずに。
3.デートプランは、できるだけ彼に考えて欲しい。希望があれば私からも伝えます。
→私に全部決めさせられると、怒ります。
4.私が機嫌悪い時は、気付かないフリをせず宥めて欲しい。
→そのままにしてると、ずっと口開きません。
5.連絡は仕事と予定のある日以外の時間はこまめに連絡が欲しいです。2時間以内。
→連絡来ないとレンラクンでスタンプ連打始まります。
6.ウインドウショッピングでも、買い物には着いてきて欲しい。服など見て居る時に、外で待って居るのはダメ。
etc…。
(レンラクンとは連絡アプリのことだよ)
「へぇ、意外と普通のこと書いてるんだね。これって本当に必要? こんな事に時間を費やして居るより、合う人と出会う時間の方に費やした方が良いんじゃない?」
「そうですよね。普通はそうだと思います。でも、経験上、お付き合いして行く中で私の事を知ってくれる人はいませんでした。だから…」
「何だか、自分中心だね。刹那ちゃんは相手のことをちゃんと知ろうとしたの?」
ギグっ!! 確かに、言われてみればそうだ。相手のことを考えていると思っていたけど、結局は自分が思い通りにならなかったら冷めてしまう。私は言い返す言葉が無い。
「無いんだよね。まぁ、やってみれば分かるよ、今日できるとしたらサプライズでプレゼント、デートプランは僕が考えるという事ぐらいだね。他にももっと書いてるけど、今日はそれで十分だと思うし」
お互いドリンクを飲み干すと、カフェを出て、急遽、石田さんがリードする形でデートが始まった。
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