第17話:実技試験と予想外の召喚
試験場へと案内された俺は、広い訓練場の中央に立っていた。訓練場は石畳が敷かれ、四方には木造の観覧席が設けられている。周囲には屈強な戦士やローブをまとった魔法使いなど、歴戦の冒険者らしき人々が興味深げに俺を見ていた。「新人の召喚士か」「どんな精霊を呼ぶんだ?」と、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。
「さて、試験を始めようか」
試験官として立っていたのは、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の中年の女性だった。彼女は学校の教師のような佇まいで、淡々と手元の羊皮紙を確認しながら俺を見つめている。彼女の前には古びた石板に刻まれた魔法陣があり、わずかに光を放っていた。どうやらここで召喚を試すらしい。
「透、緊張してる?」
リーナが小声で尋ねてくる。
「いや……まぁ、やるしかないな」
俺は深呼吸をし、両手を前に出す。今まで召喚の力を試したことはなかったが、直感的にわかる気がした。
問題は、どうやって呼び出せばいいのか。
ゲームの召喚魔法のように詠唱すればいいのか? それとも、何か決まった手順があるのか? 頭の中で、いくつものゲームやアニメの召喚シーンを思い浮かべる。手を掲げるタイプ、魔法陣を踏むタイプ、呪文を唱えるタイプ——だが、どれも俺が実際に試したことのないものばかりだ。
とにかく、できる限りのことを試そう。
「……イフリート! シルフ! ウンディーネ! いや、ガブリエル? ミカエル!? 何でもいいから来てくれ!!」
心の中で知っている限りの神や精霊の名前を叫ぶ。だが、何の反応もない。やはり、適当な名前を叫んでもダメか。
焦りが額にじんわりと汗を滲ませる。周囲の視線が痛い。
「精霊よ、我が呼びかけに応じ、姿を現せ!」
俺は最後の頼みの綱として、それっぽい言葉を叫び、魔法陣に向かって手をかざした。
「精霊よ、我が呼びかけに応じ、姿を現せ!」
俺はそう叫び、魔法陣に向かって手をかざした。
すると——
「……え?」
光が舞い上がり、俺の目の前に現れたのは——精霊ではなかった。
「……ペットボトル?」
手元に落ちているのは、透き通った水が入った500mlのボトル。ラベルには見覚えのある青いデザインと『武蔵野天然水』の文字が印刷されている。
「これ……俺がいつも買ってるやつじゃないか?」
蓋のギザギザの感触まで、間違いなくいつもコンビニで買っている水と同じだった。
そこにあったのは、見慣れた形状の500mlのペットボトルだった。しかも、ラベルにははっきりと日本語が書かれている。
周囲の空気が一気に静まり返った。
「えっ……なに、それ……?」
リーナが目を丸くし、試験官の女性も眉をひそめた。眼鏡の奥の瞳が疑念に満ちている。彼女は静かに咳払いをし、俺をじっと見つめた。
「ちょ、ちょっと待て。もう一回だ」
俺は慌ててもう一度手をかざし、今度こそ精霊を呼び出そうと念じた。
しかし——
「……ボールペン?」
今度は一本のボールペンが俺の手元に現れた。
場内は騒然とした空気に包まれる。
「透……もしかして、君の召喚って……」
リーナが呆然と俺を見つめる。
管理人さんはたしかこう言っていた。
「町田くんには"召喚"の力を与えてあげるよ。便利でしょ?」
いや、違う。
たしか、こうだったっけ。
「町田くんには"召喚"の力を与えてあげるよ。無機物なら、見たものをいつでも取り出せる。便利でしょ?」
もしかして。
「……俺の召喚、無機物限定なのか?」
俺はようやく、自分の能力の真実に気づいたのだった。