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分の悪い賭け

 リューリとフレデリクは、転移の魔法で城内から王都上空へ移動した。

 飛行の呪文で浮揚しながら、二人は敵の空中城塞を肉眼で確認した。

 巨大な浮遊物は、空中に、どっしりと停止している。

 足元に目をやると、球体自動人形(ゴーレム)が着弾したと思われる、崩れた建物が其処此処(そこここ)に見えた。

 現在のところ、一般市民に死者が出たという情報は入っていない様子だが、負傷者は少なからずいるだろう。

 そして、アデーレとウルリヒ、騎士団や魔法兵団、兵士たちは、まだ戦い続けている筈だ。

「呪文の効果時間は、持って十秒程度だ」

「分かっているよ。発動は、ぎりぎりまで待つということだね」

 リューリとフレデリクは互いに顔を見合わせると、呪文の詠唱を開始した。

 ――理論上は可能と言っても、この策は分の悪い賭けだ。だから、他人を巻き込む訳にはいかない……本当は、一人で来るのが当然だと思っていた。でも、誰かが傍にいてくれることが、こんなにも勇気を与えてくれるとは。

 もはやリューリの中には、一片の不安も存在しなかった。

 やがて、二人の周囲に小さな「魔素」の流れが生まれ、それは徐々に奔流となりつつあった。

 ミロシュを中継点として、市街地での戦闘に参加していなかった魔術師たちが、上空のリューリとフレデリクのもとへ「魔素」を集めているのだ。

「ふはは! どうした、子供など出してきて。同情を誘って命乞いでもしようというのかね!」

 空中城塞からは、揶揄(やゆ)するように男の声が流れてくる。

 ほぼ間違いなく、相手はリューリの思惑に気付いていないと思われた。

「敵城塞の『魔素』集積反応増大! 次の攻撃の予測時間まで、残り三十秒……」

 ミロシュに渡された、首飾り型の通信用魔導具から聞こえる秒読みの声に、リューリとフレデリクの緊張が高まっていく。

「……十、九、八、七、六、五」

 リューリは、フレデリクに目配せした。

 同時に、集められていた「魔素」が組み上げられ、巨大な不可視の壁が構築される。高位の魔術師でなければ、感知できない光景だ。

 一瞬遅れて、空中城塞の前面が眩しく光った。

「……うわああああああああッ!」

 先刻まで、王都の者たちを散々(あお)っていた男の悲鳴が響く。

 破壊光線を発射した瞬間、彼は、リューリたちの構築した「不可視の壁」に気付いたのだろう。

 一方、リューリは激しい衝撃と共に、自身の身体が後方へ吹き飛ばされるのを感じた。

 ――完全に防ぐのは無理だったか……?!

 その時、彼女の手を、誰かの手が力強く掴んだ。

「リューリちゃん!」

 フレデリクが空中に踏みとどまりながら、リューリが飛んで行かないよう、彼女の身体を自身に引き寄せた。

「奴らは?! 城塞は、どうなった?!」

 フレデリクの服を掴んで体勢を立て直しながら、リューリは空中城塞のほうを見やった。

 彼女が目にしたのは、何度も爆発を起こしながら崩壊し、ばらばらの残骸になりつつ海に落下していく空中城塞だった。

「破壊光線は、我々が構築した『壁』に殆どが反射されて、真っすぐ城塞に返っていったよ。君の策が成功したんだ」

 そう言うと、フレデリクは大きく息をつき、服の袖で額を拭った。

「終わった……のか?」

 リューリは信じられない思いで、空中城塞が落下した海を見つめていた。

 ついさっきまで、死ぬかもしれない状況にあったというのに、今は、そのような心配は消え去っているという激しい変化に、感情がついていかなかった。

「……敵城塞の反応、消えました! 作戦成功です!」

「市街地の自動人形(ゴーレム)も、駆除完了したそうです!」

 通信用魔導具の首飾りからは、作戦成功の報と、歓声が聞こえてくる。

「やったな、リューリちゃん、フレデリク。君たちは英雄だよ」

 ミロシュが、通信越しに二人を(たた)えた。

「みんなが助けてくれたお陰だ」

 リューリは、赤くなって答えた。

「しかし、君の発案がなければ、どうなっていたか分からなかったと思うよ。私は、君に勇気を貰ったからこそ、一緒に行こうと思ったんだ」

 フレデリクが、リューリの肩に手を置いた。

「……では、帰るとするか」

 リューリたちが移動しようとした時、通信用魔導具から、魔法兵団員の慌てたような声が聞こえた。

「待ってください! 魔法探知網が王都周辺に複数の大きな反応を捉えました! 何者かが転移してきたようです!」

「何だって?」

 上空から地上を見下ろしたリューリたちは、王都の周囲に、転移魔法による発光現象が複数出現するのを確認した。

「あれは……近隣の国の兵士……魔術師もいるようだが」

 フレデリクが、やや不安げな表情で呟いた。

 彼の言う通り、複数の国々の兵士や魔術師たちが数十人ずつ、このハルモニエの王都モルゲンレーテへやって来ているのだ。

「転移してきた者たちから通信が入っています! 繋ぎます!」

 魔法兵団員の言葉の後、別の男の声が聞こえてくる。

「……こちらは、ムルタ王国の魔法兵団および騎士団その他の義勇軍である」

 その国の名に、リューリは聞き覚えがあった。ローザたちと共に旅をしている時に立ち寄った国の一つだ。

「貴国のギルベルト王子殿下よりの通信を受け、ただちに出撃できる人員を少ないながら集めて馳せ参じたのだが……敵は、どこだろうか?」

 他の者たちからの話も総合すると、ムルタ王国の義勇軍以外も同じ状況らしい。中には、冒険者たちも混じっているようだ。

「こちら、ハルモニエ王国のギルベルトです」

 国王テオドールの弟、ギルベルトの声が通信に割り込んだ。

「『エクシティウム』への対策の為に作った各国への魔導回線を使って、我が国の状況を知らせておいたんだ。うちが潰れれば、次は他国が攻撃に晒されるのは目に見えていたから……でも、せっかく来ていただいたところ申し訳ないけど、もう終わりました! ごめんなさい!」

「……余はハルモニエ王国国王、テオドールである」

 テオドールが、ギルベルトに代わって話し始めた。

「つい先程まで、王都は重大な危機に晒されていたが、国民たち、そして我が国への客人たちの奮闘により、敵を退けることができた」

 続いて、ローザの声が聞こえた。

「我々の危機に際し、援軍に駆けつけてくれた貴殿らには、大変感謝しております。ついては、後ほど貴殿らをもてなす席を用意させていただきましょう」

 国王と先代女王の言葉に、あちこちから歓声が上がった。

「まったく、何が起きるのかと思ったぞ」

 リューリは小さく息をついて、フレデリクと笑い合った。

「……茶番は終わりましたか?」

 不意に、リューリたちの背後から、柔らかな男の声が響いた。

 振り向くと、十歩ほど離れた空間に、ゆったりとしたローブをまとった、二十代後半に見える一人の男が(たたず)んでいるかの如く浮揚している。

 貝殻の裏側や真珠を思わせる不思議な光沢を持つ白く長い髪と、(すみれ)色の目をした、その男の美しい顔に、リューリは見覚えがあった。

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