第51話:市場改革の第一歩 & リーナの迷い
市場の管理者オルセンから試験的な改革の許可を得た俺たちは、翌日から本格的に市場の動線整理に取り掛かった。市場の各区画の商人たちを集め、商品の種類ごとに売り場をまとめることを説明する。
また、リーナには引き続き一緒にいてもらうため、古着屋のオーナーには手数料を支払い、リーナを一時的に派遣してもらう契約を結んだ。
「要するに、食品は入口付近に、衣類や雑貨は中央、武具や道具類は奥の方に配置するってことね。」
リーナが商人たちに向かって話すと、ざわめきが広がった。長年の慣習を変えることに抵抗を示す者も多く、特に奥の配置になる商人たちから反発の声が上がった。
「ふざけるな!これまで早い者勝ちで場所を決めてたのに、なんで急に決められなきゃならねぇんだ!」
「奥なんて客が来ねぇじゃねえか!ここで商売してる意味がなくなる!」
俺は腕を組みながら、冷静に商人たちを見回した。
「確かに、今のままなら奥の店に客は来づらいだろう。だが、今の市場は入り口付近に人気店が固まりすぎていて、客の流れが悪くなっている。その結果、奥にある店は全く目立たず、売上が伸びないという現状だ」
商人たちはぶつぶつと文句を言いながらも、少しずつ俺の言葉に耳を傾け始めた。
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「シンプルな話だ。客の動線を作ればいい。入口から市場の奥に流れる仕組みを作れば、今よりも多くの客が奥まで足を運ぶようになる。そのために、中央の通路を広くして、誘導しやすくする。そして、奥の店の場所代を大幅に安く設定する」
商人たちは顔を見合わせる。
「……場所代を安くする?」
「そうだ。入口付近の場所代を今のままにして、奥の場所代を今の半額にする。こうすれば、コストを抑えて商売が続けられるし、新規の商人も参入しやすくなって市場が活気づくだろ?」
「俺は武具屋だが……売れないときもあるから、固定費の負担は大きいんだ。なるほど、それなら悪くないな」
最初は渋っていた商人たちも、少しずつ話を聞く姿勢になった。特に入口付近に移動できる商人たちはすぐに賛同し、結果として市場全体の流れが変わり始めた。
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その日の夕方、リーナと一緒に市場を見回りながら、彼女がぽつりと呟いた。
「ねえ、最近あんた、随分と頼りにされてるわよね」
「まあ、やることやってるだけさ」
「……ふーん」
リーナはどこか納得していないような、複雑な表情をしていた。
「何か気になることでも?」
「……別に。ただ、あんたが遠くに行っちゃう気がして」
思わず足を止める。リーナは目を伏せたまま、小さく息を吐いた。
「昨日も話したけど、私、実家から結婚しろってずっと言われてる。でも、正直、よくわかんないのよね。結婚なんて、いつかするもんだと思ってたけど……」
俺は黙って彼女の言葉を待つ。
「……でも、最近はそれが『誰とするのか』を考えちゃってる。自分でも意外だけど」
俺はリーナの真剣な横顔を見つめながら、自分の中で整理できていなかった気持ちが少しずつ形になっていくのを感じた。
「リーナ……」
彼女は何かを言おうとしたが、結局言葉にはせず、そのまま市場の先へ歩いていった。
俺も何も言えずに、その背中を追いかけた。