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東半球のナティア大陸の港町から船を経由して、西半球を占めるホーガル大陸、ハルシナ港町に降り立ったカーフィグ旅団はとある国に訪れていた。
旅団のリーダー、ミレアラドムの意向に従い旅団は国街町村の不思議な事象に首を突っ込み、その数々を解決してきた。今回は、風の噂で聞いたその国に訪れていた。
「本当に人が多い…」
逢魔が時を越え、既に月が地上を見下ろす時刻。寧ろ、昼間より盛んなのではないかと思わせる程、城下町は活気づいている。
高く聳える赤レンガの建物からは光が漏れ、街道の脇には万人受けする屋台。旅団最年少の彼が何やら軽食を買ってきてくれた。
また、脇道の段差を超えた先の広間では冒険者と思しき大衆が酒を交わしている。
「また面倒事ですかね…」
そう零すのは4人の旅団の内の一人、面倒くさがりのアドナフ。金髪はキノコ型に整っており、前髪は目を隠している。
近年まれにみる。魔法を使いこなせる家系の彼女は、世界に魔法を認知されるべく旅団に入っていた。
「どうせ楽な仕事さ」
アドナフの思いを汲んで発言するのは褐色で長い銀髪の女性。名をクディア。薄い布の服を着ている姿は貧相に見えるが、鎌を携え、凛とした姿は魅力的で、女性であるアドナフですら見とれる。
「寝ない都市だっけ?」
噂を口にするのは旅団唯一の男で、最年少のネロイだ。ナティア大陸の王国で、盗賊として悪事を働いていたところ、ミレアラドムに保護される形で入団した。
「そうだな。人が寝ないはずない、何か原因があるはず」
そして団長のミレアラドム。剣の才能があり、ナティア大陸の王国で仕えていたが、他の兵から疎まれ、肩身が狭くなった彼女は自主退職した。
幸い、兵力は十分で、人手も足りていた。そのため彼女が出国することに王とその周囲が反対することは無かった。
しかし、仕えていた女王の気持ちはどうだったのだろうか。幼い頃からミレアラドムに可愛がられて、姉のような存在が突然いなくなった彼女の悲しさは…。
「原因…ね」
彼らはナティア大陸で出会い、結成された旅団だ。
ギルドで手続きをし、カーフィグ旅団として旅を始めたが、目的が無いと旅は許可されないと言い渡され。ミレアラドムが適当に言ったのが「世界の異変を調査する」だった。
「じゃあここで落ち合おう」
中央街道のような場所の片割れ、噴水広場で彼らは集合場所を決める。
思い立ったが吉日。異変解決を目的としているため、調査を始めた。
約一時間後、首を横に振るアドナフの元へ、クディアを最後に彼らは集まった。
「クディア遅い」
「悪い悪い、男どもに捕まって」
ネロイは溜息をつきながら、ミレアラドムの方へ向く。
「いい加減その癖は直してほしいものだ」
「と、言われてもあっちから来るし…あ、でも情報はあったよ」
3人の怪訝な表情は一瞬で歓喜に変わる。
クディアの言うところによるとドゥリマンスなる家系、そこ一人息子が原因だそうだ。
一行はクディアを先頭に目的地へ歩を進める。
「酒を飲むと口が軽くなるのはどこの男も同じだねぇ」
「酒場に行ったのか」
「近道をしただけだよ」
酒場は情報収集に打ってつけだ。しかし、クディアの性格とは釣り合っていない。旅団の仲間たちはどうにかならないかと毎度悩んでいる。
調子のいい奴。結果論、彼女のおかげで初日に動けている訳だが、アドナフが口を開く。
「最後に来たくせに」
「私が情報得たから、それに免じて、ね?」
不服そうなアドナフは言いくるめられてしまう。
一行は郊外に足を踏み入れる。
本来、夜中のあるべき姿であるのだが、中央部との差でより暗く鬱蒼としているように見えるのは気のせいだろうか。
一連の異変に置いて枢要であるはずなのに、追いやられたように郊外に構えるドゥリマンス家を訪れる。
3回、ノックをすると着飾った様子でもなく、ごく一般的なご夫妻が出迎えてくれた。
「どちら様ですか?」
ぼさぼさの髪の毛。目の隈は重なって、酷くやつれている。
活気などとは無縁。その思わせる程、この国とは対照的な声だった。
「ミレアラドムと申します。ギルドからの命により、この国の異変調査に参りました」
この言い回しは旅団結成の際に決めたものだ。ギルドの名を出して良いのも公認だ。
「そうでしたか、夜中にわざわざお越しいただきありがとうございます。どうぞ中へ」
この国のギルドから事前に伝えられていたのだろう。
驚きもせず拒むこともないご婦人に招かれ、一行はドゥリマンス家にお邪魔する。
灯りをつけたその家は郊外で目立つ。しかしこの国では元よりそうなるべき、咎める者はおらず、その家の中で彼らは話を始める。
旅団の好意を受け取ったご夫妻は体を洗い、身なりを整えてリビングに戻る。
「単刀直入に尋ねます。この国はなぜ、夜中でも活気づいているのでしょうか」
ミレアラドムが言う。食卓にある4つの席にミレアラドムとアドナフが腰をつくと、木製の床と椅子が音を立てる。
机を挟んでご夫妻と対面する中、奥さんがぽつりぽつりと語り出す。
「10年ほど前からです。こんな風に夜中も賑わい、喧騒が飛び交うようになったのは」
奥様が語る歴史はこうだ。世界全体が冒険者、またその組合のギルドで賑わい始めたのは100年以上前、その頃、冒険者は海底都市なるものを探し回っていた。
彼女が語ったのはこの先。そんな中この国もギルドを持ち、冒険者を招き入れた。彼らは国民とも交流を持ち、やがて魔物との戦利品の品々を民に配る程になっていったと。
それから数十年経過し、この異変が起きた。
「実を言うと、ケルンが確認された年からなのです」
「ふむ」
ケルンとは鹿に似た魔物。この地域以外でも確認されるが、このような異常現象の例は一度もない。
「私達は王に謁見し、息子を助けてもらえないかと申し出ました。しかし王からは無慈悲な答えが返ってきました」
「なんて、言われたのですか?」
アドナフが問うと、奥さんは眉間にしわを寄せ答える。
「私達にできることはない、其方らで解決せよ。と」
無責任な。そう捉えるのは道理だろう。
「その時期って、この国と、北の国が戦争していたんじゃないですっけ」
壁にもたれかかるクディアが言う。
「若いお嬢さん物知りだねぇ、その通りさ」
「やだなー!あたしはもう200歳になりますよー?」
「なんと」
クディアの実年齢に驚きを隠せない様子。ミレアラドムが咳払いし、話を続ける。
「時代背景はわかりました。ではご夫妻はどのように対処しておられるのでしょうか」
「息子は目覚めそうなとき、お告げのようなことを言います。聞き逃さないように、私達は常におそばに仕えております」
「酒飲みの馬鹿どもには、愚民の中でもずば抜けた聴力だって言われていましたよ」
「知っています…」
「その実、国としては儲かっているのだから助かっているのだろうね」
クディアは「度し難い」と吐き捨てながらドアの開かれた部屋の方へ視線を向ける。
暗い部屋の中、ベッドで寝ている息子さんの様子を見ているネロイは、どこか寂し気だ。
「ずっとこう言うのです。平野で穏やかに…と」
枯れ木に花とも言う。叶えてやりたいが、彼は大地を踏むことすら許されていない。今のところ叶わぬ願いだ。
「お願いします冒険者様!息子を連れて、どこか遠くで住ませてやってください!」
「…団長、ボクは賛成だよ」
しかし、彼らは異変を解決することを生業として結成されている。願いを叶えるのも、枠組みに入る。
こちらに来たネロイは力強い眼差しを向ける。傍ら、クディアも手をあげ賛成を示している。彼らの意に、ミレアラドムも意思を固める。
「二つ聞きたい」
ご夫妻に問いかける。
「一緒に抜け出せばいいのではないですか?息子だけを逃がして自分たちは残る、それはあなたたちにとって苦渋の判断に見えるが」
「この国では、国で生まれたものは国から出ずに、その生涯を終えると言う決まりがあります」
答えたのは旦那さんだった。皆、王の意向に驚くと同時に呆れる。
独占欲ではない、何か裏があるのだと、ミレアラドムは顎に手を当てながら考えた。
「私達がいなくなれば王が気づくでしょう…なので、せめてこの子だけでも」
聞くだけなら片棒を担ぐことになる。しかし、これは、この国で産まれ、生きていながら永遠に眠り続ける我が子へのせめてもの愛情。どこか平和な場所で生きてほしいという、切な願い。
「二つ目です。原因は何なのでしょうか。仮に、ケルンが原因だとして、このような病、他所で聞いたことも見たこともありません」
「そ、それは…」
旦那さんが口をすぼめると、夫人も俯いてしまう。
「だんまりかい」
静寂を斬ったのはクディアだった。
「理由を言わずして息子の幸せ願う。何があったのか知らないが、あんたらの言い分は身勝手ってもんじゃないかい?」
「…」
「本当に幸せを願っているなら、息子さんのためにも言うべき。解決の糸口もないんじゃ、こちらも手に負えない。幸せを手繰り寄せることもできやしない」
「言えないのです…」
返ってきたのはなんとも形容しがたい返答。
「唯一言えることは、息子のそばで共に寝ることです…私たちは、それが恐ろしくて一睡もできないのです」
彼らは責務のためにやつれていたのではない。寝たくないからやつれていたのだ。
ため息を漏らすミレアラドムは色々考える。この子を連れて行き、国全体に影響が出たとする。そしたら足跡を探って私達を追ってくる。国家全体を敵に回す可能性もある。
「クディア。酒場で夢の話題とかはあったかい?」
「いんや、そもそも酒のつまみにもならないのか、そもそも事象が起きていないのか」
謎にはぐらかした言い方。ユーモアのある返しは後者が当たりだろう。
他に考えるならば、入国の際に身元を確認するような手続きは無かった。警戒心が薄いのが伺える。
目を閉じ、頭を抱えるミレアラドムを見守る中、天秤は傾く。
「…連れて行こう」
そう決断すると、ご両親は頭を下げ、感謝を示す。
仲間達も、笑顔で決定を受け入れてくれた。
「アドナフ、においを消す魔法があったな」
「はい、アスノロの大魔女さんに教えてもらったやつがあります」
「よし、皆自分の通った道を覚えているな?」
3人は頷く。ミレアラドムも、満足げに頷く。
ミレアラドムが息子さんを背負い、家を出る。家主のご両親は、旅団を見送る。
「ではミレアラドムさん、その子のこと、お願いします」
「はい…息子さんの名前はなんとおっしゃるのですか?」
「スーナです。10歳ですが…言葉を交わしたことはありません」
「…あなた方の思い、スーナ君に必ず伝えます」
「…!!ありがとうございます…」
ドゥリマンスご夫妻は零れる涙を隠すように、荷が下りた肩と共に深く、深く頭を下げる。
「アドナフ、頼む」
「はい」
手のひらから緑色の光が放たれ、それはミレアラドムを覆う。光が浸透すると、やがてその姿は消える。
「いつもより少し長くした」
「わかった」
そう言葉を交わしながら、アドナフは新たに青い光を放つ。
それが恐らくにおいを消す魔法なのだろう。青い光はミレアラドムの脚を覆う。
「ではご夫妻。お先に失礼する」
足音も無く、ミレアラドムはその場を後にする。
同じようにアドナフが魔法を使い、クディア、ネロイと順番に国の外へ向かう。
最後に残ったアドナフにご夫妻が尋ねる。
「アスノロの大魔女とは…」
「この大陸の最北東にある街の魔女さん。旅の途中であったのです」
ご夫妻が想像するのはご老体。怪しげな薬を持ち、薄ら笑みを浮かべて背を丸めてそうだ。
「初対面のとき凄いおならをされて、それで一緒にいる間、臭いを消す魔法を研究されていました」
「不思議な方ですね…」
「ええ、全く」
同大陸最北東に構えるダラシュ蛇街の中の1つの街、アスノロの道行く二つの影。
「えっくし!」
「どうしたんだイアさん」
「いやね、未だ私に邂逅せぬ存在に不調して回っている愚者がおるそうだ」
「あー、いつものね」
独特な言い回しで連れの大男に説明するのは、黒い魔女帽子をかぶる小柄で可愛らしい声の少女だ。
「では私もこれで」
ご夫妻に会釈をし、仲間を追ってアドナフも闇に消えていく。
「不思議な方たちだった…」
「そうね…」
ご夫妻は肩の荷が下りたそうで、久方ぶりに床につく。これからは周囲に悟られないように配慮しながら生活するだろう。