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「リューリちゃん、そろそろ、朝ご飯を食べに行きましょう」

 ローザの優しい声に、リューリは目を開けた。

 昨夜は、ベッドに入ってすぐに眠りに就いてしまったようだった。

「よく眠っていたけど、やはり、疲れていたんだね」

 言って、アデーレがリューリの頭を撫でた。

 すっかり子供扱いされているが、リューリも慣れてきて、半ば諦めの境地にいた。

 ――それに、子供と思われていたほうが都合のいい部分もあるかもしれないな。

 身支度を整えてもらったリューリは、ローザとアデーレに連れられて食堂へ向かった。

 食堂では、ジークとウルリヒが既にテーブルに着いて、リューリたちを待っていた。

「よく眠れたようだね。昨日より、ずっと顔色が良くなった」

 リューリの顔を見たジークが、満足げに頷いた。

 テーブルに着いたリューリは、焼き立てのパンケーキや目玉焼き、果物などの朝食を楽しんだ。

 ――質の良い睡眠に十分な食事、生家にいた時は想像できなかった人間らしい生活だ。しかし、よく考えれば、私は、ジークたちのことを(ほとん)ど知らないな。やはり、確認しておくべきか。

「……みんなに、聞きたいことがあるのだが」

 食事が終わり、ひと息ついた辺りで、リューリは切り出した。

「あなたたちは、何者なんだ? 昨日は冒険者たちと行動していたようだが、冒険者なのか?」

 彼女の言葉を聞いて、ジークたちは、一瞬、顔を見合わせた。

「……いや、我々は冒険者ではないよ。そうだな、我々のことを、まだ話していなかったね」

 数秒の沈黙を挟んで、ジークが言った。

「我々は、単なる旅行者だ。昨日は、たまたま冒険者たちが誘拐された子供たちを救出に行くと聞いてね。人手が欲しいと言っていたから、手伝っただけさ。一応、戦いの心得はあるからね」

「利害の一致もあったけど……」

 ぼそりと呟いたウルリヒの脇腹を、隣に座っていたアデーレが肘で(つつ)いた。

 しまった、という顔で目を逸らしたウルリヒの様子を見て、リューリは、彼が昨日言っていた「本命」という言葉を思い出した。しかし、ここで追及したら話の腰を折るだろうと判断し、聞こえなかったふりをした。

「私たちは、ハルモニエ王国というところから来たの。と言っても、リューリちゃんには分からないかもしれませんね。ここから、ずっと西にある国よ。私とジークは、今まで仕事で忙しくしていたけれど、引退して、のんびりと夫婦で旅行することにしたの」

 ローザは言うと、ジークと顔を見合わせ、微笑んだ。

 ハルモニエ王国といえば、女王によって治められている、この大陸では先進国と呼ばれる豊かな国の一つであると、政治に(うと)いリューリも知っていた。

「ローザとジークは、夫婦なのか。だとすれば、アデーレとウルリヒは、二人の子供なのか?」

 リューリの問いかけに、アデーレが、くすりと笑った。

「私の父がジーク様と親しくしていただいていて、その縁で私はジーク様に剣を習っていた。今回は、修行の一環ということで、ジーク様とローザ様の護衛として付いてきたという訳だ」

 アデーレに続いて、ウルリヒが口を開いた。

「僕は孤児だったのを、アデーレの父上に拾われて、彼女と一緒に育てられたんだ。同行した理由としては、似たようなものだね」

 ――ちょっと若い気もするが隠居した裕福な夫婦と、その護衛という組み合わせか。彼らが嘘をついている感じはしないな。気になる点が全くないとは言えないが……

 ジークが、考え込んでいるリューリの顔を覗き込んだ。

「リューリちゃんには、ちょっと難しい話だったかもしれないな。だが、我々は、君にとって危険な存在ではないと、信じてもらえるかな?」

 彼の言葉にリューリが頷くと、一同は、こころなしか安心した様子に見えた。


 朝食を済ませた一行は、街の商店街に向かった。

 ローザの発案で、リューリの服を購入する為だ。

「さすが、大きな街には子供の服を扱う店もあるのですね」

 目当ての店に到着すると、リューリ本人よりも、ローザとアデーレのほうが品物を熱心に見始めた。

「リューリちゃんの髪は白に近いから、赤い服も青い服も似合うな」

 アデーレが、リューリの身体に何着もの服を当てながら、感嘆したように溜め息をついている。

「うちの子供は男の子ばかりだから、可愛い服を選ぶ機会なんてなくて……やっぱり、女の子もいいものですね」

 ローザも、少女のような表情で、あれこれと服を品定めしている。

「女の買い物は時間がかかるからなぁ。俺は、その辺を見て回ってくるよ」

「僕も書店を覗きたいので……すぐに戻ります」

 そう言って、ジークとウルリヒは店を出て行った。

 リューリ自身は、さほど着飾ることに興味はなく、まして女性の衣服のことなど何も分からなかった。しかし、ローザたちが熱心に服を選んでくれるのを見ているうちに、彼女は胸の中が不思議に暖かくなるのを感じた。

 普段着の他に下着類も合わせると、購入した品物は結構な量になり、店員たちも驚いた顔をしている。

「こ、こんなに、いいのか?」

「もちろんですよ。汚した時に備えて着替えも必要ですもの」

 狼狽(うろた)えるリューリを前に、ローザが事もなげに言った。

 支払いが終わるのを待っている間、手持無沙汰になったリューリは、店の出入り口から外を眺めていた。

 ――そういえば、ウルリヒは書店を覗きに行くと言っていたっけ。魔導書などもあるなら、自分も見たかったな……

 リューリが、そんなことを思っていると、ジークが店に近付いてくるのが見えた。

 しかし、リューリたちのいる店に入ってくると思われた彼は、そのまま店の前を通り過ぎると、細い路地へ入っていく。

 普段は優しい顔を見せているジークが、ひどく厳しい表情をしていたことに、何か引っかかるものを感じたリューリは、こっそりと彼の後をついていくことにした。

 ――念の為、認識阻害の呪文をかけておくか。

 呪文の効果により、リューリの姿は周囲から認識されなくなった。

 やがてリューリは、薄暗い路地の奥でジークと誰かが話しているのを見付け、壁に隠れて様子を(うかが)った。

 ジークの前にいるのは、身体に沿った形の真っ黒な服を身に着けた人物だ。体つきから男性と思われたが、その顔は覆面で隠されており、人相は分からない。

 二人は小声で何か話していたかと思うと、黒ずくめの男の姿が不意に消えた。

 ――「魔素」の動いた気配はなかった……魔法で移動したのではなく、あの男の身体能力が凄まじいということか?

 と、驚いているリューリのほうへ、ジークが顔を向けた。

 一瞬、見付かったのかと焦ったリューリだったが、認識阻害呪文の効果が続いていることを思い出し、小さく息をついた。

 ジークはリューリのいる辺りを鋭く見つめながら首を捻っていたものの、やがて、表通りへ向かって歩き出した。

 ――呪文の効果で私の姿は認識できなかったらしいが、ジークは気配を感じたということだろうか。あの男、只者(ただもの)ではないのかもしれない。

 そう思いつつ、リューリも小走りで先刻の店へと戻った。

「あら、どこへ行ったのかと思っていたら!」

 店に戻ったリューリの姿を見て、ローザが目を丸くした。

「いつの間にか、いなくなっていたから、また(さら)われてしまったのかと思ったぞ……」

 アデーレが、泣きそうな顔で言った。

「ちょっと、外を見たくなって……ご、ごめんなさい」

 二人に心配をかけてしまったのに気付いて、リューリは素直に謝った。

 そこへ、ジークとウルリヒが戻ってきた。

「また本を買ってきたのか。いつも、置き場所がないと言っているくせに」

 魔導書らしき分厚い書物を抱えているウルリヒを見て、アデーレが呆れたように言った。

「だって、これは掘り出し物なんだよ。君には分からないだろうけどさ」

 ウルリヒは抗議するかのように答えたが、すぐにアデーレと笑い合っている。

 彼らは一緒に育ったという話だし、仲がいいのだろうと、リューリは思った。

「いいものは見つかったかい?」

 一方、リューリに声をかけたジークの表情は、彼女の知る優しいものに戻っていた。

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