第35話:鍛冶の試し打ち
翌朝、俺たちは宿を出て、再び鍛冶ギルドへと向かった。
ギルドに入ると、昨日と同じように職人たちが黙々と作業を続けていた。巨大な炉の炎が揺らめき、鉄を叩く音が響いている。俺たちが来たことに気付いた職人たちが、ちらりとこちらを見たが、すぐに作業へと戻っていった。
「さて、まずは道具のチェックからだな」
俺は昨日召喚した鍛冶道具を確認する。トング、万力、サンドペーパー、焼き入れ油、ベルトサンダー、金床、耐熱手袋、ハンマーセット——どれも問題なさそうだ。
サーシャは真剣な顔でそれらを眺めると、耐熱手袋を嵌め、ハンマーを握りしめた。
「……よし、やってみる!」
まずは、鍛冶の基本——金属の加熱から始める。
サーシャはミスリル魔鉱石を火炉へと入れ、じっくりと加熱していく。しばらくすると、鉱石がほのかに青白い光を放ち始めた。同時に、炉の周囲に異様な熱気が立ち込める。
「……なんだ、これ?」
俺は額に汗を浮かべながら呟く。普通の鉄を熱したときとはまるで違う——空気が震え、目の奥がずんと重くなる感覚がする。
「魔鉱石を鍛えると、魔力が漏れ出すのよ」
リーナが警告するように言う。「扱う者の精神にも影響を与えることがあるわ。意志が弱いと、熱に当てられて気を失ったり、最悪の場合、正気を失うことも……」
「……光ってる?」
俺が呟くと、リーナが頷いた。
「魔力が宿った鉱石は熱を加えるとこうなるの。鍛冶が進むにつれて、もっと輝きを増すはずよ」
サーシャは息を整え、火ばさみで鉱石を取り出す。しかし、取り出した瞬間、手に伝わる異様な重さに顔を歪めた。
「くっ……すごい圧力……!」
ミスリル魔鉱石から漏れる魔力が、まるで生き物のようにサーシャの手を伝い、圧迫してくる。手袋越しでも、その負担は明らかだった。
「これを鍛え続けるのか……思ったより厳しいな」
サーシャの額にも汗が滲んでいたが、彼女は歯を食いしばりながらハンマーを握った。
「ここからが本番だ……!」
彼女はハンマーを振り下ろし、カンッ! と高い音を響かせた。
鍛冶ギルドの職人たちも、少しずつ俺たちの作業に注目し始める。彼らも、魔鉱石を鍛えることの危険性を知っているのだろう。遠巻きに見ながら、ひそひそと話す声が聞こえてくる。
「大丈夫なのか……?」「魔力耐性がないと危険だぞ」「あの娘、最後まで持つか……?」
サーシャの背中には、じわりと汗がにじんでいた。しかし、その目には不屈の意志が宿っている。
「ここで諦めたら……父さんの技術を受け継げない……!」
彼女は震える手でハンマーを振り上げ、再び力強く振り下ろした。