第23話:異世界での初めての宴会
ケションに誘われ、俺とリーナはギルド内の食堂へと向かった。戦闘後の疲労もあってか、空腹が一気に襲いかかる。
食堂の中は木製のテーブルと長椅子が並び、壁には狩られた魔物の角や武器が飾られている。客たちは皆、手づかみで豪快に食事をしており、テーブルの下には肉の骨やパンの欠片が散乱していた。食事中にマナーを気にする様子は一切なく、噛みちぎった肉片をそのまま床に吐き捨てる者もいる。活気に満ちた声が飛び交い、飲み物を片手に笑い合う冒険者たちの姿があった。
俺はこの光景を見ながら、現実世界の飲み会を思い出していた。上司に無理やり付き合わされ、気を使いながら酒を飲み、愚痴と説教を聞かされる時間。酒を注ぐタイミング、適当に相槌を打つ技術、場の空気を壊さないようにする気疲れ。俺にとって飲み会とは、ただの業務の延長でしかなかった。
だが、この世界の飲み会は違う。誰も礼儀や序列を気にせず、ただ馬鹿話をしながら飲み、食い、笑っている。それが心地よく感じられた。
「お、ケション! また新しい奴を連れてきたのか?」
奥の席から陽気な男が声をかける。
「おうよ! こいつは透、今日から冒険者になった新入りだ」
ケションが俺の背中をどんっと叩く。突然の紹介に戸惑うが、周囲の冒険者たちは面白そうにこちらを眺めている。
「ふーん、珍しいヤツだな。何のスキル持ちだ?」
「無機物召喚らしい。こいつ、さっきの試験でいきなり鉄の塊を召喚しやがったんだ」
「鉄の塊?」
「いや、自動販売機だ」
ケションの説明に、周囲の冒険者たちは一瞬沈黙し、次の瞬間、大爆笑が起こった。
「自動販売機!? そりゃすげぇ! 何が出てくるんだ、それ!」
「飲み物が出てくるらしいぞ。試しに金を入れたら何か出るんじゃないか?」
「ばっか、それなら召喚士じゃなくて商人だろ!」
俺は苦笑しながら席についた。
「さぁ、遠慮せず食え!」
ケションが料理を俺たちの前に置いた。手を洗う習慣はなく、皆そのまま手づかみで食べ始める。
食事はテーブルクロス代わりの布の上に直接盛られている。炭火で豪快に焼かれた肉と黒パン、野菜が雑に置かれ、スープらしきものは土鍋に入っていた。肉はしっかり焼かれているが、表面には焦げ跡が残り、脂が滴っている。
「これがギルド飯か……」
黒パンを手に取り、前に食べた屋台のものより硬いことを確認する。スープに浸さなければ歯が立たない。
「透、パンはスープにつけるんだよ。知らなかったの?」
リーナが呆れたように言いながら、自分のパンをスープに浸して食べている。
「まぁ、この国の常識はまだまだ勉強中だからな」
俺も見習い、スープにパンを浸して食べると、ようやく噛みちぎれるくらいの柔らかさになった。
「肉はうまいぞ!」
床をふと見ると、見たことのない大きなネズミのような小動物が、尻尾を引きずりながら素早く走り回り、落ちた食べかすを貪っていた。毛並みは荒れ、ところどころにハゲがあり、病気を持っていそうな雰囲気だ。隅には痩せた野良犬が入り込み、テーブルの下に溜まった骨を咥えて必死にかじっている。その目は飢えた獣そのもので、俺の方を一瞬だけ警戒するように見たが、すぐにまた残飯を漁り始めた。
ケションが豪快に肉を頬張る。
俺も肉を手で掴み、歯を立てて噛みちぎった。
……うん、悪くない。炭火の香ばしさが感じられ、肉汁もしっかり閉じ込められている。少し固めだが、スパイスが効いていて、思ったよりも食べやすい。
「どうだ? これがこの国の味だ!」
「なかなかうまいな」
俺が頷くと、ケションは満足そうに笑った。
宴は夜遅くまで続いた。ギルドの冒険者たちは酒を飲み交わし、くだらない話で盛り上がる。俺も気がつけば笑いながら杯を傾けていた。
翌朝、俺はギルドへ向かい、初めての仕事を探すことになる。どんな依頼が待っているのか、まったくわからないが、異世界で生きるためには避けられない第一歩だ。俺は異世界での生活に、少しずつ馴染んでいこうとしていた。
——ただし、この世界の出身でないことは、俺の秘密にしておくつもりだった。