3 スマートウォッチ
一直線につづいた廊下の先頭にある扉が開き、制服を着た客室乗務員が現れた。ロボットっぽい姿をしているので、たぶんロボットなんだろう。
「本日は当旅行にご参加していただき、まことにありがとうございます。出発前に、いくつか注意事項をお知らせしておきますので、ご留意していただきますよう、よろしくお願い致します」
客室乗務員はロボットのような姿をしているけど、若いお姉さんのような綺麗な響きの声でしゃべった。
「当旅客機内には様々な世界からお越しになった、様々な人種の、様々な価値観をお持ちになったお客様方がおられます。場合によっては当然お話が食い違ったり、諍いになる可能性もございます。
すべてのお客様に快適な旅をしていただくために、他者のご迷惑になるような言動をした方には厳しく対処させていただきます。決められたルールに従い、【警告】【留置】【処罰】と、迷惑行為の重さによって対処方法が変わりますので、お客様どうしが交流される際は、くれぐれもご注意くださいませ」
何となく言ってることはわかったけど、難しい言葉がたくさん出てきたな。あとでシャルにわかりやすく教えてもらおう。
「当旅客機内は、どのような体質のお客様にも快適にお過ごしになれますよう、様々な環境に適応した特殊な空間となっております。
また、時間の経過を抑制していますので、たとえば、失礼ながら寿命が短いお客様もこの機内からお出かけにならない限り、永遠の命を保つことができます。安心してご旅行をお楽しみくださいませ」
おや? ありえないような設定が飛び出してきたぞ。ますます現実味が遠のいていくなぁ。
「つづいてもう一つ、重要なご説明をさせていただきます。
まずは今からお配りするスマートウォッチを身体のお好きな箇所に身につけてください。
この端末は様々な情報を知るために必要ですし、旅券や身分証の役割も果たしますので、すぐに提示できる所に身につけていただくことをお薦め致します」
前と後ろから機内食を運ぶようなカートを転がして、係員のロボットが乗客一人一人にスマートウォッチを渡していく。
ぼくとシャルも受け取り、ぼくは右の手首に、シャルは左の手首に身につけた。
「このスマートウォッチには様々な機能が備わっております。あまりに多機能なので、すべてご説明する時間はございません。ですので、ひとまず要点だけ搔いつまんでご説明致します。
当旅行は様々な世界を巡ります。お客様の中には、到着した町に足を踏み入れた途端に窒息してしまったり、燃え尽きたり、溺れたりする危険性もございます。
しかしこの特殊なスマートウォッチを身につけている限り、お客様それぞれの体質に合わせ、快適な環境になるよう全身に防護壁を張ります。たとえ毒ガスだらけの町に放り出されても、問題なく深呼吸ができるでしょう。
つづいて衣・食・住の作成です。このスマートウォッチはお客様の脳波と連動して、想像したデザインや着心地の衣服を作成できます。食事に関しましても見映えはもちろん、味や香り、温かさや冷たさまで再現できます。住居に関しては、燃料の制約もあり、ご期待に応えられないかも知れませんが、最低限の保証はいたします」
すごいな。好きな時に好きな料理が食べられるのか。気をつけないとすぐに太りそうだ。
ぼくは服に無頓着だけど、さすがに寝巻に裸足だと居心地が悪い。あとで着替えてみよう。シャルは毛むくじゃらだから必要ないだろうけど。
「ちょっと質問があるんだけど、構わないかな?」
少し前のほうに座っている関取のような体つきの乗客が手を挙げた。
「どうぞ」
「おれは人一倍大食いなんだが、メシは好きなだけ目一杯作れるのかな?」
その質問に、すべての乗客が息を呑んで聞き耳をたてた。
「申し訳ございません。スマートウォッチのバッテリーは限られております。物品作成の質と量によって、どんどんエネルギーは減って行きます。
目盛りがゼロになると自動的に充電モードに切り替わり、最低限の安全機能以外はしばらく使用できなくなってしまいますので、お気をつけくださいませ」
客室乗務員のなめらかな回答を聞いた乗客たちは、ぼくを含めてふうっと息を吐いた。