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湖畔の街

「リューリちゃん、疲れていないか? 馬車を停めて、少し休憩しようか?」

「大丈夫だ」

 貸し切りにした乗合馬車の中、リューリはジークに声をかけられ、首を振った。

 以前、見知らぬ黒ずくめの男と話していた時に見せていた厳しい表情を、ジークがリューリの前で見せることはない。

 リューリにとっては、まるで孫を可愛がる祖父のようだ。

「次の街まで、もうすぐですからね」

 ローザが、(いた)わるように、リューリの頭を撫でる。

「僕は、すっかり尻が痛くなってしまったよ」

「だらしないな。リューリちゃんのほうが、よほど辛抱強いぞ」 

 本気なのか軽口なのか、ウルリヒとアデーレの言い合いも、リューリにとっては今や日常風景の一つだ。

 生家では家族から酷い扱いを受け、前世でも肉親との縁が薄かったリューリにとって、この一行は、いつしか居心地の良い場所になりつつあった。

 ――中身は成人男性なのに、何だか騙しているようで少し気が(とが)めるところもあるな……いや、単に前世の記憶と知識を持つ五歳児とも言えるか……とはいえ、本当のことを知ったら、ジークたちは何と思うだろうか……

 リューリは馬車の窓から流れる景色を眺めながら、ぼんやりと考えていた。

「お客さん、本当に『フロスの街』まで行くのかい?」

 馬車の後方に同乗していた馬丁(ばてい)の男が、一行に声をかけてきた。

「ええ、風光明媚な観光地と聞いていますので」

 そう言ってローザが微笑むと、馬丁の男は複雑な顔をした。

「観光地……少し前まではな。まぁ、俺たちに、とやかく言う権利はないけど」

 リューリは、ジークたち一行に連れられて、様々な土地を(めぐ)っている。

 行き先は、いつもジークやローザの気が向いた場所へ向かうといった具合で、特定の目的地は存在しない様子だ。

 前世では引きこもって魔法の研究をしていたリューリだが、見知らぬ土地を訪れることが楽しいと思えるようになってきている。

 しかし、いつもであれば、景色が美しいとか、旨い名物があるといった場所を選ぶ筈が、今回は乗合馬車の馬丁すら行き先に疑問を呈していることに、リューリも、どこか違和感を覚えていた。

 街道から分かれた道を更に進むと、行く手に青々と澄んだ水を(たた)える大きな湖と、その湖畔にある「フロスの街」が見えてきた。

 湖に突き出た桟橋の(そば)には、遊覧船だろうか、何隻かの小さな客船が停泊している。

 湖の反対側には万年雪の残る山々を望む、たしかに風光明媚な場所と言えるだろう。

 やがて、リューリたちを乗せた馬車は街の入り口に到着した。

 馬車を降りた一行は、番所を兼ねた門をくぐり、街へと足を踏み入れた。

 リューリは門番に呼び止められると思っていたが、声すら掛けられることもなかった為、(いささ)か拍子抜けした。

「迷子になると、いけないからね」

 アデーレが、そう言ってリューリを抱き上げた。

「迷子になるほど、人がいないようだけど?」

 ウルリヒが、周囲を見回しながら呟いた。

 たしかに、観光地にしては人影も(まば)らで、街には今一つ活気が見られない。

 桟橋近くに停泊している遊覧船も動いておらず、湖上にいるのは水鳥くらいである。

「とりあえず、宿を探そう。この調子なら、それほど混んでいないだろうさ」

 ジークは、そう言ってローザの手を取ると歩き出した。

「ジークたちは、いつも仲がいいな」

 何とはなしにリューリが呟くと、アデーレは微笑んだ。

「そうだろう? お二人はね、大恋愛の末に結ばれたという話だ。もっとも、私たちが生まれる前のことだけど」

「ダイレンアイなんて言っても、リューリちゃんには分からないんじゃないかな」

 ウルリヒが、肩を竦めた。

「……すごく苦労して、結婚したということだろう?」

 自他問わず、恋愛沙汰などリューリにとっては道端の石ころほどにも興味を引かれないものの筈だったが、ジークたちの温かな雰囲気には、どこか羨ましさに似た感覚を覚えていた。

「よく知っているなリューリちゃん。君は、本当に賢いなぁ」

 リューリの言葉に、アデーレは目を丸くした。

 アデーレに抱っこされながら、リューリは街を見回した。

 宿屋の看板を掲げている建物の並ぶ区域に入ったが、よく見ると、多くの宿は「休業中」の札がかかっていたり、窓も締め切ったままにされていたりと人気(ひとけ)が感じられない。

 ――休業の宿が多いから街にも人がいないのか、それとも、人が来なくなったから休業しているのか……?

 乗合馬車の馬丁の歯切れが悪い言葉を、リューリは思い出した。

 そうこうしているうちに、ジークとローザが、一件の宿の前で足を止めた。

 周辺の宿の中では、比較的大きく感じの良さそうなところだ。

 扉には一応「営業中」の札が掛かっているものの、やはり何となく活気に欠けていると、リューリは思った。

「ここに入ってみるか」

 そう言って、ジークは扉を開けてローザと共に宿へ入っていった。

 リューリを抱いたアデーレと、ウルリヒが後に続く。

 客の姿の見えない玄関ホールの奥には、受付らしきカウンターが設置されている。

 カウンターの向こうで所在なさげに椅子に座っていた若い女――まだ十代後半かもしれない――が、一行の姿を見ると、慌てて立ち上がった。

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

 女が、笑顔を浮かべて言った。胸元に付けられた小さな名札らしきものには「プリシラ」と書かれている。それが、彼女の名なのだろう。

「はい、大人四人と、子供一人です。二人部屋を二つでお願いします」

 ローザが、慣れた様子で受け答えしている。

「かしこまりました! お子様用に簡易ベッドはお出ししましょうか?」

「リューリちゃんは、私と一緒に寝るから大丈夫だ」

 プリシラの問いに、アデーレが、にっこりと笑って答えた。

「あら、たまには私に譲って欲しいものですね」

 ローザが、いたずらっぽい表情を向けた。

「たまには、我々の部屋へ来てくれてもいいんだぞ?」

「一応、女の子だし、男しかいないところでは色々と困ることもあるのでは……」

 ウルリヒが、少し寂しそうにしているジークを宥めるように言った。

「では、お部屋の準備ができ次第、ご案内します。そちらの長椅子(ソファ)でお掛けになって、お待ちください」

 そう言って、プリシラがカウンターから出ようとした時、何者かが入り口の扉を遠慮がちに開けた。

「税の取り立てに来たぞ」

 役人らしい制服に身を包んだ一人の若い男が、つかつかとカウンターに向かって歩いてくる。

「あ、あの、お客様がいらっしゃるので……後にしていただけませんか」

 プリシラの表情が凍りついたのを見て、リューリたちの間にも緊張が走った。

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