第64話:市場の衛生管理と改革の最終段階
市場改革が進み、各店舗の売上も右肩上がりになり始めた。しかし、それに伴って新たな課題が浮かび上がった。
「……売れ残りの食材が増えてるな」
市場の通りを歩きながら、俺は目に映る光景に眉をひそめた。商品が豊富になったことで、これまでなかった「廃棄」という概念が生まれたのだ。
「これまでは足りないのが当たり前だったから、残ることなんて考えもしなかったんでしょうね」
リーナが言う通り、商人たちは「仕入れたものはすべて売れる」前提で商売していた。しかし、供給が安定し、市場が発展するにつれて売れ残る品も出始めた。特に生鮮食品は、翌日には腐り始めるものもある。
「何か対策を考えないと、これから先、大量の廃棄物が出るぞ」
市場を維持するためには、単に売上を上げるだけでなく、食材の管理方法も見直す必要がある。イワノフ商会に戻ると、さっそくイワノフと対策を話し合った。
「鮮度管理か……確かに重要だな。しかし、今の市場にそういったシステムはない。どうするつもりだ?」
「いくつか考えがある。まず、一番手っ取り早いのは冷蔵施設を作ることだ」
「冷蔵施設?」
俺は少し考え、あるものを召喚した。
ゴウンッ……!
イワノフたちが目を丸くする中、そこに現れたのは大型の氷室。内部には現代の冷蔵庫に匹敵する冷却機能を備えている。
「こいつを市場の端に設置して、生鮮食品の保存期間を延ばす。保存が効けば、売れ残りを翌日に回すこともできるし、遠方からの仕入れも増やせる」
「……こりゃすげぇな。だが、氷はどうする?」
「氷魔法が使える商人と提携すれば、どうだ?」
イワノフはしばらく腕を組んで考えた後、頷いた。
「よし、試してみる価値はあるな。市場の一角を提供する」
こうして、市場初の「氷室」が設置されることになった。
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翌日、市場の商人たちを集め、鮮度管理の講習会を開いた。
「まず、生鮮食品は売り場での陳列時間を短縮し、一定時間が経ったものは氷室に移す」
「氷室を利用すれば、遠方からの仕入れも可能になる。例えば新鮮な魚を市場に並べられるようになるぞ」
「さらに、加工品を作ることも検討しよう。売れ残った野菜や果物は乾燥させて保存し、魚は干物にすることで長持ちする」
商人たちは最初こそ困惑していたが、次第に興味を持ち始めた。
「たしかに、腐る前に干物にすれば、捨てる必要がないな」
「野菜の干し物は保存が効くし、冬場の備蓄にもなる……」
氷室の設置、鮮度管理の徹底、売れ残りの加工品化。
市場の商人たちは、これまでの常識を覆す「食品管理の新時代」に突入した。
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市場の清掃管理も改革を進めることにした。
「市場のゴミが溜まりすぎてる。清掃メンバーの稼働はどうなってる?」
俺はイワノフに質問した。
「低ランク冒険者や、職を失った者たちを雇っていたんだが、市場で商人が儲かっているから、逆に人手不足だ。それに倉庫が効率化されたことで、そっちでも募集が多いな」
「市場の改革で雇用を生むとは……」
「ギルドと提携して作った掃除組合は、短時間の労働者や子供に人気だ。しかし、これ以上人数は増えねえな」
「そっか、みんなの生活が良くなって嬉しい反面、掃除する人がいないのは困るな」
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市場の改革が進む一方で、俺たちの影響力も大きくなりつつあった。
「市場の運営を見ていると……まるで一つの都市みたいだな」
リーナが呟いた。
「確かにな。もうただの商人たちの集まりじゃない。これは「組織」になりつつある」
「……国がこの動きをどう見るか、気になるわね」
リーナの言葉に、俺は無意識に拳を握った。
市場の発展が続けば、やがて王国の政策にも影響を及ぼすだろう。
「……まあ、今は目の前の課題を片付けることに集中しよう」
改革は順調に進んでいる。だが、それが「誰かの脅威」になったとき、俺たちの立場はどうなるのか。