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総力戦

 見せびらかすが如く、六枚の翼を羽ばたかせて地上へ舞い降りたネモに、巨大な火球が衝突し、弾けて散った。

 続けざまに、灼熱を帯びた無数の光球や、周囲の大気を凍りつかせる極低温の氷塊、そして凄まじい破裂音を轟かせる(いかずち)の嵐がネモを襲う。

 リューリたちの通信で状況を把握したのか、各国からの義勇軍が、ネモを迎え撃とうと魔法による攻撃を開始していた。

 複数の魔術師たちによる、高難度な呪文の斉唱(ユニゾン)――相手が人間であれば、一撃で数百人単位を(ほふ)ることが可能な威力を持つ攻撃である。

 しかし、殲滅戦(せんめつせん)に匹敵する攻撃にも拘わらず、「(かみ)(うつわ)」をまとったネモは、毛ほどの傷さえ受けていない。

「はは、凄いですね。想定通りの性能です。どうしました、自慢の魔法は、もうタネ切れですか?」

 義勇軍の面々を挑発するかのように、ネモが手招きする仕草を見せた。

 一方、自分たちの渾身の呪文が何ら効果を現さないことに、彼らには焦りの色が浮かんでいる。

 その時、通信用魔導具から、ハルモニエ国王テオドールの声が響いた。

「現在、国内各所に駐屯している戦力を呼び寄せているゆえ、義勇軍の皆は退()いてくれ。我が国の為に貴殿らに犠牲を強いる訳にはいかない」

「お(たわむ)れを」

 返答したムルタ王国義勇軍代表の声には僅かな怒りが含まれていた。

「ここで『奴』を潰しておかなければ、いずれ我が国も危機に晒されることでしょう。これは、貴国のみの問題ではありません!」

「その通りだ!」

 他の国の義勇軍からも声が上がる。

「……相分(あいわ)かった。では、共に戦おうぞ!」

 テオドールの声と共に、ネモの周囲には爆炎の呪文が炸裂し、無数の(いかずち)が降り注ぐ。

 フレデリクと共に滞空していたリューリは、王都周囲に転移魔法による発光が幾つも生じているのに気付いた。

 光の中から、戦装束に身を包んだ兵士や魔術師たちの一団が続々と出現している。

 ここで起きていることを通信で知った各国から、更に増援が送られてきたのだろう。

「ほほう、助っ人の追加ですか。いいですね。やはり、『人間』同士、助け合いが大事ですよねぇ」

 間断なく魔法の攻撃を浴びせられながらも、ネモは平然と(たたず)んでいる。

下衆野郎(げすやろう)め……地上に降りてから全く攻撃する様子がないのは、我々をいつでも始末できると舐め腐っているからか」

 リューリは苛立ちを抑えきれずに吐き捨てた。

「しかし、奴の油断が反撃の好機を生むかもしれない。リューリちゃん、焦ってはいけないよ」

 フレデリクの冷静な言葉に、リューリは頷いた。

 と、リューリたちの眼下に、ひときわ眩しい光の円が描かれ、その中にジークとミロシュ、バルトルトの姿が現れた。

 すぐ傍には、ウルリヒとアデーレ、その他の騎士や兵士、魔術師といった、先刻まで王都で自動人形(ゴーレム)に対処していた戦闘員たちも転移してきている。

 間髪を入れず、ミロシュとウルリヒが同時に(スタッフ)を掲げて何かの呪文を詠唱した。

 すると、リューリたちを含め、その場にいる友軍全員に、淡い光が宿った。

「全員の身体能力や武器の威力、魔法の効果を増大させたよ! 防御力の高い相手は、それ以上の威力で殴ればいい!」

 通信用魔導具を通じてミロシュの声が届くと、友軍から歓声が上がった。

 他の魔術師たちも、魔法の防御壁を展開したり、味方の能力を底上げする呪文を詠唱し始めた。

「暴論にも聞こえるが、結局は、そうなるのか」

 リューリが呟いている間に、ジークとバルトルトがネモに向かって跳躍した。

 ミロシュの魔法で身体能力が大幅に上昇している二人は軽々とネモの頭上に到達する。

 次の瞬間、ジークの鋭い太刀筋と、バルトルトの豪快な剣が交差し、ネモの左腕が二の腕から斬り飛ばされた。

「なかなか動けるじゃあないか!」

「まだ耄碌(もうろく)はしていないようだな!」

 着地した彼らが顔を見合わせ、微かに笑った。

「私に傷をつけるとは、魔法で能力を底上げしたとはいえ、大したものですね」

 ネモの声に僅かだが動揺が入り交じる。

 それを皮切りに、人間たち連合軍の猛攻が始まった。

 アデーレのような騎士や兵士といった武器の扱いを得意とする者たちと、魔術師たちの魔法による波状攻撃が、少しずつではあるもののネモに打撃を与えつつある様子だ。

 リューリも、上空からフレデリクと共に攻撃系呪文の同時詠唱によって連合軍を援護した。

 炸裂する爆発呪文や灼熱を孕む無数の光球が、徐々に敵の輪郭を削っていく。

「ここまでとは……」

 両腕ばかりか背中に生えていた翼も削がれ、満身創痍となったネモが膝をついた。

 誰もが、彼の死と自軍の勝利を確信した。

 ――壊れないものなどない、ということか。

 リューリは、国も立場も異なる人々が力を合わせた結果を目の当たりにして、胸が熱く締めつけられる如く、何とも言い難い気持ちを抱いていた。

 その時。

「……なーんて言うと思いました?」

 力を失い、地面に膝を突いていたと思われたネモが、突然、何事もなかったかのように立ち上がった。

 同時に、彼の周囲には、人間の感覚では本来知覚できない筈の「魔素」の奔流が湧き起こっていた。

 素肌で感じられるほどの量と勢いを持つ「魔素」の流れが何を意味しているのか――リューリは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 ネモの全身が膨大な量の「魔素」に包まれると同時に、損傷を受けた部位が瞬時に修復されていく。

 斬り落とされた両腕が虚空から浮かび上がるように現れ、削がれた筈の翼が再び揺らめいている。

「あはは……! この『(かみ)(うつわ)』は、周囲の『魔素』を取り込むことで無限に修復が可能、つまり『寿命』の概念からも解放されているのです。『材料』にした『生きた人間』たちは、その肉体だけでなく魂も動力として活用していますから、私と共に永遠を生きられるということでもありますね。彼らは幸運ですよ!」

 ふわりと空中に浮揚し哄笑するネモの周囲に、更なる「魔素」の流れが巻き起こる。

「まずい!」

 リューリとフレデリクは咄嗟に呪文を詠唱し、魔法防御壁を展開した。

 それと同時に、白熱したネモの身体から、全方位に(まばゆ)い光と衝撃が広がった。

 魔法の防御壁を展開し身を守った者たちもいたものの、友軍の大半が地面に倒れ伏し、動けなくなった様子だ。

 ミロシュを始めとする魔術師たちが、魔法で味方の能力を底上げしていなければ、多数の死者が出ていただろう。

 恐ろしいのは、これでも、まだネモが全力ではないと思われることである。

 リューリとフレデリクもまた、防御壁を展開していたにも(かか)わらず、無傷という訳にはいかなかった。

「リューリちゃん、大丈夫か?」

 額から血を流しながら、フレデリクがリューリを見た。

「大丈夫と言いたいが、身体中が痛いな。防御壁を展開していながら、この状態とは、忌々しいものだ」

 (かす)れた声で、リューリは呟いた。

「おやおや、軽く撫でた程度のつもりでしたがねぇ。思いの外、脆弱なようですね、『人間』というのは」

 大袈裟に肩を竦めてみせるネモに向かって、負傷したのか膝をついていたアデーレが、よろよろと立ち上がりざまに叫んだ。

「貴様のような(やから)は、必ず成敗する……人間を舐めるな!」

「成敗? どうやって? 君たちには、もう打つ手がないというのに? やはり『人間』は馬鹿なんですねぇ。だから、私の道具になるくらいしか使い道がないのですよ」

 ネモの言葉は不愉快極まりないものであると共に、冷酷な現実でもあった。

 目の前にいるのは、無限に再生し寿命さえも超越した肉体に、自らに対して以外は無慈悲な精神を宿す、人間を遥かに凌駕する超常の力を持った存在なのだ。

「今、どんな気持ちです? まぁ、私には分かりようがありませんけどね」

 挑発を楽しむかのような敵の言葉に、リューリは、ただ歯噛みするばかりだった。

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