プロローグ:管理人さんに異世界に飛ばされる
町田透は、いつもと変わらない日常を送っていた。
東京都内にある築20年のアパート。家賃7万円、白い壁にフローリング、金属製のドア。部屋の隅にはユニットバス、簡素なキッチン。特に不満もないが、特に満足もない。食品メーカーの営業として働き、卸先のスーパーで商品を並べ、終われば上司との飲み会に付き合う。会話が苦手な彼にとって、気疲れするだけの時間だった。
「なんだかな……」
言葉にすることで、ますます虚しさが際立つ。友人と呼べる存在もいない。休日に誰かと食事に行くわけでもない。家族とも疎遠になり、連絡する理由すら見つからない。
このまま歳を重ね、何の変化もないまま終わってしまうのか。
そうぼやきながら、透は天井を見上げた。
人生に大きな変化はない。マッチングアプリを試してみたものの、女性との会話は続かず、既読スルーが増えるたびに虚しさが募った。週末に予定が入ることもなく、LINEの通知は職場の連絡ばかり。気づけば、部屋で一人、コンビニ弁当を広げながらYouTubeを眺める夜が当たり前になっていた。
だが、その日は違った。
深夜、アパートの管理人・天野百合子が部屋を訪れた。
「町田くん、ちょっといい?」
普段は温厚な大家だが、その時は妙に落ち着いた様子で、どこか特別な雰囲気を纏っていた。
「え? 何かありました?」
「うん、少し話したいことがあってね」
そして、彼女が言った言葉は——透の人生を大きく変えるものだった。
「町田くん、異世界に行ってみない?」
「……は?」
冗談かと思ったが、管理人の表情は真剣そのものだった。
「うちの家系はね、代々 '異世界転移' の力を持っているの。私も何人か送り出したことがあるのよ」
そんなバカな、と透は思った。しかし、天野の手が淡く光を放ち、部屋の空間がねじれ始める。
「町田くんには"召喚"の力を与えてあげるよ。無機物なら、見たものをいつでも取り出せる。便利でしょ?」
「ちょ、待——」
言葉を発する間もなく、彼の視界は闇に包まれた。
そして次の瞬間——
透は冷たい石畳の上に倒れていた。
重い空気。どこか臭う異質な匂い。視線を上げると、そこは見知らぬ 異世界の裏路地 だった。