第31話:サーシャとの出会い
市場の喧騒の中、俺たちは雑貨屋の前で店主と言い争っている少女に近づいた。
「おいおい、ずいぶんと揉めてるみたいだな」
俺が声をかけると、少女は驚いたようにこちらを振り向いた。近くで見ると、エルフのような尖った耳とドワーフのような頑丈な腕がよりはっきりと分かる。リーナの言う通り、彼女はミックスドらしい。
「あなたたちは……?」
少女は警戒するように一歩下がる。しかし、リーナが優しく微笑みながら言った。
「私たちはただの冒険者。ちょっと気になったから話を聞きに来たの」
「ちょっと待てよ、お前らこのガキの知り合いか?」
店主が胡散臭そうな目でこちらを見る。俺は首を横に振った。
「いや、今初めて会った。だけど、どうやらこの石が本物かどうかで揉めてるみたいだな」
俺は少女の手元にある小さな木箱を見た。中には淡い青色に光る鉱石が入っている。
「だから言ってるでしょ! これは魔法鉱石なんだって!」
少女が悔しそうに訴える。
店主は鼻で笑い、腕を組んだ。
「魔法鉱石だって? そんなもん、見た目じゃわからねぇよ。それに、お前みたいなガキがどこでこんなもん手に入れるってんだ?」
確かに、普通の商人が簡単に仕入れられるような代物ではなさそうだ。
「なぁ、その石のこと、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
俺は静かに問いかけた。少女は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……わかった。でも、ここじゃ話しにくい。少し移動しよう」
歩き出しながら少女はちらりとこちらを見て言った。
「そういえば、あなたたちは誰?」
「俺は透。こっちはリーナ」
「私はサーシャ。よろしく」
ようやく名前を聞いた俺は、改めて彼女を見つめた。エルフとドワーフ、二つの特徴を持つ彼女の姿は、確かに珍しい存在だった。
俺たちは市場を離れ、静かな裏通りへと移動した。サーシャは木箱を開け、魔法鉱石を見せながら話し始めた。
「これはね、私の父さんが残したものなの。ドワーフの鍛冶師で、魔法鉱石を使って特別な武具を作っていた。でも、数年前に事故で亡くなって……この鉱石だけが残ったの」
「それで、どうしてこれを売ろうとしてたんだ?」
サーシャは少し俯きながら言った。
「お金が必要なの……鍛冶の道具を買って、自分の店を開きたくて」
彼女の決意は固そうだった。しかし、店主が言ったように、素人目には本物かどうか分からないし、高値で売るのは難しいだろう。
「じゃあ、お前は自分で鍛冶をやるつもりなのか?」
「もちろん! 父さんの技術を継ぐって決めたんだから!」
力強く拳を握るサーシャの姿に、俺は彼女の覚悟を感じた。
リーナがふと、魔法鉱石を手に取りじっと見つめた。
「透、これ……本物だよ。微かだけど魔力を感じる」
「本当か?」
俺も興味を持ち、鉱石を覗き込んだ。
「でも、これが本物だとしたら、普通の市場で売るのは危険じゃないか?」
「……どういうこと?」
リーナは真剣な表情で言った。
「本物の魔法鉱石なら、普通の商人じゃなくて、貴族やギルドが欲しがるはず。それをこんな市場で売ろうとしたら、誰かに狙われるかもしれないよ」
その言葉に、サーシャの顔色が少し変わった。
「確かに……でも、私には他に売る当てがないんだ」
「なら、俺たちが手伝おうか?」
俺は自然とそう言っていた。サーシャの夢を叶えるために、何かできるかもしれないと思ったのだ。
「えっ……?」
サーシャが驚いたように俺を見つめた。
「簡単に売れるとは思わないけど、せめて安全な方法を考えた方がいい。市場じゃなくて、もっと確実に価値を理解してくれる相手を探すとか」
リーナも頷いた。
「それに、鍛冶師を目指してるなら、この鉱石を無理に売らなくても使い方を考えるのもいいかもね」
サーシャはしばらく考え込んだが、やがて小さく頷いた。
「……分かった。少しだけ、あなたたちに頼ってみる」
こうして、俺たちはサーシャの魔法鉱石をめぐる新たな問題に関わることになったのだった。