8 ステーク④ 歴史の本
ドアを開けた途端、ふわっと埃が舞い散った。長い間人の出入りが無く、ろくに掃除もしていなかったみたいだな。
部屋の明かりはセンサーで自動的についた。室内はさっきと同じで、高い天井まで壁一面に様々な本が並んでいる。
シャルはぼくの胸元から床に飛び降りて、すぐに本の探索に向かった。ぼく以上に好奇心旺盛だな。
間近な本棚から、背表紙のうすい本を取り出して眺めてみた。表紙に印刷された細長い文字の下に、日本語で訳が表示される。
【合理的な食生活*一日一膳のススメ】……スマートウォッチがぼくのために翻訳してくれたみたいだ。でも興味が無いから別の本を探そう。
「目ぼしい本の探索はシャルに任せていいかな? ぼくはこの埃っぽい部屋を掃除しようと思うんだけど」
はしごに上って探索中のシャルの後ろ姿に向かってぼくは言った。長いシッポがくねくね揺れている。きっと機嫌がいいんだろう。
「お願いね! 面白そうな本が見つかるといいんだけど」
ぼくは以前コマーシャルで見かけた掃除機を思い浮かべた。吸引力が抜群にもかかわらず、音が静かなスティックタイプの掃除機。フル充電で、一時間はぶっ通しで動く。
スマートウォッチの画面に目当ての掃除機、そして作成後のバッテリー残量が表示された。消費量はわずかだから問題ないだろう。
本や棚についた埃をはらってテーブルを拭き、高性能掃除機で床の掃除を済ませた。一息つこうと熱い紅茶を淹れていると、ちょうどシャルが小さな荷車を押して来た。荷台には数冊の古そうな本が載っていた。
「とりあえず温かい紅茶でもどう? ティーバッグの安いやつだけど。……あ、シャルは猫舌だから、温めの白湯のほうがいいのかな?」
「ありがとう。紅茶も好きだけど、温い白湯のほうがお気に入りなの」
シャルは荷車をテーブルの側に置いて腰を下ろした。
ぼくはお湯の温度を確かめて、シャルが飲みやすそうな小さい皿に白湯を淹れた。さすがにネコの手じゃコップは持てないからね。
「何か面白そうな本は見つかった?」
チャプチャプと可愛らしい音をたてて白湯を飲むシャルを眺めながら、ぼくは尋ねた。
「本棚にある本をざっと見てわかったことがあるの。歴史の本を書いた人たちは、このステークの塔のことを何も知らないみたい。さらに言えば、本当の歴史を知ること。それを恐れている気がする」
シャルは水浸しになった口の周りを手の甲で拭いながら言った。
「え? シャルの言っている意味がわからないんだけど。できれば小学五年生の男子にもわかるように、かみ砕いて教えてくれない?」
頭が混乱して頼み込むと、シャルはぼくに紅茶を勧めた。ゴクリと飲んで気持ちを落ち着かせる。姿勢を正してシャルの言葉に耳を傾けた。
「ここにある歴史の本は、言うなればこの塔の聖書かな。歴史学者の言葉を借りると『遥か昔に父なるステークの神が、この塔をこの場所に打ち立てた』らしいわ。まるでファンタジーの物語ね」
「……さっき下りて来た吊り下げはしごやモニターは現代になってから作ったものだろうけど、建物自体はどう考えても昔の人が作ったような気がするんだけどなぁ」
ぼくが溜め息をついて紅茶を口に含むと、シャルも少し喉を潤して、話をつづけた。
「この塔の内部は、遥か昔から生活に便利なシステムが整っていたみたい。スイッチを押せば適切な栄養がとれるジュースが出てくるし、病気になっても、横になれば自動で治してくれる部屋がある。瞬間移動も、昔からあった高度な技術だと本に書いてあったわ。
塔の中に住む人たちはずっと長い間、それを神様から与えられたものだと教えられてきたみたい。
与えられたものをただ受け入れているだけ。なぜそんな便利な装置がここにあるのか。どうしてこの塔には窓が無いのか。そんな根本的な疑問を、ずっと考えないようにしてきたんじゃないかしら」
シャルのしっぽがしゅんと垂れ下がっていた。