第40話:帰路で出会った研究者
カミカムの街を後にし、俺たちは馴染みのある街へと続く道を歩いていた。
道は乾いた土とわずかな草が生い茂る未舗装の一本道で、時折、小さな村へと向かう脇道が分かれている。旅の商人が行き交い、農民が荷車を引きながら行進していた。
「やっぱり、旅ってのはずっと歩いてばかりだな……」
俺は肩を回しながらぼやく。
「それが普通よ。冒険者はどこへ行くにも歩きが基本。あなたはちょっと甘やかされすぎなのよ」
リーナが笑いながら言った。
「いや、俺の世界では乗り物が充実してて、移動にこんなに時間かからないんだよ」
俺がそう言うと、リーナは興味を持ったように首をかしげた。
「それってどんな乗り物?」
「電車とか車とか……まあ、魔法の馬車みたいなものかな?」
「へえ、そんなものがあるのね……。でも、歩くのも悪くないわよ。景色を楽しめるし、何より鍛えられる」
そんな他愛のない話をしながら、俺たちは進んでいった。
しばらく歩いた後、遠くの森の中から不穏な視線を感じた。
「……誰かいるな」
俺は足を止め、慎重に周囲を見回した。リーナもすぐに気配を察知し、手を腰の短剣へと伸ばす。
森の陰から、黒ずんだフードを被った小柄な人影が現れた。その手には杖が握られ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
男は立ち止まり、こちらをじっと観察するように目を細めた。その視線は獣のように鋭く、俺たちの装備や荷物を一つ一つ確認しているようだった。
「……お前たち、どこから来た?」
俺が声をかけると、フードの男は一瞬立ち止まった後、静かに口を開いた。
「お前……興味深いものを持っているな」
低く抑えた声が、不気味な余韻を残す。
俺は無意識に背負っている荷物へと手を伸ばした——この出会いが、ただの偶然ではないことを本能が悟っていた。
フードの男はゆっくりと杖を突きながら、一歩近づいてきた。
「……何を警戒している? 俺は戦うつもりはない」
「だったら何の用だ?」
俺が慎重に尋ねると、男は一瞬、躊躇したような素振りを見せた。そして、まるで探るような目つきで俺を見据える。
「お前……“異物”を持っているな」
俺の頭に、ある一着の服がよぎった。古着屋で買った、ローリングストーンズのライブTシャツ——異世界の技術では再現できないプリントが施された、呪われた服と評された一品。
俺の背中を冷たい汗が伝った。
「異物?」
リーナが先に反応した。
「この世界のものではないもの、という意味よね?」
男はゆっくりと頷く。
「俺はただの旅の学者だが……この世界には存在しないものの痕跡を探している。お前が持っているもの——それが何なのか、確かめさせてもらえないか?」
リーナと俺は顔を見合わせた。
「……信用できるかどうかはわからないが、俺たちが何を持っているか知っているってことは、何かしらの理由があるんだろうな」
フードの男は静かに頷いた。
「無理にとは言わない。ただ……俺の魔力が告げている。お前の持つ“異物”は、この世界にとって小さな問題ではないはずだ、と」
俺は無意識に荷物の中へ手を伸ばし、Tシャツの布地を指先でつまんだ。その瞬間、フードの男の目が鋭く光る。
沈黙が落ちる。俺は荷物に手を伸ばしながら、この出会いがどんな意味を持つのか、考えていた。