第36話:試練の鍛造
サーシャのハンマーが振り下ろされるたびに、魔鉱石が青白い光を放ち、鋭い音が鍛冶ギルドの作業場に響き渡る。
朝から始めた作業は、時間が経つにつれ、その過酷さを増していった。炉の熱は容赦なく肌を焦がし、流れる汗が目に染みる。空気は魔力の揺らぎによって重くなり、呼吸するだけで肺が圧迫されるような感覚があった。
「くっ……これ、想像以上に重い!」
サーシャの顔には汗がにじみ、手の震えが目に見えて強くなっていた。魔鉱石から放たれる魔力が、肉体と精神の両方に圧力をかけている。
俺は様子を見ながらリーナに囁いた。
「こんなに負担が かかるものなのか?」
リーナは真剣な表情で頷く。
「ええ、普通の鍛冶とは違うの。魔鉱石は鍛えれば鍛えるほど魔力を放出するし、それに耐えられる強靭な精神力と技術が必要になるわ」
その言葉を聞いて、俺は改めてサーシャの覚悟を感じた。
時間が経つごとに、ギルドの職人たちも、ちらちらと、こちらを気にし始める。昼を過ぎる頃には、作業場の片隅で昼食を取る者も出てきたが、サーシャは休むことなくハンマーを振り続けていた。
やがて、空の色が赤く染まり始めたころ、サーシャの手がようやく止まった。
「……ふぅっ……」
彼女は荒い息をつきながら、額の汗を拭う。俺もリーナも、彼女の根気と集中力に圧倒されていた。
作業台の上には、青白い輝きを残した小剣の刃が静かに横たわっていた。その表面にはまるで血管のような模様が走り、青白い光が脈打つように流れている。刃の内側で魔力が脈動し、まるで生きているかのようだった。
「……できた、のか?」
俺が呟くと、サーシャはまだ信じられないような表情で小剣の刃をそっと手に取った。その瞬間——
ズッ……
刃の表面がまるで肉が裂けるように割れ、その裂け目から一つの目玉が現れた。目はギョロギョロと周囲を見回し、最後にサーシャを見つめると、細く目を細めた。
「……これ、生きてるの?」
リーナが息を呑みながら言う。
刃は言葉を発することはない。しかし、その目玉は確かに何かを感じ取っているようだった。まるで、サーシャを認識し、気に入ったかのように——。
「不思議なやつだな……でも、これで終わりじゃない」
サーシャはそう言うと、作業場の隅に転がっていた柄の一つを手に取った。適度な長さとバランスの木製の柄を慎重に刃へと取り付ける。しっかりと固定されると、まるで最初から一体だったかのように馴染んだ。
さらに、鞘を用意し、慎重に小剣を収める。
カチンッ
ぴったりと収まった小剣を、サーシャは改めて両手で持ち、静かに呟いた。
「……完成した」
そのとき、鍛冶ギルドの奥から重厚な足音が響いた。
「見事だな……」
振り向くと、大柄な男が腕を組んで立っていた。肩には年季の入った革のエプロンを掛け、鍛え上げられた腕には無数の火傷の跡がある。
「ゲロリンギョスさん……!」
ギルドの職人たちが一斉に背筋を伸ばす。
「久しぶりにいい仕事を見た。特にお前……その技術、ただの素人ではないな」
ゲロリンギョスさんは腕を組みながら、じっくりとサーシャを観察していた。
「一日中叩き続けたとはな……並の鍛冶師じゃ真似できん」
ゲロリンギョスさんはサーシャを見つめ、満足そうに頷いた。
「まだまだ荒削りだが、鍛え続ければ本物になれるだろう」
彼の言葉には重みがあり、ギルドの職人たちも静かに頷いていた。
サーシャの顔に緊張と喜びが入り混じった表情が浮かんだ。
「ありがとうございます……!」
こうして、彼女の鍛冶師としての第一歩は確かなものとなった。