得はあるのか
ジークたち一行は、彼らが宿泊している宿に併設された食堂へリューリを連れて行った。
清潔で感じの良さそうな店内は客たちにより賑わっていて、なかなかの繁盛店らしい。
子供用の椅子に座っているリューリの前には、様々な料理が並べられ、湯気を上げている。
値段を気にせず料理を注文する様子から見て、ジークたちは富裕層なのかもしれないと、リューリは思った。
「リューリちゃんは小さいから、塊の肉ではなく、こちらの肉団子のほうがいいかしらね」
ローザが取り分けてくれた肉団子入りのスープを、リューリは匙ですくって一口食べてみた。
肉団子を噛み締めると、旨味そのものと言える肉汁が口の中に溢れ出す。
考えてみれば、温かい肉料理などというものを口にするのは、転生してから初めてかもしれなかった。
「このパンも、柔らかくて食べやすいぞ」
アデーレが皿に入れて渡してくれたパンも、リューリは千切って口に入れた。
生家で与えられていた、古くて硬いパンとは比べ物にならない焼き立てのパンは、リューリにとって天上のもののような味わいに感じられた。
「どうだ、口に合うかな?」
いつしか夢中で料理を食べていたリューリは、ジークに声をかけられ、我に返った。
「う、旨い……です。温かい食事なんて、たぶん初めてだから……」
「温かい食事が初めてなんて、君は、どういう生活をしていたんだ?」
ウルリヒが、口を挟んだ。
「そうね、そろそろ事情を聞かせてもらいましょうか」
ローザが、リューリを見つめながら言った。
「リューリちゃんは、どこから来たの? どうして、一人でいたのかしら?」
――説明するのが面倒だ……かといって、世話になった以上、ずっとだんまりという訳にもいかないだろう……
リューリは、自分が転生した者というのは伏せつつ、両親からの扱いに耐えかねて家を出てきたことを説明した。
「自活する為に、冒険者組合に登録しようとしたが、五歳では駄目だと断られてしまった」
言ってから、これは流石に五歳児らしくなかったのではないかとリューリは焦った。
一方、黙って話を聞いていたジークたちは、一様に沈痛な面持ちをしている。
「ううッ……」
突然、アデーレが嗚咽を堪えるかのように口元を押さえた。
彼女の透き通った緑色の目は、涙で潤んでいる。
「だから、あんなに痣だらけだったのですね……」
ローザも、俯いて目頭を押さえていた。
ジークとウルリヒも、よく見ると目を赤くしているのが分かった。
「な、何か、不味いことでも言ってしまったのか?」
一同の様子に、リューリは狼狽した。
「君のような小さな子が、誰にも頼らずに生きようとするなんて……どれほど辛かったのかと考えたら……子供らしくないところがあるとは思ったが、苦労しているなら当然だ……!」
アデーレが、肩を震わせながら絞り出すように言った。
「わ、私、この子の……リューリちゃんの母になります! 大事に育てます!」
彼女の言葉に、リューリは驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「母に、って……君、まだ結婚すらしていないじゃないか」
ウルリヒが両目を擦りながら、アデーレに突っ込んだ。
「君は、何とも思わないのか? この子の父となって、守ってやりたいとか思わないのか?」
「ええッ? アデーレが母で、僕が父に? 思わなくはなくなくないけど……?!」
アデーレの言葉に、ウルリヒの青白かった顔が真っ赤に染まる。
「……それはともかく、親元へ帰してもいいことはなさそうだし、行くところがないなら、リューリちゃんは我々が保護するということでいいんじゃあないか。ローザは、どう思う?」
ジークが言うと、ローザも頷いた。
「そうですね、彼女の身の振り方を考えるのは、国に帰ってからでいいでしょう。リューリちゃん、それでいいかしら」
「私を連れて行っても、あなたたちに得があるとは思えないのだが……」
リューリは戸惑っていた。見ず知らずの子供を相手に、ここまで親切にする彼らを理解できなかったのだ。
「得なら、あるさ」
ジークが言って、片目をつぶった。
「君のような可愛い子と一緒に旅ができるというのは、得なことだからね」
――よく分からないが、彼らは少なくとも悪い人間ではなさそうだ。一緒にいて損はないかもしれない。
「……で、では、よろしくお願いします」
リューリが言うと、一同は、ほっとした様子で何度も頷いている。
とりあえず、衣食住の心配は解消されそうだと、彼女も安堵していた。