第3話:路地裏の先に
俺は慎重に歩を進めた。
足元の泥水を避けながら、路地の出口へと向かう。昼間のはずなのに、この裏路地は建物が密集していてほとんど光が差し込まない。周囲の建物は三階建てまでで、木造や石、レンガを組み合わせた古びた造りをしている。壁には怪しげな落書きが彫られ、黒ずんだシミがこびりついている。木の板はところどころ腐食し、石造りの部分には亀裂が入っている。レンガの建物は比較的頑丈そうだが、汚れで赤黒く変色していた。異様な匂いが鼻をつき、俺は思わず顔をしかめた。
「この先に行けば、誰かいるかもしれない……」
慎重に角を曲がると、薄汚れた布をまとった男がうずくまっていた。ボロボロの服、痩せこけた顔。じっと見つめると、男は気づいたように顔を上げた。
「……な、なんだよ。物乞いじゃねえなら、とっとと消えな」
険のある視線に、俺は息を飲んだ。明らかに警戒されている。俺の姿が怪しいのか、それともこの世界では見知らぬ者に話しかけるのが危険なのか。
「すまない、ここはどこなんだ?」
男は訝しげに俺を見た後、ため息をついて頭を振った。
「おいおい、本気で言ってんのか? ここは『コリドー西側』だよ。この先に行けば『カミノケマーケット』があるが、カネがねぇなら首を突っ込まない方がいいぜ」
スラム街。なるほど、だから裏路地には人が少ないのか。
「市場には何がある?」
「食いもんと仕事だ。だけど、どっちもタダじゃねえ」
男はそう言って薄汚れた手を差し出してきた。どうやら情報料が必要らしい。
「待て……これでどうだ?」
俺はポケットを探り、財布の中を確認した。日本円は役に立たないだろう。だが、ゲームセンターのコインなら……。
小さな銀色のコインを取り出し、男に差し出す。男は怪訝そうにそれを受け取り、じっくりと眺めた。
「おい……これは……?」
男の目が驚きに見開かれる。
「この刻印、見たことねえが……すげぇクオリティだな。どこで手に入れた?」
しまった。異世界の通貨とは違うのに、細かい装飾や造形のせいで高価な異国の硬貨に見えたらしい。
俺がそう言うと、男はコインを指で弾き、しばらく考え込んだ。
「……お前、どこの国から来たんだ?」
鋭い視線を向けられ、俺は内心で冷や汗をかいた。
「とにかく、まあいい。これなら情報くらいは教えてやるよ」
男はニヤリと笑い、俺に市場の情報を話し始めた。
仕方ない。とにかく、まずは市場とやらに向かってみるしかない。
俺は『コリドー西側』の奥へと足を踏み出した。