第53話:新たな拠点探し
市場改革の進展により、清掃組合の設立が決まり、市場の環境は少しずつ改善され始めていた。仕事を得た者たちは徐々に市場で働き始め、活気を取り戻しつつあった。
しかし、俺自身の生活環境もそろそろ考えなければならない。ずっと宿暮らしでは限界があるし、市場の改革が軌道に乗るなら、ここヴェルンにしばらく腰を据えるべきだ。
「……よし、今日は物件探しだな」
リーナに相談すると、彼女は少し戸惑ったような表情を見せた。
「本当に部屋を借りるのね」
「そりゃあな。いつまでも宿暮らしじゃ不便だし、俺の持ってる荷物も増えてきたしな」
「まあ、それはそうね……で、どんな部屋を探すの?」
「そこそこの広さで、調理ができる場所があればいい。市場も近いほうがいいな」
「それなら、イワノフに相談してみたら? 彼なら良い物件を紹介してくれるかもしれないわ」
「確かに、それが一番いいかもな」
俺たちはイワノフ商会を訪れ、事情を説明した。イワノフは腕を組みながら考え込む。
「なるほど、お前が定住するなら、良い家を紹介してやろう。ただし、ここヴェルンの物件は限られているが……ちょうど、まともな家が空いている」
イワノフは書類をめくりながら、適した家の情報を探した。
「市場の南側にある二階建ての家だ。一階は広めの居住空間で、台所も完備している。二階には二部屋あるから、誰かと住むことも可能だ。今週、元住人は別の場所に出て行った」
「それはいいな……」
リーナが少し頬を染めながら横目で俺を見る。
それに気づいたイワノフが すかさず声をかける
「ところで、そっちの娘さんは?」
「俺の……えーと、今、市場の改善を手伝ってくれているリーナだ」
「はじめまして、リーナよ」
イワノフはリーナをじっと見た後、にやりと笑った。
「なるほど、いい家を紹介して正解だったようだな」
「何のことだ?」
「いや、別に。まあ、気に入ったら契約するがいい。あとのことは、不動産担当のミハイルに任せておく。この後空いてるなら、物件を見てくるんだな」
イワノフの側近が俺たちを物件まで案内することになり、俺とリーナは家を見に行った。
案内された建物は二階建ての家で、一階は広めの居住空間、台所、そして簡素ながらもしっかりした作りの家具が揃っていた。二階には二部屋あり、十分な広さだった。
「悪くないわね……」
リーナが室内を見回しながら呟いた。
「ここなら住みやすそうだな。どうする?」
俺はリーナに向き直り、笑いながら言った。
「よし、決める前に、一杯飲みに行こうぜ」
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その夜、リーナと市場近くの酒場で合流し、契約の相談をした。
「……というわけで、部屋を借りるぞ」
「……ふぅん」
リーナは木製のカップを手に取り、少し考え込むように沈黙する。
「」
俺が単刀直入に聞くと、リーナはカッと顔を赤くした。
「……簡単に言うわね」
「いや、そもそもお前も宿暮らしだし、前にも話したろ」
「……まぁ、確かに。でも、さすがにちょっと考える時間が欲しいわ」
「そりゃそうか」
俺は笑いながら木製のカップを口に運ぶ。
「……でも」
リーナがカップを指でなぞりながら、ぽつりと呟く。
「……嫌じゃないかも」
俺はその言葉に一瞬息を呑んだが、すぐに苦笑しながらカップを傾けた。
「なら、じっくり考えてくれ。俺はリーナと暮らしたいよ」