表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/19

1 おかっぱの白ネコ

 寝苦(ねぐる)しい夜だった。風を感じて(まぶた)をあけると、窓枠(まどわく)にもたれたネコのシルエットがぼんやりと見えた。()めたはずの網戸(あみど)が少し開いている。ぼくの許可もえずに、無断(むだん)侵入(しんにゅう)したようだ。


 ぼくは目をこすり寝ぼけた意識を()まして、月明かりに()らされたネコのシルエットに焦点(しょうてん)を合わせた。逆光で表情はまったくわからないけど、ぼくをじっと観察しているようだ。


「どこから(まよ)()んだか知らないけど、お前にやるエサは無いし、このマンションはペット禁止なんだ。悪いけど出て行ってもらうよ」

 ぼくはネコを追い出すため、ベッドを()りて窓辺(まどべ)に向かった。そういえば、ここはマンションの四階だったな。ここまで(のぼ)って来たネコの努力は認めるけど、褒美(ほうび)をやる義理も無い。それとこれとは話が(べつ)だ。


 (わき)を両手で(やさ)しくつかむと、窓辺のネコは落ち着いた口調(くちょう)でぼくに言った。


「あまり時間が無いの。わたしの話を聞いてくれない?」


 ネコがニャアと()かずに言葉をしゃべった。それも可愛(かわい)らしい女の子の声で。(おどろ)きを通り()して、逆に冷静になった。そうか、ぼくはまだ目が覚めていないんだ。これは夢のつづき。なんだか面白そうなので、しばらくこのネコに付き合ってあげよう。


「わかった。とりあえず話を聞こうか」


 ぼくは窓辺に椅子(いす)を持って来て、窓枠のレールに(すわ)ったネコと向かい合った。すらりとした短毛(たんもう)の白いネコだけど、おでこにおかっぱのような灰色のブチがある。吸い込まれるような翡翠色(ひすいいろ)の目を光らせて、そのネコはぼくに言った。


「今からわたしと一緒に、(たび)に出ない?」


 予想外の(いざな)いに戸惑っているぼくを気にも()めず、ネコは話をつづけた。

苦労して手に入れた旅行(ツアー)のペアチケット。一緒に行く予定だった友だちが急に行けなくなったらしい。


「あともう少しでフライトの出発時刻なの。もったいないから、たまたま通りがかったキミを(さそ)ったのよ。どうする?」

 ネコはどこから取り出したのか、(くさり)のついた懐中時計(かいちゅうどけい)のフタを開けて時刻を確認した。


「そんなこと突然言われても。明日も学校はあるし、それ以外にもやる事はたくさんある。それを全部ほっぽり出して旅行に出るなんて……」

 ぼくはこれが夢の中の出来事なんだということをすっかり忘れて、馬鹿正直(ばかしょうじき)に答えた。

 すると、おかっぱの白いネコは()(いき)()いて腕を組んだ。


「もうほんとに出発時刻が(せま)ってるから、言いたいことだけ()いつまんで言うわ。よく聞いて。

 この旅行(ツアー)のチケットは天文学的な確率の抽選(ちゅうせん)で当たったのよ。この機会(チャンス)(のが)せば、キミは一生後悔(こうかい)するかも知れない。

 だけど、このチケットは片道切符(かたみちきっぷ)なの。二度とここへ戻れないと思っておいたほうがいい。キミに今の生活をすべて投げ出して、わたしと一緒に冒険の旅に出かける覚悟はあるかな?」


 突然突きつけられた究極(きゅうきょく)の選択。ネコのイライラした表情を見ると、決断を長引かせる猶予(ゆうよ)は無さそうだ。

 ぼくの頭の中に、なぜか身の回りのしがらみの数々(かずかず)が思い浮かんできた。今すぐにイヤなことから()げ出したい。だけど……本当にそれでいいのだろうか?

 答えを出せないでいるぼくに(しび)れを()らして、おかっぱの白いネコが言った。


「決められないようね。残念だけどもう行かないと。キミとなら楽しい旅になるだろうと思ったんだけどね。それじゃあ、さようなら」


「待って! ぼくも一緒に行くよ!」

 ぼくは去りそうになったネコの長いしっぽを(あわ)ててつかんだ。白い毛がフワッと逆立(さかだ)った。


「ちょっと! わたしのしっぽはデリケートなの! ……決して後戻(あともど)りはできないわよ。本当にいいの?」

 ぼくの手から上品な灰色のしっぽをスルリと(すべ)らせ、おかっぱの白いネコは改めてぼくに確認した。


「一緒に行く。ぼくはイヤなことから逃げ出すためじゃない……と思う。二度と無いチャンスを(ぼう)()るなんて、きっと、ずっと後悔するだろうから」


 おかっぱの白いネコは立ち上がって小さな手を()し出した。ぼくはその手を(やさ)しくつかむ。


「窓の下に(むか)えのタクシーが来たわ。旅の支度(したく)はすべて旅行会社が用意してくれる。さぁ、行きましょう」


 ぼくは白いネコの手を(にぎ)って、()()着のまま窓から飛び降りた。これが夢だという(いの)りを込めて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ