5 ステーク① 羽虫のじいさん
「まもなく最初の経由地【ステーク】に到着致します。駐機時間は四十八時間。スマートウォッチに出航までの残り時間が表示されます。観光される方は、くれぐれも乗り遅れることがないよう、お気をつけください。
なお、ステーク側の規則に基づき、身長百七十センチ以上、体重六十五キロ以上、腹周り八十センチ以上の方は塔の中に立ち入りできませんので、ご了承くださいませ」
旅客機がゆっくりと左に傾き旋回する。窓を覗くと、暗闇の中にポツンと一本、針が刺さっているように見えた。
徐々に機体が近づくにつれ、針のように見えたものが、細長い塔だということがわかった。トンボが先端に止まるように、旅客機は塔の天辺に着陸した。
「シャル、どうする?」
ぼくには不安もあったが、それよりも好奇心のほうが上回っていた。
「フフフ。もちろん行くわ。わたしはできるだけたくさんの世界を回って、いろんなことを知りたいし、様々な経験を積みたいの。言わば自分磨きの旅、ってところかな」
シャルは少し興奮した表情で言った。
「ステークへの観光は、現地にいる案内人もおりますが、大まかな注意事項はスマートウォッチでも確認できますので、一度は目を通していただくことをお薦め致します。
それでは、観光希望の方は体型の身体検査を済ませたあとで、塔の中へお入りくださいませ」
階段を降りると、ぼくとシャルの他に観光を希望する乗客はいないようだ。
「みんな最初の経由地だから緊張しているのかな?」
「四十八時間も滞在時間があるから、みんなのんびりしているんじゃない?」
シャルはスマートウォッチを操作しながら、ぼくの問いかけに答えた。
「おい、ネコさんと少年。ワシもここにおるぞ。塔の中に入る前に、ちょっとワシについて来ないか?」
よく見ると目の前に一匹の羽虫が飛んでいた。言葉をしゃべらなかったら、危うく掌で叩き潰していたかも知れない。
興味を引かれたシャルとぼくは、塔の入口を通り過ぎて、ふわりふわりと飛んでいく羽虫のあとを追った。
「このスマートウォッチは乗客の体型に合わせて大きさが変化するみたいじゃのう。どんなテクノロジーを使っているのか想像もできないが」
羽虫に誘われて塔の端へ向かうと、落下防止用の柵が設置されていた。柵に身を乗り出して真下を見ると、闇は深く、遥か奥まで霞むほどにつづいていた。
羽虫は柵の手摺に止まってぼくたちに言った。
「ワシは少年の頃に『ステークの秘宝』の言い伝えを聞いた。この奈落の底には様々な人が残していった古代遺物や秘宝の数々が埋まっているとな。
これまでに何度も、現地の調査団や探検家が調査を試みたが、いずれも道半ばで挫折したり消息を絶ったらしい。老い先短いこの歳になって、ワシはようやくこの機会を手に入れた。
まぁ、夢を叶える前に、それを誰かに伝えたかっただけなんじゃよ。見送られる相手が見つかって本当に良かった。二人ともありがとうな。それじゃあ、ワシは生涯を賭けてこの闇に挑んでくる。達者でな!」
羽虫は蛍のように仄かな明かりを灯して、ゆらゆらと闇の底へ向かって下りていった。
シャルとぼくは、しばらく無言で小さな光の粒を見送った。
「まだ最初の経由地なのに、旅行代がもったいないと思うんだけど?」
シャルに視線を合わせて問いかけると、彼女は闇に視線を落としたまま静かに答えた。
「闇の底にお宝があるかどうかはわからない。だけど、この旅行は彼にとって、人生を賭けた夢に辿りつくための唯一の手段だったのよ。お金の価値には変えられないわ」
シャルはジャンプして、ぼくの胸元に飛び乗った。そんな気配は感じていたので、ぼくはしっかり、だけど優しく彼女を抱きかかえた。
「スマートウォッチでステークの町の特色や注意事項を把握しておいたから、案内はわたしに任せて。重たくなかったら、わたしの運び役をお願いしてもいい?」
「いいよ。シャルはふわふわだし、お日様みたいな良い匂いがするからね」
「ちょっと! 嬉しいけどセクハラだから。これからそういうことは、声に出さずに心の中だけに留めておいてね!」