第245章 もう執着を捨ててくれないか
第245章 もう執着を捨ててくれないか
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姿と気配を隠した鏡風が禁宮の中庭を通り過ぎる様は、まるで幽霊のようであった。しかし、ここの空気は幽冥(あの世)よりも陰森としていた。そこですら、これほど重い怨念が立ち込めている場所はない。彼女は余計な騒ぎを起こしたくはなく、速やかに元来た道を戻り、禁宮の外へと脱出した。
鏡風が結界から飛び出してくるのを見て、奪炎はようやく胸をなでおろした。
「ここを修復するか?」彼は例の「穴」を指して尋ねた。
鏡風が振り返ると、結界はすでに自己修復を始めており、その速度は彼女の予想を超えていた。そのため、これ以上手を加えないことに決めた。二人は少し離れた場所で、穴が完全に塞がるのを見届けてから立ち去ることにした。
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「龍骨兄さん、この数日、少し落ち着かないようだね。」
烏柿は目を開け、向かいの壁に掛かっている長剣を見つめて、ゆっくりと語りかけた。
「禁宮に来て以来、私は君たちのような『凶器』とよく話をする。私もまた一つの凶器だからだ。だが君たちにとって、私は同類ではなく、権力者の代表であり、敵なのだろう。君たちは底知れぬ恨みと怒りを秘めている。封印がなければ、間違いなく私を粉々に砕いているはずだ。九千年の歳月を費やしても、その恨みと怒りを一分たりとも解かすことはできなかった。ただ、龍骨兄さん、君だけにはまだ、わずかな慈悲の心が残っている。私はもう君を友だと思っている。動く時は君を腰に帯び、修行の時は君と向き合い、禁宮の残月を共に眺め、秋の西風を共に聞いてきた。分かっているよ、君も私を想ってくれていることを。だから……私の言葉を聞いて、もう執着を捨ててくれないか。」
その言葉に応えるかのように、龍骨宝剣が反応した。柄の方から曲がりくねった血の跡が滲み出し、脊椎の一節一節から赤い霊場が漏れ出した。その封印は帝祖が自ら執り行い、当時の最高位の法師や将軍たちが完成させたもので、今なお強固である。宝剣の衝撃を感知した封印は、瞬時に周囲に数筋の稲妻を走らせて防御を固めた。
龍骨宝剣の赤い霊場は抑え込まれ、次第に弱まって消えていった。一筋の冷たい風が烏柿の顔を撫でた。それはまるで、剣が漏らした溜息のようであった。
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樹丹白薬は鳩の卵ほどの大きさで、広葉樹の葉の裏側に育つ。昼間は見つけるのが難しいが、夜になると幽かな白い光を放つ。霊場の強い木には数十個の白薬が実り、それが光り出すと、木全体が宝石を散りばめたように幻想的に輝く。
招雲が地元の山神・沃柑に挨拶すると、山神は寛大にも三十個の採集を許可した。君雅は何度も感謝を述べると、脱兎のごとく駆け出し、最高のものを選ぼうと木々の間を飛び回った。
沃柑は師弟三人を自分の洞窟に招待したが、九閑は遠慮して断った。すると沃柑は、風を避けられる山穴を教えてくれた。そこには旅人のための簡単な道具も揃っていた。彼はそれを見届けると、去っていった。
「ここ、すごくいいわね。」招雲は大きな木の台に敷かれた獣皮を撫で、満足そうに言った。彼女は九閑を座らせて言った。「師匠、ここで休んでください。私は二師兄の手伝いに行ってきます。」
「私も外を見て回り、ここの霊脈を借りて修行しましょう。」九閑が言った。「ゆっくり採りなさい。数が揃ったら戻ること。約束を破って貪りすぎてはいけませんよ。」
「わかっています、師匠。」
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翌朝、小鹿は鳥のさえずりで目を覚ました。隣でまだ熟睡している凛凛を見て、そっとキスをし、心の中で笑った。昨夜はあんなに猛々しかったのに、今は大人しいものだ。 彼は足音を立てずにベッドを抜け出し、リビングへ出ると、ちょうど鏡風と奪炎が階段を降りてくるところだった。
「師伯、奪炎、おはよう。」
「おはよう。」と奪炎が返した。
鏡風が尋ねた。「朱凛はどうした? 起こしてきなさい。」
小鹿は指を口に当てて「シーッ」と制した。「師伯、もう少し寝かせてあげてください。彼、昨夜は……寝るのが遅かったんです。」
私たちが禁宮から戻るのを待っていたのだから、遅かったに決まっているわ。 鏡風は少し考え、「じゃあ、午後になったら法六区へ私を訪ねてくるように言いなさい。」と言った。
小鹿はパッと顔を輝かせた。「ありがとうございます、師伯!」
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朱厭はすでに法六区の法呪室で待っていた。鏡風の後ろを気にしている彼を見て、奪炎が笑った。「大司命は凛凛を探しているのですか? まだ寝坊していますよ。すぐ来ます。昨夜、どうしてもあなたに会いに行くと言い張ったのですが、遅すぎたので私が止めました。」
朱厭はそれを聞いて微笑むと、鏡風に向き直った。「今日、修正はあるか?」
「ないわ。計画通りに進める。」
三人は法呪室を出て、法陣へと向かった。
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飛雲法陣は従来の法陣とは異なり、単なる陣形や配置ではなく、一つの「兵器」として実体を持つ必要があった。鏡風は長留での経験から、この機会に「燭龍」を復活させることを決めていたが、もちろん本音は明かせない。彼女が飛雲の形を「龍」にすることを提案した際、朱厭は「見栄えだけを追う必要はない」と考えたが、帝尊(勾芒)に相談した結果、二人とも反対はしなかった。彼らにとって、それが龍であれ獣であれ剣であれ、御元呪さえ掌握していれば問題はなかった。
「ただし、あと二つの物庫のサポートが必要よ。」鏡風が何気なく言った。
また法外な要求をされた朱厭は眉をひそめた。「なぜだ?」
「必要だと判断したからよ。」
「帝尊の指示を仰ぐ必要がある。」
「二度手間じゃない?」鏡風は朱厭に向き直った。「どんな大事でも、あなたは独断で進められるはずよ。これ以上、私に色仕掛けような真似はさせないで。」
「……何を言っているんだ。」朱厭は少し気まずそうにした。勾芒と鏡風の間に何があったかは彼も知っている。確かに帝尊は彼女の攻勢に弱い。
「物庫をあと二つ。」鏡風は朱厭の目をじっと見据えて再び要求した。「承諾しないなら、今すぐ帝尊のところへ行くわよ。」
朱厭は溜息を飲み込み、観念した。「……許可しよう。」
それを見ていた奪炎は、心の中で笑った。あれが脅しになるのか? でも、意外と効くものだ。
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青壤殿から出てきた孰湖が背伸びをし、小鹿に言った。「凛凛を起こしに戻れ。行きなさい。」
「ありがとうございます、少司命。」
小鹿は緑雲間へ飛んで帰り、ドアを開けた。リビングは静かだ。まだ寝ているのかな? 彼は寝室のドアを少しだけ開けて中を覗いた。
凛凛は背を向けてベッドの脇に立ち、帯を締めていた。
起きていたんだ。 小鹿は微笑んで部屋に入ろうとした。すると凛凛が急に振り向き、バッと衣の前をはだけた。真っ白な体が光のように眩しく、小鹿は仰天して後ろによろけ、尻餅をついて叫び声を上げた。
凛凛はワハハと笑いながら彼を助け起こした。
「いつになったら大人らしくなるの?」小鹿は心臓をさすりながら文句を言った。
「昨夜は大人じゃなかったか?」凛凛は挑発的に顎をしゃくった。
小鹿は顔を赤らめて黙り込み、黙々と凛凛を引き寄せて帯を締め直してやった。
「師伯が『一仕事する』って言ってたから、法六区に行ったら次はいつ君に会えるか分からない。だから……」
凛凛は一歩踏み込んで小鹿に体を寄せ、また帯を解いた。
「……真っ昼間から、良くないよ。」小鹿の顔は熱くなったが、逃げようとはしなかった。
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