第34話:召喚と鍛冶の始まり
鍛冶ギルドの作業場を借りることになったが、サーシャにはまともな鍛冶道具がない。ギルドの設備を使うにも制限があり、自由に鍛冶をするには不十分だった。
「つまり、自分の道具を揃えないと話にならないってことか……」
俺は腕を組み、考え込む。そして、自分の能力を使えば解決できることに気づいた。
「よし、試してみるか」
俺は深呼吸し、召喚の力を発動する。頭の中で、技術の授業で見た道具やホームセンターの工具を思い浮かべた。
シュウッ!
光と共に現れたのは、トング、万力、サンドペーパー、ベルトサンダー、金床、耐熱手袋、ハンマーセットなど、鍛冶に必要な一式だった。
「うおっ……!」
サーシャが驚きの声を上げ、道具を手に取る。
「これ、本当に透が出したの?」
「まあな。俺の力は無機物なら何でも召喚できる。ただし、重いものは体力を使うから頻繁には出せないけどな」
サーシャは感心しながら、手袋を嵌め、ハンマーを振るってみた。
「……軽いのに頑丈だな。すごい」
「確かに、この国の道具とは違うね」
リーナも興味深げに触れている。
しかし、空を見上げると、すでに日は傾いていた。
「もう遅いな。今日はここまでにしよう」
鍛冶ギルドの職人たちに宿を尋ねると、親切なドワーフが街の一角にある宿屋を教えてくれた。
サーシャとは翌日ギルドで集合する約束をし、リーナと宿屋に向かう。
宿の名は《ミシェル》。赤レンガ造りの二階建てで、鍛冶ギルドからそう遠くない場所にあった。建物の外には煙突が伸び、ほんのりとスープの香りが漂ってくる。
宿の中に入ると、店内は活気に満ちていた。客のほとんどはドワーフで、豪快に笑い、酒を飲み交わしている。そのざわめきがまるで鍛冶場のように響き渡っていた。
カウンターの奥には、赤毛のドワーフのオーナーが立っていた。彼は元鍛冶師らしく、がっしりとした腕を組みながら宿の様子を見回していた。
「お、客か?ようこそ《ミシェル》へ! ここは一泊500バイトだ。飯は付かねぇが、名物のトマトスープと腸の肉詰めは絶品だぜ!」
オーナーは豪快に笑いながら案内してくれた。
宿の一階に戻り、注文した料理が運ばれてくる。
トマトスープは湯気を立て、腸詰肉はパリッとした焼き目が食欲をそそる。しかし、一口スープをすすった瞬間、俺は思わず顔をしかめた。
「しょっぱ……」
若干塩辛い。肉もまた、異様に塩辛く、硬めの食感。味は、以前現代で食べたイノシシ肉のように独特な獣臭が強い。
「おいしいね!」
対して、リーナはスープを飲みながら満足そうに微笑んでいる。
「これくらいが普通だよ。透にはちょっと塩辛いかもしれないけど」
「……ああ、そうだな」
俺は苦笑しながら酒に手を伸ばした。琥珀色の液体は薄めたウィスキーのような味がし、ぬるい。木製のカップにはところどころ黒カビが浮かび、衛生面で不安を感じる。
「こういうのも悪くないね」
リーナが酒の入ったカップを軽く揺らしながら言った。
「確かに。こういう日も必要だな」
細かいことは考えないこととし、しばし食事を楽しみ、宿の賑やかな雰囲気を堪能した。
食事を終えると、ようやく部屋へ戻ることにした。
部屋は簡素ながらも清潔で、木のベッドとテーブルが置かれている。窓の外からは、賑やかな酒場の音が漏れ聞こえていた。
ベッドが二つ並んでいるが、妙に距離が近い。俺は思わず視線を彷徨わせ、リーナもどこか落ち着かない様子だった。
「……先に寝る?」
俺が何気なくそう言うと、リーナは一瞬考えた後、「ううん、透が先でいいよ」と軽く微笑んだ。
こうして、お互いどこか遠慮しながら、俺たちは初めての同室の夜を迎えた。