9 ステーク⑤ 三冊の古文書
「それで、その荷台に載った古そうな本はどんな本?」
ぼくが尋ねると、シャルは小皿を端によせて、テーブルの上に三冊の本を置いた。
「残念ながら歴史の本じゃないの。この塔の構造や仕組み、便利な装置のメンテナンスに関する本よ。かなり古い本だから、他の本と文字も言葉も全然違う。ひょっとすると、まだ解読されていない古文書かも知れない」
シャルはスマートウォッチをかざして、並べた本のページを一通りめくっていった。
「スマートウォッチに本の情報をすべて記録したわ。これを今の言葉と文字に置き換えて解読書を作成してみる」
「シャルの目から見て、この塔は相当ガタついているってこと?」
ぼくが確認すると、シャルはスマートウォッチから真新しい本を三冊生み出した。
「屋上の地面にはひび割れがたくさんあった。この部屋も随分ほったらかしにされていて、壁はボロボロよ。
わたしはこの塔にある便利な装置が、いつ壊れてもおかしくないと思う。塔の中の人たちは一度も点検なんかしてないんじゃないかな。神様が作った装置を分解修理するなんて、畏れ多いことだから。
わたしは誰か頭のやわらかい人たちに、この三冊の本を託そうと思うの。ユーは協力してくれる?」
シャルはそう言って、古文書と手にした真新しい三冊の本を小さな荷車に入れ、まっすぐにぼくを見た。
「もちろん! となれば、次に開けるドアはあそこしかないね」
ぼくは小さな荷車にシャルを乗せて部屋を出た。そして迷わず【資料・研究】のドアを開けた。
目の前には間仕切りが置かれ、室内が見えないようになっている。手前に小さなカウンターがあって【ご用の方は呼び鈴を鳴らしてください】と張り紙が貼ってあった。
チーンと呼び鈴を鳴らすと、しばらくして間仕切りの向こうから白衣を着た銀縁メガネの女の人が顔を覗かせた。
ぼくの姿を見て、ギョッとした顔を浮かべたまま固まった。
「驚かせてごめんなさい。決して怪しい者じゃなくて観光客なんです。信じてください」
ぼくはできるだけ腰を低くして、何度もお辞儀をしながら言った。
すると女の人は後退り、無言で奥へ引き返した。しばらく待つと、いかにも賢そうな白髪頭の老人を連れて戻って来た。
「こんな辺鄙な階に観光客が来るとは珍しいことがあるもんだ。まずはこちらの自己紹介をしようと思ったんだが……君の不安そうな顔を見ると、何か切羽詰まった事情がありそうだな? とりあえず中で話を聞こうか」
白髪頭の老人はそう言って奥へと向かう。銀縁メガネの女の人はキャスターの付いたカウンターを縦に動かして、ぼくたちを間仕切りの向こうへ案内した。
間仕切りの向こうは他の部屋と同じように、壁一面に本棚があった。だけど古文書の研究が進んでいないのか、本棚はスカスカに隙間が空いていた。さみしさを紛らわすように、細長い体型のクマや魚、鳥のぬいぐるみが所々に置いてあった。
中央にはテーブルを挟んで向かい合ったソファー。その向こうに、古文書が積み上げられた作業机が向かい合って並んでいた。
ぼくはテーブルに古文書三冊とシャルが生み出した解読書三冊を並べて置いた。シャルとぼくはソファーに座り、白髪頭の老人と銀縁メガネの女の人と向かい合った。
テーブルに並べた本を見て、銀縁メガネの女の人が目を見開いた。白髪頭の老人が驚きを必死に抑え、顎に手を当てて声を漏らした。
「ほう……」
シャルがゆっくりと口を開く。
「あなたたちが信じるか信じないかは別として、外から見たこの塔の、わたしの印象を言わせてもらうわ。
目の届く内装は補修しているところもあるようだけど、塔の外壁は相当傷んでる。近い将来、いろんなところに綻びが出始めると思う。そうなる前に、やれることをやっておかないと手遅れになる。
この三冊の古い本は、この塔が少しでも長く維持できるように、先人たちが残したメンテナンスの本よ。
わたしはこの古文書と作成した解読書を、あなたたちに託そうと思う。どう扱うかは、あなたたち次第よ」