第6話:異世界 はじめての宿泊
部屋に通されると、そこは六畳ほどの狭い空間だった。壁は薄汚れ、カビ臭い匂いが鼻をつく。
木のベッドにはくたびれた布団が敷かれ、壁際には傷だらけの小さな机と椅子がぽつんと置かれている。隣の部屋からは微かに女の話し声が聞こえてきた。笑い声と低く囁くような声が交互に響き、どうやら誰かと会話しているようだ。それだけのシンプルな部屋だが、雨風を凌げるだけでもありがたい。
「部屋はこんなもんだ。鍵はないから、貴重品は肌身離さず持っておけよ」
宿の主人がそう言い残し、扉を閉める。
俺はベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。そして、持っている金を確認するために机へ向かう。異世界に来てからずっと緊張しっぱなしだったが、ようやく少し落ち着ける。
「……とりあえず、無事に泊まれる場所は確保できたな」
机の上に30万バイトを置き、一枚ずつ数え始める。
10,000バイトのコインを10枚ずつ重ねていく。それは金貨で、表面には王冠のような模様が刻まれている。隣には、1000バイトの銀貨、100バイトの鉛色のコイン、そして10バイトのひしゃげたアルミのような板が無造作に置かれていた。金属が触れ合う硬い音が部屋に響き、わずかな光を反射して鈍く輝いていた。3列目を重ねようとした瞬間、バランスを崩したコインが倒れ、カランと無情な音を立てて散らばる。金貨は光を反射し、銀貨や鉛色のコインは鈍く輝いた。ひしゃげた10バイトの板は頼りなく転がり、まるで俺の行く末の不確かさを象徴しているようだった。
思わず手を止めて、それを見つめる。
まるで、俺の今後の生活の不安を象徴しているようだった。
しかし、問題は山積みだ。
俺は財布を取り出し、日本円の残りを確認することにした。黒の革財布を開くと、そこには見慣れた紙幣と硬貨が収まっていた。
1万円札が1枚、5千円札が1枚。五百円玉が2枚、百円玉が8枚、五十円玉が3枚、十円玉が6枚、五円玉が2枚、一円玉が4枚。
さらに、JCBクレジットカードと楽天カード、使い道のないポイントカードも挟まっている。ビジネスバッグの中には折り畳み傘、チェックのハンカチ、名刺、そしてサンプルのチョコレート菓子が3個。そして、大切にしている『限界戦記トドリアン』のトレカが数枚。俺の推しキャラ、トドリアンの最強形態が描かれたカードは、どんなときでも勇気をくれる存在だ。
「……これが、俺が持っている全財産か」
異世界では価値があるかもしれない日本円だが、どこまで使えるのか分からない。改めて、この世界で稼ぐ方法を探さなければならないことを痛感する。まずはこの世界での生活費をどうするか。
五円玉を売って得た30万バイトはあるが、使い続ければすぐになくなる。仕事を探すべきだろう。
「冒険者……か」
宿の主人が言っていた言葉が頭をよぎる。
遺跡から発掘される日本円、冒険者が発見することが多いという話。それが偶然なのか、それとも何か理由があるのか。だが、今は考えても仕方ない。
まずは、この世界で生きる術を身につけるしかない。
俺は疲れ切った体を横たえ、異世界での初めての夜を迎えた。