4 未知の世界へ
「今のご質問に加えてお知らせしておきます。
このスマートウォッチは、犯罪的な行為や非道徳的、かつ極端に非常識と思われる行為には利用できないようになっております。
また、お客様専用の端末となっていますので、ご本人以外が取り外すことはできません。万が一外して他の人が身につけても、作動することは一切ありません」
出発するまでの前置きが長いな。だけど、校長先生の説教臭い長話よりはマシだし、理解しておかないとダメなやつだと思う。あとでシャルとちゃんと確認しておこう。
「このスマートウォッチは、様々な世界に住む方々と意思疎通ができるように、翻訳機能も備えています。また、お客様どうし【友だち登録】をされますと、同じ経由地内であれば離れていても交信ができますので、ぜひお仲間でご登録されてみてはいかがでしょうか」
「シャル、【友だち登録】をお願いしたいんだけど、ダメかな?」
「もちろんOKよ。説明を聞いてから、あとで登録しましょ」
シャルは笑顔で答えてくれた。
「他にもこのスマートウォッチには様々な機能が盛り込まれておりますが、決して万能ではありません。盲心しないようによろしくお願い致します。機能についてのご質問は、スマートウォッチに口頭でお尋ねになれば答えますし、旅客機内では乗務員もおりますので、ご遠慮なくお声がけくださいませ」
長い説明に、乗客たちがソワソワし始めていた。そんな雰囲気もお構いなしに、客室乗務員は話をつづけた。
「最後に、当旅行の各経由地の滞在時間についてお知らせしておきます。
基本的には、各経由地の一日に相当する時間を目安に駐機します。ただし一日が極端に短い時間の場所や、逆に一日が永遠に近い時間の場所もございます。
そういった場合は、当社が設定した滞在時間をスマートウォッチにお知らせします。
当社は離発着時刻を厳守しております。引きつづき搭乗を希望される方々は、くれぐれも離陸時刻に乗り遅れないよう、ご注意くださいませ――」
「もし乗り遅れたら、どうなるの?!」
今度は最後尾のレッサーパンダのような風貌のおばさんが立ち上がって質問した。
ぼくを含めた大部分の乗客が、息を呑んで客室乗務員の返答を待った。
「乗り遅れた方は、申し訳ありませんが置き去りにさせていただきます。お客様の中には訪れた町を気に入って、そこで永住される方もおられます。その際、身につけたスマートウォッチの機能は外さない限り半永久的にご使用できますので、各地の環境に順応し、安心して第二の人生をお過ごしできるでしょう。
以上で離陸前のお知らせを終了させていただきます。それでは皆さま、まもなく出発時刻でございます。良いご旅行をお過ごしくださいませ」
客室乗務員は奥へ引っ込み、先頭の扉が閉まった。振動も無く機体がゆっくりと上昇していくのがわかった。
シャルと一緒に窓の外を眺めると、あっと言う間に滑走路が離れていき、夜空には満天の星が広がっていた。
ぼくは着の身着のまま、両親に何も告げずに家を飛び出してしまった。
明くる日の朝、部屋にいないぼくのことを二人は心配してくれるだろうか? いや、これが夢ならその心配はいらないかな。
だけどぼくは、なんとなく肌で感じていたんだ。この夢が、とてつもなく長くつづいていくんじゃないかと――。